131・再会 (これは偶然か必然か)
「お待たせして申し訳ありませんな」
「なんの。こちらがそれを連れてきたのだ。それに、貴殿と話すための時間ならいくらでも作るさ」
一階にある九番隊隊員の詰め所であり、騎士団の受付となっている一室を通り抜けた先にある隊長室。
補佐官が開けた扉から、エスコートされて入った先。
(そういえばドンティス隊長の執務室って初めて入るけど、なんて……)
第九番隊長執務室と掲げられた部屋に入った私は、部屋の主であるドンティス隊長とそのお客様の会話を遠くで聞きながらも、目をまん丸くし、行儀悪く周りを見回してしまった。
(なんて素敵なのかしら)
石造りの壁にオーク材の室内であるのは、旦那様やカルヴァ隊長の執務室も見ているため同じであるにもかかわらず、彼らのそれとは違い、なんというのだろう、素敵、なのだ。
艶のある濃い飴色の、重厚な調度品で揃えられた品のある設えの室内の様で、ところどころには彫刻や絵画などの美術品がさりげない程度に飾られていて、それらを見る限り、あの背面に騎士団紋章ドーン! の総刺繍のスクラブを嬉々として発注したとは思えないほどに、大変に趣味の良い方なのだとわかる。
(先ほどの件で私の意識が変わった、といったら変だけど、それも込みで、旦那様とくっつけようとしたり、やり直してほしいと頭を下げられてから、蛇蝎の如くドンティス隊長を避けていたから、個人としての人となりを知る機会を失っていたんだわ。あぁ、もう……潔癖というか、酷く意固地で敵認識した人の意見も為人も知ろうとしなくなるのが、私の悪いところよね)
自分を中心に、白か黒か、善か悪かを一度の出来事で判断し、嫌い・悪と判断した物に対しては、相互理解どころか全身全霊で拒否していた前世の自分を思い出し反省する。
(ネオンもまぁ、お貴族様大嫌い! とか、その素質はあったけれど、この極端な性格は、明らかに前世の私よねぇ……ん? 年取って柔軟性に欠いてたとかかしら? え? やだやだ! きっと心が忙殺されてたのよ、うん、そうよ!)
振り返れば、騎士団に来てからの事柄を振り返れば振り返るほど、忙しさや問題の多さ、旦那様や辺境伯領問題もあったために、目の前のことでいっぱいいっぱいになって、自分で頑張らなきゃ、守らなきゃと、随分と狭い視野の中で、極端な思考になっていたようだ。
これ自体、前世でもよく、師長や先輩に怒られたり褒められたり宥められたりしていたと思いだし、先程のドンティス隊長の誓いは、一度、他者から見た自分を振り返りなさい、と言われた気がする。
(そうね。本当にそう。隊長のおかげで、自分を振り返れてよかった。軍議の前に一度冷静になれたわ。ここからどう自分とその周りを立て直して、医療院を守りながら要請を受けるか考えなきゃ……)
「ネオン隊長」
「……は、はい!」
深く考え込んでしまっていたところで、名を呼ばれ、私は顔を上げた。
「大丈夫ですかな? 体がお辛いようでしたら、医療院へ……」
「いえ、大丈夫ですわ。隊長のお部屋の調度……特にあちらの絵画が素晴らしくて見惚れてしまっていましたの」
言い訳を考え、一番私好みだった絵画の方を示してそう言うと、ドンティス隊長は嬉しそうに頷いた。
「はは、そうでしたか。ネオン隊長はお目が高い。あちらは私が王都で面倒を見ている画家見習いが書いたものなのですよ。まぁ、そのお話はあとでお話しするとして、まずはこちらに」
すっと、腕に乗せていた手を取られ、私は一歩、二歩と、ドンティス隊長の体の影から応接セットの方へと足を進め。
「ネオン隊長、ご紹介いたします」
私の目の前に現れた客の姿に息を飲んだ。
「ディアス殿。こちらが前々よりお話ししていた、南方辺境伯騎士団十番隊隊長のネオン・モルファ南方辺境伯夫人だ。ネオン隊長、こちらは世界にその名をとどろかせる遊牧商隊スティングレイの商会長であり、我が国と東方ビ・オートプの間にある砂漠のオアシスにある自治都市デゼルートの評議長を務めていらっしゃるディアマンテス・ポールカ・スティングレイ殿です」
東方の衣装に身を包んだ、ドンティス隊長くらいだろうか、年嵩のいった白髪の男性と、彼が立つソファの後ろに控える、同様に東方の衣装に身を包み、腰に剣を携えた白髪の青年。
(──そんな)
決して出しては行けない声を、抑え込む。
そんな私に気づかず、壮年のふたりは和やかに言葉を交わす。
「そのように過分な紹介を受けると、なにやら気恥ずかしいな。シノ殿」
男性が話す東方訛りが僅かにまじった共通語に、記憶が暴れ出す。
