○○戦争編-1 卒業と事件
申し訳ない。新型コロナになっていた。
1897年11月29日
田中義三の所属していた第9期士官学校生の卒業を迎える。田中義三はここですぐに海外では准尉に相当する特務曹長に任じられることになっていた。本来なら士官学校卒業生は凡そ半年の見習士官(下士官の最高位である曹長) を経て少尉として任官される。
だが田中は曹長である状況で士官学校への入学が決まった。卒業しても曹長ではあまり体裁がよくない。ゆえに卒業して海外では准尉と言われている特務曹長に就任した。この特務曹長は普通の士官学校卒業生が一つ下の曹長で見習い期間を過ごすことを考えると明らかに頭の上がらない存在である。
だが当の田中自身からしても他の特務曹長がみな先任であることから頭が上がらない存在であることは事実である。
そしてもう一つ特殊だったのが所属である。士官学校卒業者は士官学校入学前に候補生として配属された部隊…原隊がある。見習士官になる段階でこの候補生時代の部隊に戻されてその部隊の上官の推薦により士官に任官する流れになっている。
だが、田中自身は若干違いがある。原隊と初の推薦者は第5師団所属だったが、一時的に第3師団の部隊にいたことから第3師団からも推薦があった。士官学校入学直前は台湾方面の臨時編成部隊であり、近衛師団にもかかわりがある。実質的には原隊が一つではない。ゆえに各所からの引き抜き工作は熾烈だった。
だが、最上位である参謀本部…特に川上操六中将が引き抜いた。所属は新たに用意された第1部作戦課の気球班。史実には存在しなかった部署である。
役目は気球の軍事的な使用についての研究。日清戦争時代に気球を扱っていた彼にとっては適役であろう。だが、宣伝と着弾観測が主な役目として出ているだけではある。そして表向き彼しかいない部署であるのでいざという時に簡単に部署移動させて使うことができた。
そこで彼は何か活動をする…と思われたが歴史のほうが返答をした。1898年2月15日PM09:40…スペイン帝国植民地キューバ、ハバナ湾にて停泊中の戦艦メイン号が原因不明の爆沈を遂げるのであった。
アメリカ合衆国 マハン邸 秋山真之
秋山真之は日清戦争後、海軍の海外留学においてアメリカに派遣された。この当時のアメリカ海軍はいまだ2流である。だが拡張が行われる寸前の時期である。
だが日本海軍は3流だ。保有戦艦は4隻。しかし、うち2隻は諸外国の戦艦と比して劣る(初代扶桑)1隻と同じく性能の劣る日清戦争鹵獲艦である鎮遠1隻。後世、装甲艦と評される艦である。諸外国と比して互角の戦艦の保有は2隻。追加の建造計画は三笠を含めて4隻。全て外国に発注している。
そして諸外国では補助戦力としての運用が主な巡洋艦を主力として運用せざるを得ない。第1線級艦艇が比較的快速である点以外の優位性が皆無である。
その一方でアメリカ海軍は
戦艦は装甲艦メインとテキサス
前ド級戦艦インディアナ級(外洋航行能力に難あり)3隻と弱点の改良型であるアイオワ(初代)1隻
のちの世でいう装甲巡洋艦2隻
主力艦は8隻。いずれも試行錯誤があるが、すべて国内の独力建造している。明らかに日本よりも総合力は上だろう。
ちなみに世界1の海軍国であるイギリスは前ド級戦艦の設計思想に基づく新鋭戦艦だけで16隻。若干小型化した戦艦が3隻の大艦隊だ。アメリカに比して4,5倍の戦力がある。
だが、人材は単純な数の論理で測れるものではない。どの国にも優秀な人材はいる。アメリカ海軍でのこの時代の優秀な人材の代表格。それはアルフレッド・セイヤー・マハン退役大佐。米海軍の戦略家である。
「私が日本を訪れたのは30年前だったがそのころはみな丁髷姿だった。」
秋山真之がマハン邸を訪問したのはメイン号の爆沈前だった。
「私が生まれたころの話ですね。」
秋山はマハンの話に相槌を打つ。
「そうだ。時がたつのは早い。君は日清戦争の黄海海戦に参加しましたか?」
「近くにはいました。しかし参加は許されませんでした。私の乗っていた船の姉妹は黄海で沈没しました。」
「そうですか。それなら参加が認められなかった理由はわかります。」
「ですが第1遊撃隊の坪井中将閣下にお話はお伺いしました。」
「そうですか。面白い話は聞けましたか?」
「高速艦艇を低速艦艇に縛らせる運用は避けるべきとおっしゃっていました。ですが双方が支援し合うことを忘れることをしなければ艦隊の分散には当たらないと。」
