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目の前の惨劇で前世を思い出したけど、あまりにも問題山積みでいっぱいいっぱいです。【web版】  作者: 猫石
新たなる問題と、忍び寄る足音

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『ラスボラ視点』諫言

 

 あの日、ネオンと別れてから、夜は恐ろしいものに変わった。

 それは、兄を失い、母を失ったあの頃と同じ、悪夢。

 そしてそれは今日まで、延々と繰り返されている。

 眠れぬ日々は精神を削る。

 無理やりにでも眠るため、気休めではあるが、ジョゼフが手配してくれた、幼いころから馴染みのある心を落ち着ける薬を飲み眠る日々が続いた。

 朝起きてからの一日は酷く単調で、わずかな人間としか言葉を交わさない。

 部屋に運び込まれる食事は味のしないなにかで食欲もわかず食べられない日が続き、ようやく味を感じたものは、ネオンが日々食していたものと同じメニューだけだった。

『旦那様』

 彼女が口にするそれに、私に対する特別な感情がなかったとしても、彼女にそう呼んでもらえることがどれほど何物にもかえがたく、幸せなことであったかを、ここ数日でいやというほど思い知らされた。

 思えば、ネオンだけだったと。

 初めてあった日から今日この日まで、そうであってくれたのは彼女だけだった。

 真正面から自分を見据え、言葉を交わしてくれるのはそうであったと。

 そしてそれは、遠い昔、皆が与えてくれていたモノであったのに、耳障りだからと、疎み、排除したために失ったモノだったとようやく理解した。

理解し(わかっ)たときには、すでに何もかも手遅れか……当然だ)

 自嘲めいた笑いは、もう何度目だろうか。

 後悔しかない。

 後悔しかできない。

 ジョゼフによって運び込まれた食事に向かい合う。

 今日も、色あせ、音のない一日が始まった。




 それは、前々から決まっていた定例の会議。

 しかしそれが少々厄介な案件になったのは、西方辺境伯領への他国の介入の可能性ありと事前に情報が寄せられ、他騎士団、そしてその情報提供者の参加が決まって、それらが重なった時だった。

 南方辺境伯騎士団八番隊隊長であり、今回は王立騎士団近衛隊の副班長としても参加したベラ・ドナン・シグリットは、医療院の知識技術を他の騎士団へも広めてほしい、という実に面倒くさい申し入れを携えて来た。

『どうしますか? 隊長。医療院は本日出席なさっていないネオン隊長の管轄になりますが』

『王立騎士団からの要請だ、受け入れるしかないだろう』

『お待ちください!』

 議長を行っているアミアの問いかけに、手を上げたのはネオンと比較的良好な関係を築いている第三番隊隊長チェリーバ・ブルーだった

『当人がいない場で、我らが決めるのはいかがかと。医療院に確認した方がいいのではないですか?』

 それには、他の騎士団から命令と言って言う事を聞かせればいいだろう、と声が上がり、ベラが咎めたが女は黙っていろと罵声を受けた。

『静粛に! 他の騎士団の者は黙っていてもらおう。団長、我らの医療班はネオン隊長が一から築き上げられ、団長自ら、一切の関与を許さずと定め許した場所。それを我ら、そして外部の騎士団が強制するようなものではありませんぞ』

 罵声を上げた男はそれなりに高官であったため、他の者が黙り込みそ知らぬふりをする中、年長者でも、他の騎士団からも一目置かれているシノがそう言った事で、男は口を噤み、それを確認して再びチェリーバが口を開いた。

『団長。やはり医療院の事柄ですから、ネオン隊長にお話を伺ってからの方が良いと思います』

 その言葉に、私は視線だけ上げた。

(……そうか)

 それは、何かしらの契約に沿って必要とされた用件があり、事前に申し合せなければ姿すら見ることの叶わなくなった、相手の名前。

(この場に召喚すれば、ネオンに会えるのか)

