129・各騎士団からの申し出と、面会
久しぶりの更新で申し訳ありません!
そして、後書きでお知らせがあります~!
「各騎士団から派遣される医療隊員を医療院で受け入れ、現在行っている技術を教える……ですか?」
「そのとおりです」
遅れてやって来た旦那様とカルヴァ隊長が席に着いたところで始まった初めて呼ばれた軍議で、突然「報告」として告げられた内容に、ただただ呆気にとられた。
(いや、だからなぜ結果だけ話す。報告連絡相談はどこ行った!? というかまず理由とか、こういう話が出たがどうか? と確認するんじゃないの?)
結論や理想だけを一方的に押し付けて来るこれまでの対応を思い出し、相変わらずだなと、苛立ちを感じつつ、しかしそれを表情や態度に出さぬまま、私は穏やかに微笑んだまま静かに旦那様とカルヴァ隊長を見る。
「いかがでしょうか? ネオン十番隊隊長。彼らからは明日からでもと言っておりますが。受け入れは可能でしょうか?」
(だからなぜ、受け入れるのが前提で話を進めるのですか? 紳士だと思っていたのに、カルヴァ隊長もやっぱり少々脳筋でいらっしゃるのかしら?)
いつも(騎士団の中では比較的)紳士としてふるまっていらっしゃるのに残念だなぁとおもいつつ、カルヴァ隊長の穏やかな口調での問いかけに、私は内心思い切りため息をつきながらも、顔を上げ、首を小さく横に振る。
「お話は分かりました」
「では……」
「ですが、はいそうですか、と、簡単にお受けするわけにはいきません」
はっきりとそう返すと、一瞬、室内がざわついたが、私は気にせず続ける。
「これまでの成果を評価され、求めていただけるのは大変喜ばしい事です。しかしそれを他者に教えられるかと言われれば、話は変わります。……理由は、南方辺境伯騎士団医療院も、いまだ万全ではないからです」
騎士隊長になってから……正しくは『辺境伯夫人としての慈善事業の最初の一歩として、騎士団内に医療院を立ち上げ』から約8か月。
いまだすべてが手探りで、模索し続けている南方辺境伯騎士団医療院に、他者を受け入れろと言われ、はい喜んで! と言えるはずはない。正直いえば、こちらだって教わりたいこと、知りたいこと、考えたいこと、足りないことだらけで、要は猫の手も借りたい状況。それなのに、外部から来た人間にそれを教えるなど、そんなむちゃぶり……もとい、どれだけ大変か、求め、命じるだけの彼らは理解していないだろう。
「南方辺境伯医療院は、開設から一年もたっておらず、治療も、看護も確立はしておりません。それに、医療院は騎士団だけでなく麓の街にもございますので、人材も十分とは言えず、急務として医師、看護師共に育成を進め始めたところなのです。そんな中で他の方に何かを教える、というのは、無理な話です。それに、その他辺境伯騎士団の隊員の受け入れが、どういう目的と意味を持ち、どのような形で行われるものなのか、今のお話では私には理解できません。まずは理由をお教え願えますでしょうか」
「もちろんです。そちらに関しては別の者からお話をさせていただきます」
そう言って視線を動かした先で、誰かが立ち上がったのが見えた。
「私より、ご説明申し上げます」
(なるほど、ベラ隊長……)
カルヴァ隊長の言葉を受け、数多く揃う色とりどりの騎士たちから、本日は南方辺境伯騎士団八番隊隊長としても席についているらしいシグリット隊長は、席を立つと背を伸ばし、右手を胸に当て、静かに私に向かって頭を下げた。
「ネオン隊長には、先日は突然の医療院見学の申し出に、快く対応していただき、誠にありがとうございます。無作法にも事前にお知らせすることなく伺い、無遠慮の質問を繰り返しました我々に対し、誠実にご対応いただき、様々な事柄を詳細に教えていただきましたこと、感謝申し上げます」
そう言って改めて頭を下げたシグリット隊長に、私は微笑んだまま小さく首を横に振る。
「こちらこそ、興味を持っていただけて嬉しかったですわ」
「はい、大変に興味深く、勉強になりました。実は、その際に教えていただきました事柄や技術を王立騎士団へ持ち帰り、医療班の者に説明しましたところ、ぜひ、南方辺境伯騎士団に赴き、最低半月、出来れば一か月ほどでしょうか。ネオン隊長より直接ご教授願いたいと声が上がったのです」
「さようですか」