「確かに高速艦艇を指揮する者の立場としては妥当でしょうね。ですが、高速艦艇は高速化のために何かを犠牲にする。ゆえに低速艦艇との単独交戦は避けるべきですね。」
「似たようなことを友人が言って居りました。陸軍の人間なのですが、海軍側の視点を持ちたいと言って私と一緒に坪井中将のもとに来た若者がいましたので。」
「具体的には?」
「高速化には犠牲にする性能がある。高速化のために軽量化すれば防御装甲や砲力を犠牲にして同じサイズの低速艦との交戦では不利になる。高速化に耐えられる出力を求めれば大きさや生産性を阻害する…等々言っていました。」
「妥当だな。その彼は何かの設計でもやっているのか?」
「先日、ベルギー万国博覧会で公表された広告気球の開発には参加したと聞いています。」
「あれか。ここ最近、わが国でもあれが空をにぎわしている。あれの開発…といってもあれは発想の産物だろう。発想は重要だ。だが過去の戦訓から学べることは多い。我々も日清戦争では学ばせてもらった。最新鋭軍艦による黄海海戦の詳細情報は次の戦争に勝利をもたらす。」
「次の戦争とは?」
「我々はキューバをめぐりスペインと争っている。きっかけさえあれば開戦する。」
「戦争の大義というものですか?」
「そんな大きくなくともよい。ただアメリカ国民を怒らせるだけで十分だ。」
日本時間1898年2月16日午前 参謀総長室
メイン号の爆沈が日本国に伝わると田中義三は参謀総長になりたての川上操六の執務室に駆け込んだ。
「アメリカは今回の事件を口実に戦争を始める可能性があります。観戦武官を派遣すべきです」
田中は川上操六に意見する。
「で、君は行きたいとそういうのだね。」
田中は図星を突かれて口を開けなくなる。川上は続ける
「まあ、開戦に関する意見を聞きたい。」
「先日海軍の坪井中将閣下の訃報を米国留学した友人の海軍軍人に電報で知らせた際の返信にて米海軍のマハン退役大佐が開戦を示唆したとの話がありました。マハン大佐は米海軍最大の海軍戦略家です。」
黄海海戦の勝利に貢献した坪井 航三中将は1898年2月1日に死去してしまった。士官学校卒業後に秋山と共に坪井中将のもとに何度か訪れたことがあるので伝えるべきであると判断してのことだ。
「マハン大佐とやらが開戦を示唆しただけで開戦となるのか?」
「マハン大佐の戦略思想によりハワイ併合がなされたらしいのです。」
「らしいとはかなりあいまいな表現だな。」
「私の所属は陸軍です。海軍については勉強中です。」
「わかった。人選はしておく。アメリカ行きの予定などをまとめてくれ。」
「了解。」
アメリカ合衆国 秋山真之
「本国に電報を送らねば…」
メイン号の爆沈に関する新聞号外を見て秋山はマハンの言葉を思い出していた。
そしてこの事件がスペインに対する戦争の引き金になりかねないことをわかっている。
「田中の奴が陸軍を説得してくれるだろうが…」
友人の田中義三とのやり取りでマハンが米西戦争の開戦について話したことは電報で伝えている。
「急がなければ間に合わない…」
2月末 陸軍参謀本部 参謀総長室 田中義三。
田中義三は呼び出された。同時に新たな辞令が来た。少尉への任官だった。
「観戦武官として派遣するに特務曹長では体裁が悪いということですね。」
理由を簡素に聞くと、認める返事を川上はする。
「だが、新任少尉だけを送り込むのはあまりよろしくはない。ゆえに別の武官も送り込む。英国駐在武官の一人もすぐにアメリカに派遣する。」
「了解いたしました。」
「あとこれを持っていけ」
川上操六が渡してきたものは箱だった。
「何もないよりはましだろう。あと、そのまま欧州を回ってもらうことになる。」
1898年2月25日 香港 米アジア艦隊
「本国のローズベルト次官からの入電です。フィリピンのスペイン艦隊の攻撃準備をせよとのことです。」
「まだメイン号の沈没原因すら判明していないのに早とちりに近いな。だが命令は命令だ。準備まではしてもよいということだ。」
日本 東京大崎
「で、アメリカへの派遣は決定したんだな。おめでとう。これで君も世界を見られるな。」
大崎の気球製作所を訪れた田中義三に山田猪三郎が笑いながら言う。
「いや山田さん。山田さんは欧州だけに行ったけど田中はアメリカ欧州両方に行くんだ。」
それにこたえるは二宮。この場には島津源蔵はいない。源蔵は京都にいる。
「アメリカとスペインとの戦争だが、おそらく戦場はキューバという地域だ。調べた限り気候的には台湾に近い戦場だろう。戦病が心配だ。物資の手配を頼むと思う。その時は頼むよ。」