 ふと浮かんだ考えは、言葉となって口から出ていた。

『では、朝一番で彼女を軍議に召喚せよ』

『い、いえ、そうではないのです、意見を』

『団長、ネオン隊長は今、療よ……』

『必要なのだ、仕方あるまい』

 私の言葉にチェリーバは顔色を変え、第九番隊隊長シノ・ドンティスが声を上げる。

『これは決定だ。早朝、騎士団の護衛馬車で迎えを行かせ、必ず軍議に参加させろ』

 しかし私はそれすら最後まで聞かず、彼女を軍議に呼び出すことにし、手配させた。

 そして。

(ネオン、だ)

 早朝の軍議に、彼女は現れた。

 会場に出席するために集まった他騎士団の騎士達と南方辺境伯騎士団主要隊長達が揃ったと知らせを受け、執務室で書類を手にしていた私は、呼びに来た補佐官、そして共に執務を行っていた一番隊隊長であり副団長でもあるアミアと共に軍議の会場に入った。

 南方辺境伯騎士団の隊長が並ぶ席の、最も上官の席に静かに座る彼女の姿から目が離せなくなる。

 それまでは、離れの見える窓に足を向ければ見ることの出来た彼女の姿は、当然であるがあの日から消え、同じ騎士団砦内にいるのはわかっていたが、本部には滅多に現れない。

 長く感じる時間、顔を合わせることの無かった彼女が私の目の前にいる。

 酷くそれに安堵し、同時にひどく苦しくなった。

(……変わらないな)

 華奢で可憐なその姿は、しかし前を見据え、顔を上げている。

 無残にも彼女自身の手によって切り落とされた、朝露に揺れるサンカヨウの花びらのような髪を揺らしながら、いつもそうであるように微笑みを浮かべている。

(変わらない。あの強い瞳も)

 あの小さな体に、どれだけの力があるのか。

 望んでも、願っても、手に届かない。

 ()()()()()()間違いで手放してしまったその姿に、恋い焦がれ続けている。

 こちらをちらりとも見ない彼女の姿に、息が詰まる。

(――ネオン。君、は)

 彼女の姿を見つめていたのはどれだけの時間だったのか。

「隊長、お止めにならないのですか? あれではネオン隊長がお可哀想です」

 背後からそれと気づかれぬよう自分の補佐官に問われ、私はそうしていただけだったことに気付き、何も答える事ができなかった。

「……少し様子を見る」

 実際は現在の状況がわからないから待て、とは言えず、彼女の姿ばかりを見て状況を読み取れなかったと悟られぬようそう言えば、かしこまりました、と補佐官は背を正して後ろに控えた。

(ネオンが可哀想、とはなんだ)

 改めて、意識を軍議に戻せば、アミアがベラを指し示し、彼女が今回の申し出の説明をしているところだった。

(なるほど、ネオンに対してヤジを飛ばす愚かな者達がいるのか……)

 ネオンは余裕を見せるかのように笑み、堂々と渡り合っている。

 しかし年若いネオンに、年嵩の行った騎士達。多勢に無勢の状態だ。

 はっきりと意見することはないようだが、一部の騎士達が口々に彼女を貶め、辱める言葉を吐き出していて気持ちいいものではない。

(注意すべきだな)

 自分からではなく、議長を務めるアミアからの方が良いだろうと視線を移した時、一瞬、ネオンと目が合ったような気がし、そこから声が出せなくなった。

(そう、か。もしかしたら……)

 それは、最も卑怯な打算だった。

(このまま彼女が彼らに打ちまかされれば……騎士団から逃げるのではないか……? そうすれば……もしかしたら……)

 ありもしないわずかな希望が、私の中で頭をもたげてしまった。

 よく考えれば非常に悪手であるとわかるそれが、なぜか最良に思えた。

(今は騎士団の軍議の最中……いくら辺境伯夫人であろうとその立場は低い)

 女はいくら鍛錬しても体力も力も男性に勝る事はない。

 護衛対象が女性で、女性だけの社交の場での護衛であったり、演武や見栄えで言えば女性隊員も必要ではあろうが、ひとたび混沌を極める戦場に出れば、最後には力で押し負け、人質に取られ、その身を穢されることになる女性が、前線に出る事はない。

 それゆえ、王宮・辺境問わず、騎士団では女性の立ち位置は低い。

 それを体現するように、他騎士団から集まった騎士達は、鋭い視線と耳障りな陰口を彼女に向けている。

(そう、だ)