わずかに会釈する仕草をしつつ、他の騎士団員達がいる方を見れば、ひそひそと何かを言っているのが見える。
(あの表情と視線……良い話ではなさそうね)
そんな彼らを気付かれぬよう観察しつつ、ベラ隊長の口上を聞く。
「本来であれば実際にその職務に当たる者達がこちらに伺い、指導していただくのが良いのですが、しかしネオン隊長は、南方辺境伯騎士団十番隊隊長であると同時に、南方辺境伯夫人であり、三公が一人、司法公テ・トーラ家のご令嬢でもあります。それゆえ、ネオン隊長に教えを乞うのはそれ相当にふさわしい身分の者でなければならないと、王立騎士団や貴族院から意見が上がりました。そこで、各騎士団でも爵位を持つ者達をこちらに派遣することを南方辺境伯騎士団へ打診させていただき、今朝がた決定されました」
「……決定?」
その言葉に、僅かに眉を顰めた私はただ静かに、仏頂面でお誕生席に座っているだけの旦那様を見やった。
「団長。こちらのお話は、決定事項ですの?」
「そうだ」
問えば、わずかに眉間にしわを刻んだ旦那様はわたしの方をちらりとも見ず、言葉少なにそう言った様子に、私の激おこメーターが反応する。
(そうだ、じゃないわよ! 仮にも軍議だって言ってるのに、しかも私の大事な医療院のことなのに、報連相も理由の説明もないってどういう事よ!)
とは口に出さず、一等美しく見えるように微笑む。
「では、私がこの場に呼ばれた理由はなんでしょう?」
「決まったことを、皆の前で通達するためだ」
「まぁ!」
相変わらずこちらを見ず、そういう旦那様に、私は解りやすく驚いた顔をした後、憂い顔をし、ため息をつく。
「騎士団内の医療院は確かに南方辺境伯騎士団の組織ではありますが、全ての権利を有しているのは私のはずです。それなのに、私の意志は関係ないとおっしゃいますの? ましてや視察など外部から他者を受け入れる場合、そしてそれは一日で終わるものではなく長期にわたる場合は、まず受け入れ先に伺いを立て、互いに意見を交わし、すり合わせながら事柄を決定するのが会議なのでは?」
こてん、と首をかしげて問うと、顔色は変えずとも黙り込んでしまった旦那様。それを相変わらずだなと思い見ていると、遠くから先程の騒音よりも耳障りで、大きな雑音が聞こえた為、私はゆっくりと視線を動かす。
(女のくせに生意気? 黙って言う事を聞け、か。会議のヤジのテンプレートそのまんま。良い大人の癖に、子供の悪口かしら。放っておいてもいいのだけど、あそこには王立騎士団の人間もいる……悪口を放置したと知れたら、自尊心と矜持だけはお高いお養父様に叱責されてしまうから、反論しておかないと)
正直面倒くさいが、誰も、もちろん私も口答えできない養父に絡まれるのはもっと面倒くさいため、ため息をつきながら私が口を開こうとすると、その前に、隣に座っていた三番隊隊長であるブルー隊長が、良く通る声で叫んだ。
「今、ネオン隊長を侮辱する発言をした者は誰だ。立て!」
当然ながら立ち上がる者はおらず、言ったと思われる数名の騎士が、ただのボヤキや愚痴に反応するなんてこちらの心が狭い、くらいのバツの悪そうな、しかし呆れた顔でこちらをチラ見しているのが見えた。
「立て! 言っていないとは言わせ……」
「ブルー隊長、お言葉を遮ってごめんなさい。ですが、お待ちください」
立ち上がり、声がした方に向かって睨みつけるブルー隊長を制止した私は、ゆっくりと微笑みながらそちらに体を向ける。
ただ困惑する者達の中で、バツが悪そうに顔を背けるもの、睨みつけるものの方を見、微笑む。
「先程の発言をされたのは、そちらの緑と黒の隊服を着用された御方でしょうか。どうぞ、言いたいことがおありでしたら、遠くからヤジを飛ばさずとも、私に直接仰って?」
そういって微笑めば、ぐっと顔をしかめた男性とその周りの者が顔を背ける。その姿に、わざと肩を震わせて笑った。
「いいのですよ? 遠慮なくどうぞ。遠方からわざわざおいでくださったのです。先ほどの団長と私の会話にも、ご意見がおありなのでしょう? 遠慮なさらず、どうぞ?」
そういえば、彼らは不快感を顔に出しながらも、首を振る。
「……い、いえ。我々は特に、何も」
「まぁ、そうですの? ご意見を聞かせていただけるかと思ったのに残念です。 ですが、そのように問われて答えられないのであれば、軍議中なのですから、静かに願いますわ」