「わかっている。というかそれで儲ける気だろ。」
「何事も資金は必要だ。国家の資金よりも自前で供給した資金なら気を使わなくて済む。ま、くれるんだったら優先的にくれた分を使いますがね。あと、アメリカにある程度の物資を持ち込みたいのでください。あと立場も欲しいです。」
「何が欲しい。」
「ここで求める物資は一つしかないでしょう。立場は気球製作所の相談役でも。」
「わかった。選別もつけてやる。」
同所。石黒
「田中!!メイン号の爆沈でアメリカとスペインとの戦争になるって本当か⁉スペインの無敵艦隊に勝てるのか?」
しばらく田中が気球製作所の2人と話しているとそこに元予備役海軍軍人の石黒が来る。
「石黒さん。今はスペインの無敵艦隊は存在しませんよ。それに艦艇数でいえば米国が圧倒しています。」
そういうと紙を取り出し物を書き始める。
本来ならジェーン海軍年鑑のようなものを取り出して説明したいところだが、この本の初版は1898年。この時期では出版されているかいないかの時期。出版されていたとしても遠くイギリスからの船便ではこの時点で彼の手元にあることは不可能だ。
「米国は主力として戦艦6隻、装甲巡洋艦を2隻保有。戦艦2隻は旧式…設計としては定遠級を一回り小型化したようなものらしい。ですが、旧式戦艦のうち1隻のメインは今回の件で失われました。」
メモに文字が羅列される簡単に船のマークがかかれるが、メイン号と推定される船にバツ印がかかれる。
「スペイン海軍の戦艦はたったの1隻。装甲巡洋艦4隻です。速力は勝りますが、それ以外は全てにおいて米艦隊に劣ることでしょう。」
周りは田中の話を聞いている。基本的に戦艦は打撃力を優先して火力と防御を優先して低速。巡洋艦は植民地などの警護用に軽装甲軽武装、航続距離を優先していた。ただしこの時代、一部の巡洋艦は戦艦に準じる火力と装甲を求め、それを戦艦の補助として投じる装甲巡洋艦というものが登場した時期だ。この装甲巡洋艦であれば火力と装甲をある程度高めて戦艦などの決戦兵器との打ち合いを可能にしていると同時に速力を生かし、不利になれば逃げるという戦い方が可能だった。後世、ポケット戦艦と呼ばれるドイッチュラント級に近い。ただしこの時代の技術では航続距離を犠牲にする例が多い。
「スペイン艦隊はおそらく戦艦1隻と巡洋艦4隻に分けての運用でしょう。低速艦に速力を合わせて行動させることもできるでしょうがそれは低速艦が多数であった場合の時です。低速艦が少数であった場合、切り離して運用したほうがいい。もしくは連れてこない方が賢明です。そして今回の場合後者。1隻単独運用では無理です。敵に勝るものはなく、逃げ切れる速力の無い戦艦1隻はただのカモです。下手すれば足の速い2隻の米国巡洋艦に捕捉されれば戦争中に復帰できないほどの損傷、最悪撃沈の憂き目にあいます。しかも米艦隊のほうがその点では有利。米艦隊は戦中の修繕が可能な工業力も設備も戦場近くにありますので。スペインは本国に回航しなくてはそれができませんし。」
田中は語る。だがその実は情報不足。スペイン海軍唯一の戦艦ペラヨは近代化改装のためにスペインではなくフランスにいたために米西戦争で戦力にはならなかった。
「装甲巡洋艦4隻は半数の戦艦には勝利できるでしょう。ですがそれが米国もわかっているのでは戦艦は集中運用するでしょう。その場合、スペインの巡洋艦隊は逃げるしかない。ですがスペインはこの戦争の目的が防衛であることは理解している。逃げていても勝てません。唯一の脅威は単艦での通商破壊でしょうがこれも無理。輸送船団に護衛の戦艦をつければそれだけで無理。この戦争においてスペイン艦隊に勝ち筋はありませんよ。」
「だがそれでも戦艦1隻をすでに失っている。」
「あんな旧式艦不要です。ないよりはましですが、あったとしても戦局に変化はない。報道では新鋭艦とされていますがそれは開戦謀略の一環の可能性すらあります。旧式艦よりも新鋭艦のほうが強い衝撃を世論に与えられます。」
「しかし…」
「亡き坪井閣下の戦訓により単縦陣戦術が主流化しました。それに対応していない主力艦は全て旧式です。メインはその単縦陣に対応していない旧式艦です。」
石黒は顔を顰めている彼自身が時代についていけずに予備役になった人間だからだ。自分と船を重ね合わせている。
「ま、旧式艦でも使える方法はありますよ。要は使い方です。さて…どう使うかな…」
田中は手を顎にしながら思考に沈む。
秋山とマハンの会話は坪井中将の没前です。なので亡きという表現はありません。