 打算があったのだ。

 小さな希望に、言葉は一つも口から出ることなく、ただ静観するだけになってしまった。

 そんな言葉で彼女を貶めるなとこぶしを握りながらもただ静観して。

 ネオンが逃げ帰るのを待った。

「決定?」

 久しぶりに聞くネオンの声に、ささくれ立っていた心が凪いでいくのを感じていると、柔らかな声が私の耳に届いた。

「団長。こちらのお話は、決定事項ですの?」

「そうだ」

 突然の問いかけに、私は視線をそらし、言葉少なに答えるしかできなかった。

「では、私がこの場に呼ばれた理由はなんでしょう?」

「決まったことを、皆の前で通達するためだ」

 こてん、と愛らしく首を傾げる彼女に、私はそちらを見ることが出来ず、その場しのぎの言葉を返した。

 彼女の心が折れてしまえばいいのにと、願う。

 しかし。

「まぁ!」

 彼女は、アメジストの瞳を輝かせながら、大きくため息をつく。

「騎士団内の医療院は確かに南方辺境伯騎士団の組織ではありますが、全ての権利を有しているのは私のはずです。それなのに、私の意志は関係ないとおっしゃいますの? ましてや視察など外部から他者を受け入れる場合、そしてそれが一日で終わるものではなく長期にわたる場合は、まず受け入れ先に伺いを立て、互いに意見を交わし、すり合わせながら事柄を決定するのが会議なのでは?」

 正論に、私はなにも言えなくなった。

 召喚すれば、その姿を見ることが出来る、と。それだけの理由で呼んだなど言えず、口を閉ざす。

(どういえば良いのだろうか)

 連日の悪夢に回らない頭で思案していると、大きな声を出してチェリーバがネオンをかばう姿が見え、それをネオンが制しているのが見える。

 それは、本来自分の立ち位置であるのにと、苦しくなる。

 ネオンの、前を向き、己の行き先に立ちふさがろうとする者達にも臆さず立ち向かう姿があまりにも眩しくて。

 苦しくて。

「それくらいでやめておけ、ネオン」

 止めた。

 いつもの、凛とした笑みを浮かべたままのネオンの瞳が、私を責めるように見据える。

「えぇ、そう致します。ですが……最優先であり、治療を補助し、看護を行う医療隊員は……医療院を運営……それ以外はお受けすることはできません」

(君は、どうすれば)

「……騎士団の決定事項だぞ?」

 その行く末を止めたくて、告げるが、彼女はにっこりと笑った。

「では、その事で患者の治療や回復が遅くなっても良い、と? それとも、旦那様はいまだ、医療院、負傷兵が無駄だと……」

(もう、手は届かないのか……)

「ネオン!」

 言葉にならない、伝えることの出来ない気持ちと、混乱した思考に、ただ名前を呼ぶ。

 そんな様子を静観していたシノが会議を止めたことで、私はアミアと共に部屋を出る事になった。

「団長。ネオン隊長の言い分はもっともです。今一度……」

「わかっている」

 アミアの咎める声にそれだけ返す。

 そんな私に、アミアは一つため息をつき、それから名を呼んだ。

「……ラスボラ、顔色が悪い。もしかして、また、眠れていないのか。食事もとれていないと聞いている。そんな事では……」

「大丈夫だ。時間になったら声をかけてくれ」

 咎めるようなアミアの言葉も煩わしく感じ、私はそれだけ言って執務室に戻った。

 書類に記された言葉も、頭に入っては来ず。補佐官が珈琲を入れてくれたが、胃が受け付けない。

「紅茶を、入れてくれないか」

 ふと、ネオンが好んで飲んでいたなと、紅茶を頼むと、補佐官は澄んだ琥珀色の紅茶を出してくれた。

(いつも、ミルクと蜂蜜を入れていたな……)

 生憎とトレイの上にそれはなく、私は紅茶を少しずつ、()むようにして飲む。

 だが、胃はすぐにそれを拒否した。

 どうすればいいのか、と。

 思い悩みながらも書類に向かうが、迎えの声がかかるまで浅い眠りと悪夢の目覚めを繰り返すだけで終わってしまった。

(これでは駄目だ)