にっこりと笑ってそう告げると、相手は怒りに顔を染め、立ち上がろうとする。が、彼の上官らしき男性がその肩に手をやり、止めて何かを囁いている。
「ネオン隊長、その辺でご容赦を」
「カルヴァ隊長」
そんな様子を観察していた私にかけられた声に、私は姿勢をただし、そちらを向く。すると彼はいつもの通り穏やかそうな面差しで、しかし厳しい目を黙った騎士達に向けながら微笑んだ。
「彼らにはあとで私から話しておきます。そして、ネオン隊長の管轄となさっている医療院に関することを、ご不在の中で決定してしまった事には改めてお詫びを。しかし、今回の事は、王立騎士団、各辺境伯騎士団から要請という形で頼まれた事です。国を守るため、我らは協力せねばならないことは、ネオン隊長はよくご存知かと存じます。その一環として、ご理解いただけませんでしょうか?」
軍議の場では私よりも上の立場であるにもかかわらず、あくまで私を立てるように丁寧に話をしてくださるカルヴァ隊長に、私は穏やかに見えるように微笑む。
「それはもちろん、私がこの地に来た最たる理由がそこにありますもの、十分に理解はしております。他の騎士団が関わる軍議で決定したことに否やと言えないことも」
「では」
「ですが」
安堵した表情を浮かべたカルヴァ隊長やシグリット隊長に、私はさらに笑みを深めた。
「医療院を取りまとめる南方辺境伯騎士団十番隊隊長として、慈善事業として運営・管理の一切を仕切る南方辺境伯夫人として。私に対し、不躾な態度や言動があったことは、看過できません。ですので、この度の決定を医療院でお受けするにあたり、私から条件を出させていただきますわ」
私の言葉に、周囲が騒めき始める。
「……条件、ですか?」
「えぇ。今から言う事柄を承諾していただけなければお受けすることはできませんし、お受けした後でも皆様に許可なく受け入れの中断をさせていただきます。あぁ、ご安心くださいませ、至極当然のことしか申し上げませんわ」
「その条件、とは?」
問うて来たシグリット隊長に、私は笑みを浮かべたまま、しかし断固とした意志として、告げる。
「簡単な事です。まず第一に、そもそも医療院は学びの場ではございません。心身ともに傷ついた患者が療養、静養する場です。ですので私が運営する医療院では、身分性別などに囚われず、何より患者の安寧安静が最優先となります。そのような状況においても自己を優先し患者に不利益・理不尽を押し付ける方をお受けすることはできません。もちろん、身分を笠に、患者に高圧的に出ることなど言語道断です。その場合は騎士としてあるまじき行為をとったとし、拘束の上、軍議にかけさせていただきます。
第二に、南方辺境伯騎士団医療院は、約半年前に、私と南方辺境伯騎士団の一般騎士数名で立ち上げました。そして現在もそれは変わらず、十番隊の隊員たちは皆、階級が一番下の騎士団員で構成されています。その中には、大変腕の良い、しかし少々難のある医師に、元は私の侍女だったもの、負傷し前線から離れた者達、そして医療院の下働きをし、彼らを支えてくれている令嬢や少女がいます。
彼らは皆、誇りをもって医療院の仕事をしており、私も彼らを信頼し、仕事を託しています。医療院から何かを学ぶという事は、彼らから学ぶという事です。何よりも身分を尊び、平民に教えを乞う事を良しとしない方をお受けすることはできません。彼らに対し、敬意をもって接すると約束してください。わずかにでも身分や階級を笠に威圧的な態度で接し、脅したり危害を加えるようなことがあれば、私は絶対に許しません」
そう言い切った私の耳に、先程と同種の雑音が聞こえたため、わざと大きく靴音を立て、体を向けて見据えると口の端だけ上げた。
「今、生意気な小娘と平民に従うなんてとんでもないという言葉が聞こえましたわ。 なにが出来るのか、とも。えぇ、私はただの小娘です。ですが南方辺境伯夫人であり、十番隊隊長、医療院の責任者です。従ってもらわねば困ります。ですが、それにも従えない、しかし受け入れ成果だけ教えろというのはいささか乱暴ではありませんか? もし、そのような無体を北方辺境伯騎士団の方が働く、と仰るのであれば……」
こてん、と首をかしげれば、虹を放つ髪が揺れ、煌めき、衆目が集まるのがわかる。
(みんなを守るためだもの、使うわよ、何でも!)