「なにをおっしゃる! 貴殿のこれまでの功績や背景を考えれば、これでも不十分だ。なにしろ商隊と銘打たれているが、警備の薄い国境や辺境の魔物退治や夜盗狩りも担い、各国からの信頼も厚い。私のような一介の騎士と懇意にしているのが不思議なくらいだ」
和やかな空気。なのに逃げ出したくて、無意識にジリっと半歩、足が下がる。
「何を言う、シノ殿の商才と情報網は我らも一歩及ばない。どんな素晴らしい商売の種を見つけても、いつも君にあと一歩のところで負けてしまっている。我らの獲物をいつも寸でのところで掻っ攫っていく狡猾な梟の顔を拝みたくてやってきたら、君の様な人間で、それは驚いたものだ。いや、それはさておき」
にこにこと、人がよさそうな笑顔で片眼鏡を整えながら、私を見た彼は、ゆっくりと胸に手を当て、頭を下げた。
「ご紹介にあずかりました、私は東方自治都市デゼルートが評議長を任せられております、遊牧商隊スティングレイ商会長ディアマンテス・ポールカ・スティングレイと申します」
ひとつ、ふたつ。
挨拶を受けている間に、呼吸を整え、心の乱れを正して微笑む。
「東方自治国家デゼルートの猛き賢人の前に、このようななりでご挨拶しますこと、お許しください。
御高名は養父カージナル・テ・トーラより伺っておりました。初めてお会いいたします。私、トロピカナフシュ国は南方辺境伯ラスボラ・ヘテロ・モルファが妻で、南方辺境伯騎士団十番隊隊長を勤めております、ネオン・モルファと申します。
遊牧商隊スティングレイの皆様には、我がモルファ領での様々なご助力、そして貿易に関しては実家であるテ・トーラの商隊が大変お世話になっております。夫、養父に代わり、お礼申し上げます。
また先日の鈴蘭祭では、後ろに控えていらっしゃる剣士様……バスレット様に、私が管理する孤児院の子を暴漢より助けていただきました。あわせて、心より感謝申し上げます」
声に動揺を出すことなく話せた、と、思う。
そんな私に、低く、柔らかな男性の声が降ってくる。
「そのように堅苦しくならずとも。これは護衛剣士ですからな、子を助けるのも当然のこと。その後、辺境伯家と騎士団より報奨も頂き、こちらの方が恐縮したくらいだ。礼には及びません。
しかしそうか、なるほど。貴女はテ・トーラの秘蔵の姫君と噂のご令嬢であられたか。
では改めて、ネオン嬢。と、そうお呼びしてよろしいか?」
「そ、れは……私はもう、令嬢ではございませんので……」
顔を上げたところで目が合うと、答えられず曖昧に微笑んでしまった私に彼は笑う。
「いやそうだった。伴侶を持つご婦人に、それはよろしくないな。ではモルファ夫人と呼ばせていただこう。テ・トーラ卿ともシノ殿とも知り合いと縁深いのだ、私の事はディアス、またはポールカとでも呼んでほしい」
人当たりのよさそうな、ともすれば頷いてしまいそうなその言葉に、私は首を小さく横に振る。
「その様にお呼びするなど恐れ多い……そのようなことをすれば養父に叱られてしまいます。スティングレイ様、と、呼ばせていただきます」
静かにカーテシーから身を正し、丁寧に言葉を選んで挨拶した私に、それも仕方ないか、と笑ったスティングレイ商会長は私に微笑み、礼を言う。
「さぁさ、お二人とも。立ったままでは話もままならない。時間がありませんからな、どうぞおすわりください」
数名の騎士が持ってきたお茶が並べられたところで、私達はソファに座り……ふと、視線に気が付き、私は顔を上げた。
(……しまっ……)
目が、あってしまった。
青い眼差しが、私の視線を捉えて離さなくなった。
皮膚を裂いて飛び出そうなほど大きく脈打ち始めた心臓を胸の上から押さえるわけにもいかず、ばれぬように下唇をぐっと噛むと、視線をそらし、穏やかに貴族的な微笑みを浮かべる事が出来た。
そして、彼の顔を見ず、静かに声をかける。
「バスレット様は、こちらにお座りには、なりませんの?」
あくまで貴族の夫人として、そう問いかければ、目の前に座る東方の衣装に身を包んだスティングレイ商会長の後ろに立つ、純白の編み込んだ髪を高い位置で一つにまとめた同じく東方の衣装を身にまとい、無表情のまま手を後ろに回した青年は、すっと、青い眼差しをスティングレイ商会長へ向けた。
するとスティングレイ商会長がティーカップを手にしながら穏やかに笑う。
「これは私の護衛です。どうぞ、お気になさらず」
その言葉に、彼は表情を変えず小さく頭を下げる。
「さようですか。お役目でしたら仕方がない、ですね」
そう言って、茶を口に含んで。
苦みしか感じないそれを、飲み下す。
永遠にも感じる短い茶の時間が、始まった。
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