 気を取り直し、軍議に集中しなければと思う。

 再開された軍議でも、ネオンは他の騎士団の騎士達を相手に臆すことなく話を進め、その上で正しく結果を出し、自分が関わっても良い話は終わりましたので、と補佐官である隻眼の男を連れ、その場から辞そうとした。

「待て、ネオン」

 気が付けば、名を呼んでいた。

「なにか?」

 短く答えた彼女に、私は告げる。

「最後までいる様に」

 次にその姿を見ることができるのはいつか分からない。もう少しだけでいい、会いたいと願った彼女の姿を留めておきたいと願ってもいいだろうという、利己的な思想に囚われて。

 いつも通りに見えるネオンが、実はどういう状況なのか、その当事者であるにもかかわらず失念していたのだ。

 女神の医療院での暴行による怪我をおしての参加だったことを。

 長時間にわたる軍議は彼女の体を言葉通り疲弊させた。

 結果、ネオンは倒れた。

 軍議の内容が西方辺境伯家へのきな臭い隣国の動きに変わり、その情報を受け取った西方辺境伯騎士団の副団長が、その情報の詳細を共有するために伴った遊牧商隊スティングレイの商会長を呼び、話を聞いている最中だった。

 出された軽食と茶。

 そのティーカップを、彼女は取り落とした。

 美しい所作の彼女にしては珍しいと、口に出せないまでも思っていたところ、チェリーバが、そしてシノが叫んだ。

「ネオン隊長!」

「……ネオン隊長? どうなされた?」

 ぐらりと崩れたネオンの体は、二人の伸ばした腕をすり抜け、床にたたきつけられた。

「ネオン隊長!」

 ベラが立ち上がり、ターラが駆け付ける。

「モルファ夫人!」

 壇上に立つ西方辺境伯騎士団の副団長と隣立つスティングレイ商会長も声を上げる。

「すごい熱だ!」

 そこに、途中席を立ったネオンの補佐官が飛び込んできた。

「隊長!」

「ガラ! これはどういうことだ!」

「恐れながら!」

 いち早く駆け付け、意識を失い、顔色をうしなっているネオンの上体を、壊れ物に触れるかのように抱き上げたシノの言葉に、隻眼の補佐官は手に持つ包みを見せた。

「ネオン隊長は、先日の騒動で胸の骨を折っておいでです。しかし女神の治療院に重症患者がおり、人手が足りない状況。そのため、痛みが出ぬよう絶えず薬を飲み、執務に携わっておいでです。しかし本日は急な招集により軍議に参加されました。そのため昼の薬の用意が出来ておらず、飲むことが出来なかったのです……」

「まさか……」

 真っ青な顔をしたシノはチェリーバを見た。

「チェリーバ、どういうことだ。骨折など、そのような状態であると報告は上がっていなかったぞ!? いや、それよりもまずはネオン隊長を医療院へ!」

 シノがそのまま抱き上げようとしたのが、見えて。

「ネオンに触るな!」

 私は、叫んでいた。

 その場にいる者達が自分を見ているなど気付きもしないで、私はネオンの傍に行こうと席を立ち上がろうとして。

「モルファ卿!」

 びりっと、雷のような声が、会場の空気を震わせた。

「今は軍議の最中。貴方が席を立たれては、大切な会議が止まってしまうのでは? いや、それ以前に。夫でありながら、怪我を知っていながら。貴方は長時間にわたり大きな怪我を負っているモルファ夫人を軍議に縛り付け、衆目と悪態に晒しておられたのか?」