普段であれば、いや、今だって、いっそ吐いてしまいそうな嫌悪の言葉を口にする。
「お養父様に、助けを求めるしか、ありませんね」
そういえば、言葉だけを鵜呑みにし、やはり只の小娘が、己が権力を笠に着ているではないかと叫び、立ち上がろうとした者がいたが、顔色を悪くした同じ色の隊服の人間たちに口を塞がれ、立ち上がらないように拘束し、なおももがき叫ぶ男の耳元で何かをささやいている。
暴れていた男は、最初こそもがき、叫ぼうとしていたが、見る見るうちに顔色を悪くさせると、肩を落とし、俯き、口を閉ざした。
(さすが、くそとは言え貴族の三頂点の一つ司法公……寒いぼだらけだけど)
「それくらいでやめておけ、ネオン」
粟立った腕をさすりながらも、笑みを浮かべたままの私は、旦那様の言葉に視線を移した。
「えぇ、そう致します。ですが先ほど申し上げたことは冗談ではございません。医療院は治療の場、治療される患者が最優先であり、治療を補助し、看護を行う医療隊員はその次に優先されます。もちろん、有事の際であったり、患者が不当に医療隊員を害した場合にはその限りではありませんが、基本はそのように医療院を運営しております。ですので、医療院での学びをご希望なさるのでしたら、私の指示に従い、先程の約束を守ると誓約していただけることが最優先です。それ以外はお受けすることはできません」
「……騎士団の決定事項だぞ?」
もう一度そう言い切ると、旦那様はやや言葉を強く、言う。
「では、その事で患者の治療や回復が遅くなっても良い、と? それとも、旦那様はいまだ、医療院、負傷兵が無駄だと……」
「ネオン!」
「団長!」
言葉の応酬の間に、ドンティス隊長の、低く、凛とした声が割って入った。
「夫婦喧嘩は犬も食わぬと申しますが、ここは軍議の場。その話は私の顔を立て、後程とさせていただきましょうか。さて、場を整えるため、一度休憩を挟むとしましょう。よろしいか? 団長、副団長」
「……あぁ」
「そうですね。一時間の休憩とする」
厳しい顔をしながらも頷いた旦那様に続いて、カルヴァ隊長も頷き会場を出ていったのを全員で見送ると、他の騎士団から来た方々の視線を受けながら私も会議室を出た。
「大丈夫ですか? 隊長」
「えぇ……でも、すこし休憩したいわ」
「一度医療院へ」
「医療院まで帰られるのは大変でしょう、ネオン隊長」
疲れを感じ、息を吐いた私の前に、大きな手が差し伸べられた。
「ドンティス隊長?」
「パーンもおりますので、九番隊でお茶でもいかがですかな? いや、堅苦しい話はなしです。今ちょうど、バザーの件で珍しい客が来ているのですよ」
彼の微笑みに、私は首をかしげながらも、その手を取った。
お読みいただきありがとうございます。
☆大切なお知らせ☆
本日11月1日 【コミックグロウル】(https://comic-growl.com/)にて、まぶた単先生に
「目の前の惨劇で前世を思い出したけど、あまりにも問題山積みでいっぱいいっぱいです。」
https://comic-growl.com/episode/2550912964615553199
コミカライズ連載開始です! わーい!ありがとうございます!
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小説の方の進みが遅い! と思われていると思います! もう、精いっぱい頑張ります( ノД`)
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