 責めるような言葉に、言葉を失う。

 あぁ、そうだと、この時ようやく思い出した。

 ネオンが重傷であることを。

「しかし、私の妻だ。他の者に触れさせるわけには……」

「こうなるまでお気づきになられなかったのに、か?」

「そ、それは……」

 震える手を握りこみ、スティングレイ商会長を、そしてシノの腕の中のネオンを見る。

「その辺で」

 そのやり取りを制止したのは、ネオンを抱き上げていたシノだった。

「スティングレイ商会長のおっしゃる通り、団長がおらねば軍議は進みません。団長。ネオン隊長は、私が責任をもって医療院へお連れする。それでよろしいか?」

「……」

 スティングレイ商会長の言葉とシノの言葉に、私は言葉を出すことも、動くことも出来なくなり、ただそのまま、椅子に座った。

 それを見ていたシノが、ネオンを抱きかかえ、扉の方へ足を向ける。

「……シノ隊長、代わります。軍議にシノ隊長がいらっしゃらないのは……」

「いや、お前は出席を……」

「どちらがおられなくなるのも困るのではないですか? お二人共隊長なのでしょう? 他の、ネオン隊長が信をおく方にお願いするというのはいかがか?」

 言葉を、動きを封じられた私に代わり、ネオンを運ぼうとするシノとチェリーバをスティングレイ商会長がもっともな言葉で止めた。

「いや、しかし……ガラでは」

 シノが言いよどむのは当然だった。

 ネオンの隻眼の補佐官は、さらに片腕も失っていて、小柄の女性であるネオンでも、抱きかかえられるはずがなかったのだ。

「おぉ、なるほど。では」

 それに気が付いた、スティングレイ商会長は困ったように眉根を下げ、己の背後を見た。

「私の護衛がお連れしよう。フィン、代わって差し上げなさい」

 そう彼が言えば、彼の後ろに立っていた護衛の男が無言で頭を下げ、足音なく近づくと、シノの腕から彼女を抱き上げようとする。

(やめろ!)

「お待ちください!」

 言葉に出来ない叫びは、異論を唱えた北方辺境伯騎士団一番隊隊長ペシュカ・ショーロンの声に重なった。

「いくら友好、信頼関係もあるとはいえ、外部の人間に騎士団砦内を傍若無人に歩かせるのはいかがなものか。しかも夫のある婦人の身を他者に預けるなど!」

「心配には及びませんよ」

 スティングレイ商会長はにこやかに笑い、立ち上がり、意見した北方騎士団のショーロンに言う。

「ドンティス隊長からのご紹介で、本日、ネオン嬢と言葉をかわしたのですが、その聡明さと、先日のモルファ領で開催された鈴蘭祭で素晴らしい慈善事業に心打たれましてね。()()()()()()()を務めさせていただきたいと願い、了承を頂いておるのですよ」

「なっ!」

 目を見張る北方騎士団ショーロンに、さらにスティングレイ商会長はわたしの方を見た。

「御夫君であるモルファ卿には、お話が後になってしまい申し訳ない。ですが、後見人となれば、その庇護者を大切にするのは当たり前のこと。つまり、初対面で、軍議で言葉を交わしたことのあるだけの貴殿よりも私の方がネオン嬢をお連れする資格を持つ。そしてあれは私の忠実な護衛です。決してネオン嬢の事を傷つけたりするものではありません。もちろん、ネオン嬢の補佐官に移動の監視をお願いしましょう。そういう事ですからモルファ卿」

 彼が、私に視線を向けた。

「お運びする事、お許しいただけますかな?」

「それ、は」

 嫌だと。なぜか言えなかった。

 そしてその無言を肯定ととらえたらしいシノは、ネオンの身を護衛に渡した。

 その瞬間、ネオンの傍に寄った男の口元が歪んだのは見間違いだったのか。

 その真偽もわからぬまま、私か、もしくは私の後ろに立つ己の主かに頭を下げた男は、先導する補佐官と共に会議室を後にした。

 後を追いたいと願うことも、出来ないまま、会議は進み、深夜にまで及んだ。

 ――そして。

 他騎士団の隊員達を見送り。

 残ったネオンを除く隊長が集まる中、アミアが静かに皆の顔を見、最後に私を見た。

「では、これで本日の軍議を終わりにしましょう」

 その言葉に、私は静かに息を吐き、それから皆を見て口を開く。

「皆、今日はご苦労だった。ネオンの件では迷惑をかけた。あれには騎士団にはもう来ぬよう再度話をするつもりだ。では、今日の会議は以上だ」

 そう言って、席を立とうと椅子を引いた時だった。

「団長」

 私の言葉が終わったところで、すっと手を挙げたものがいた。

「なんだ、チェリーバ」

 声を掛ければ、彼は立ち上がる。

 なにかが違った。

 普段であれば一番年若なこともあり、あまり発言をすることがない彼は、しかし私にしっかりと体を向け、こちらを見据えてきた。

「……なんだ?」

 いつもとは違う。

 そうだ。そのまなざしは、魔獣を目の前に、愛用する槍斧をふるうときの殺気に近い。

 まだ気迫の足りないそれに、苛立ちを感じながら声をかけると、彼は、想像もしなかったことを口にした。

「南方辺境伯騎士団第三番隊隊長チェリーバ・ブルー。本日、隊長に与えられた権を行使し、南方辺境伯騎士団団長の罷免を要求します」

「っ!」

 みなが、息をのんだ。

「チェリーバ、冗談は……」

「冗談でこのようなこと、言えません」

 制止しようとした七番隊隊長セトグスの言葉に、チェリーバがかぶせるように強い言葉で断言すると、おおよそ、今まで向けられたことの無い、敵を見るような眼差しで私を見、静かに、一言ずつ、言葉を吐き出す。

「幼少の頃より傍にいました、貴方と騎士団に入隊した時から、俺は貴方を傍で支え続けると決めていた。それが、ブルー伯爵家に生まれた者として、南方辺境伯騎士団の騎士として正しいと思ったからです。ずっと、ずっと傍にいました。

 尊敬していた、貴方を。強く、前を向き続け、領地領民のために前線に出る事を厭わず、命を燃やすように戦い続ける貴方を。でも、貴方は変わった」

 ばん! と、チェリーバは拳を机に叩きつけた。

「6年だ! あの医者が死んでから貴方は変わった! 人を人と思わなくなった、捨て置かれた騎士達を、置いて行かれた家族たちの声を、何とも思わなくなった貴方を、それでも皆、支え続けてきたのは、いつかあなたが目を覚ますと信じていたからだ!」

 誰も、何も言わない。

 ただ皆、私以外、怒るチェリーバを見、声を聞いている。

「けれど、状況は目に見えて悪化した。我々の忠告も諫言もきかなくなった貴方をどうにかと願い、行動を移しても、それは叶わなかった。ネオン隊長を…… 南方辺境伯領に嫁いでこられた年若い令嬢を策に嵌めたのは、俺達の最後の悪あがきだった」

 それは、兄が亡くなった時に聞いた泣き声に似ていて、どうして、と思い、問おうとするが、チェリーバはそれを許さず、声を上げ続ける。

「自分たちが出来ず、放置した問題を俺達は彼女に押し付けた、悪いと思っても、罪悪感に囚われても、もうそれしか策はなかった! ネオン隊長は応えてくれた! それも、最も自分を犠牲にする形で、最良の結果を示した! その結果が、身を削った献身の果てがあの姿だ! あの献身に、俺はどう返せばいいのかと軽率に策に嵌めたことを後悔し続けていた! なのに結局同じことだ、貴方は彼女にも同じことを繰り返した!」

 気が付けば、チェリーバが前にいた。

 伸びてくる腕に悪夢を思い出し、動けなかった。

「貴方は何を考えている! 捨ておけと! 彼女を捨ておけとまた言うのか!? 命を懸けた献身に、また泥をぶつけ、切り捨てるのか! 彼女への愛を語ったその口で、死地へ行けというのか! それは、騎士の風上にも置けぬ行為ではないのか!」

「チェリーバ! 止めろ!」

 胸倉を掴まれ咳き込む。

 チェリーバを制し、引き離したのはプニティとイロンで、引きずるようにして距離を取らせる。

「ラスボラ、大丈夫か」

「あぁ」

 近寄り、私の身を案じるアミアは、抑え込まれているチェリーバを見た。

「やりすぎだ。団長に手をあげるなど、訓告ものだぞ、チェリーバ」

「かまわない! 懲罰は覚悟の上だ!」

 プニティとイロンの腕を振りほどいてチェリーバが私に向かって叫び、それを聞いたアミアは、静かに首を振り、興奮したままのチェリーバを落ち着かせるように言う。

「罷免要求は、三名の隊長の挙手が必要になる。一人では事を成さないことくらい知っているだろう。団長、私、ネオン隊長を抜いた三名の、だ」

「それくらい知っている! ……だが「では」

 幼いころから聞きなれた、静かで落ち着いた声が、チェリーバの声を遮った。

「南方辺境伯騎士団第九番隊隊長シノ・ドンティス。ブルー第三番隊隊長の南方辺境伯騎士団団長の罷免要求に同意しよう」

「……! シノ……」

「シノ殿! 正気ですか!?」

「冗談でこのような事は言わんよ。もとより、そろそろ息子に譲ろうと思っていた立場だ、最後の大仕事にはいいだろう」

 静かにアミアに向かいそう言ったシノは、幼い頃に叱責した時と同じ顔で、私を見た。

「我らが間違っていた、その通りだ。それがこの結果だ。領地を守り、領民を守り、誇り高くあれとされた騎士が聞いてあきれる。私はお前を甘やかしすぎた……今はもう、後悔しかない」

 腰に佩いた剣の鞘を掴んだシノは、それを己が目の前に突き出す。

「我が民、我が妻、我が家族を守るためのこの宝剣、すでにネオン隊長をお支えすると誓い捧げた。お前にではなく、だ。意味は解るな?」

 そう言ったシノは、家宝だという宝剣を下げると、私から視線を外し、目を見開いて動かないアミアに向ける。

「これで二人。あと一人上がれば、審議は始められるぞ」

「では、私が」

「俺も」

 シノの、重い言葉に続き立ち上がったのは、真紅の軍服を纏ったベラと、静かに静観していた第四番隊隊長のニオで、二人は静かにアミアを見た。

「南方辺境伯騎士団第八番隊隊長、王宮第三部隊近衛第三班副班長ベラ・ドナン・シグリット、第三番隊長チェリーバ・ブルー、第九番隊隊長シノ・ドンティスの申し立てに賛同する」

「南方辺境伯騎士団第四番隊隊長ゼブラ・ダ・ニオ。先の三名の意思に賛同し、南方辺境伯騎士団団長ラスボラ・ヘテロ・モルファの罷免を要求する」

 瞬きの、沈黙。

「……では」

 何が起こっているか理解できずにいる中、音の無くなった室内に、アミアの重い言葉が響いた。

「南方辺境伯騎士団副団長アミア・カルヴァ。南方辺境伯騎士団第三、第四、第八、第九番隊隊長からの訴えを受け、南方辺境伯騎士団の規定に従い、南方辺境伯騎士団団長ラスボラ・ヘテロ・モルファ罷免要求の正当性に関し、第五番隊隊長ターラ・イロンへ弾劾調査を命じる。まずは先の四名の申し立ての聴き取り、そして公平に調査を行うように。それら全てを経てモルファ家一門の当主による話し合いを行いその結果をもって罷免の可否を定める。

 それが出るまでは慣例に従いカルヴァ侯爵家にて騎士団、及びモルファ領を預かる事とし、ラスボラ・ヘテロ・モルファは病気療養の名目でモルファ邸へ謹慎を命じる。異論がある者はいるだろうか?」

 しばらくの後、アミアは目を伏せ、それから微動だに出来ずにいる私を見た。

「ラスボラ・ヘテロ・モルファ。それまでは、南方辺境伯邸で沙汰を待つ様に……ニオ隊長、お任せしてよろしいか?」

「任された」

 声を掛けられたゼブラが、私の傍に立ち、肩に手を置いた。

「屋敷に行くぞ、ラスボラ。時間はある。しばらく、己を見直すといい」





 目の前の、簡素なスープをスプーンですくう。

 辺境伯家の、自室。

 謹慎を言い渡されて、二ヶ月が経っていた。

 先程目の前に並べられた食事は相変わらず味がしない。

 只、ネオンと共に食べた物だけは、心が味を覚えているのか、他の物よりも少し多めに飲み込むことが出来た。

 チェリーバが声を上げたことで、現在騎士団の中では様々な調査が行われているという。

 南方辺境伯家にも、五番隊の隊員達が訪れていたようだ。

 自分の前には今朝がた叔父上(シノ・ドンティス)が現れた。

「久しいな。体調は……よくなさそうだ」

 私の目の前に座った叔父上は、ひとつ、深く息を吐いてから、私をしっかりと正面から見据える。

「状況は、芳しくない」

「……」

 そうだろう、と思った。

 言われなくともわかっている、事だ。

 ネオンが私に訴え続けたことを思い出せば、そしてその後、自分が何をしたかを考えれば。

 私の行動が間違っていたのは火を見るより明らかで、そこには何の感情も湧かなかった。

「調査中だが時間がかかっている。当主間の話し合いもある。これが、どのような形になるかはわからんが、お前には厳しいものになるだろう」

 それも、理解はしている。

 この先は生涯の幽閉か、毒杯か。

 今も私の傍にいる者達は、嵌められた、恩知らずだと騒いでいるが、しかし、チェリーバが声を上げなくとも、遅かれ早かれこの未来に辿り着いたのだろうと、()()()()()理解している。

 いやむしろ、チェリーバが声を上げてくれたからこそ、生きてこの場に居られるのだと、感謝しなければならないだろう。

 ネオンが嫁いできたときには、すでに自分の首は皮一枚でつながっているところで、ネオンが私に立ち向かい、医療院を立ち上げ、皆の信頼を得たことで、それが僅かに持ちこたえていただけだったのだ。

「覚悟はできているのだな」

 頷き、しかし心残りを、口にする。

「巻き込んでしまった」

「……安心しろ、害は及ばん」

 私の言った言葉の意味を察した伯父上の、少ない言葉に安堵の息が吐けた。

 そしてそれに安堵できたことに、自分でもほっとした。

 ネオンに類が及ばなければいい。彼女は、私の非道に何の関与もしていないどころか、それを、身を呈して止めようとしてくれたのだから。

 彼女の事を考えれば、全てに後悔しかない。

 後悔しかないが、もうどうすることも出来ない。

 後はそれを抱えながら、決定を待つ事しかできず、それがどのような決定でも、異論を唱えず受け入れる事しかできないのだ。

 叔父上が言う、厳しいものになったとしても。

「……安心しろ」

 肩に、大きな手が乗った。

「私達も同罪だ、一緒に謝る用意も出来ている」

 ではな、と、肩から手を離し部屋を出て言った叔父上を、私は座ったまま見送った。

 肩に置かれた手は酷く温かく、図書館に閉じこもっていた自分に会いに来るたび、声をかけ、肩に手を乗せていたあの頃と変わらないことに気が付いた。

「……叔父上」

 頭を下げ、目を伏せ、吐き出す。

「ありがとう、ございます」

 ずっといえなかった言葉は、誰もいない部屋に静かに溶けて消えた。

(今日は、眠れるかもしれない)

 食事のトレイに載った薬を水で流し込み、私は床についた。

お読みいただきありがとうございます。

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また、誤字脱字報告も助かります!ありがとうございます。


☆大切なお知らせ☆

【コミックグロウル】(https://comic-growl.com/)にて、コミカライズ第一話公開中です

ハッシュタグ #惨劇山積み をつけて、いっぱい感想を呟いていただけると嬉しいです

書籍第一巻も、よろしければお手に取っていただけると……web版よりまとまっていて読みやすいと思います!



☆作者の独り言☆

……賛否両論でしょう! そうでしょうよ!

私もなんだかあれです、しっちゃかめっちゃかです。

ちなみに、彼はまだ本編にがっつりかかわって出てきますので、これで幕引きではありません

とだけ、言わせてくださいm(_ _"m)

それと、旧作のエタッている奴に手をつけようと思っております。

そちらもよろしければお読みいただけると嬉しいです……がんばります、がんばります

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― 新着の感想 ―
身分制の社会ではその役割にそぐわない者が役職につくことも多そうだから、ラスボラさんもある意味気の毒ではあるとは思います。 小さい頃からどんな薬を飲まされて、今現在も飲まされ続けているのか。 どこからが…
わぁ〜(>人<;)! 最初に出てきた感想が「気持ち悪!」て感じでした… 作者様も「賛否両論!」って言ってた様に色んな意見があるんだろうなぁ… ここまで来てやっと「ありがとう」は出てきたけど「ごめん…
やっと罷免かぁ… 医療隊を解散させた一年後くらい、死亡率が跳ね上がったろうしそこら辺で罷免申請するべきだったよなぁ… ラスボラ視点は毎回狂気すぎて理解不能で怖かったです… 特に古参の使用人に「旦那様…
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