士官学校編-2 来訪者の話
異質な人間が急に転入すると目立ちますよね。普通の転校ですら目立つというのに…。
市ヶ谷 陸軍士官学校 荒木貞夫
「何をしておるのだ?」
噂の転校生は暇さえあれば机に向かっているようなやつだった。いたのは図書館、教室、練兵場場所は問わなかった。奴は常に用箋挟を持っているので机がない状況でも外にいる時もいつもそれに何かを書き込んでいる。
無視…興味・関心すら持たれない、見向きもされないという状況に耐えられない若者はついに彼に対して喧嘩を売る。
「いろいろだ。忙しいのでね。すまない。いろいろと急に動いたのでね。やりたいことがあったのだが、それについてやる前にここにきてしまったのでね。」
冷静に目を見ることすらせずに説明する。目線の先には絵を描いている。
「そんなお絵かきが戦争に役に立つのか⁉」
「役に立つ。いやこれを役に立たせる。それを考えている。常にな。」
全く相手にされない状況。それに対して若すぎる感情が爆発する。用箋挟の紙束を奪い、破る。
田中は直後、鼻を殴る。倒れた荒木に机を叩きつけると破られた紙を回収して新しい紙を鞄から出して用箋挟に挟む。
「文字の多い面はあきらめて修復するか…」
回収した破られた紙の状況を見るとつぶやく。
「何をしているんだ!!」
騒がしかった講堂が一気に騒がしくなる。
「面倒だ…やらなくてはならないことがあるというのに…」
2人はのちに呼び出される。喧嘩両成敗。双方独房送りになったが、田中に手にはいつも通り用箋挟と紙の束があり、片手には箱。中には破られた紙と短冊状に切った紙、それと糊が入っている。
「はぁ…約束があったのに待たせてしまうな…」
数日後、田中はつぶやく。
「一時的に出ろ。面会だ。」
「申し訳ないが…えーと誰?」
「君の同期の荒木貞夫候補生だ。」
「へー荒木君も来てもらいたいね。僕が一時的に出される以上、不公平だし…それに一度拳を交えた者同士の方が話したことのない人間よりも分かり合えるはずだと思います。」
若い男たち 市ヶ谷
市ヶ谷の士官学校は現在の防衛省の位置にある。この位置は丘の上にある。
「まさか私がこのような雲の上の場所に来ることになるとは思わなかった。」
男の一人はつぶやく。
「わしのころにはなかった。」
「私に会う前に士官学校送りとは…手紙には呉でもなく横須賀に入港する海軍艦に便乗させてもらったと書いてあったから京都は素通りだな。」
「ま、山田殿のおかげで活動拠点が東京にもできた。彼との連絡やある程度の大きさまでの気球製造には東京でできる。我々も自走気球がある程度の大きさになるまで東京を拠点にすればいい。」
「ではわしらをわざわざ東京に呼び出した若造に文句の一つでも言ってやろうか」
士官学校 校長 波多野 毅 大佐
「あの若造どんなツテがあるのだ…川上操六中将閣下の要請無くば、独房入りの間に面会などできん。立ち会わねば気が済まん…」
士官学校の校長をしている波多野 毅は士官学校の独房に向かって歩く。周りでは生徒、教官問わず敬礼して道を開ける。
独房の看守室に入ると担当の教官が驚いている。そこには田中義三、荒木貞夫候補生双方が独房から出ている。
「田中候補生。もう一人の候補生には許可は出しておらんぞ。」
その状況を見て文句を言う。
「ハッ。今回喧嘩の原因は荒木貞夫候補生をはじめとする他の候補生は私を理解しきれていないことが根本原因にあると考えます。ならばある程度の理解をさせるため参加させるべきと考えました。それに私が斃れた時の代役も必要になるかと思います。」
「しかし軍機にかかわる事象もあるだろう。」
「士官教育を受ける以上、そのようなことに接する機会はあることでしょう。それがかなり早まるだけでしょう。」
「それもそうだ。客人がお待ちだ。急ぎ向かうぞ。」
問題視するよりも時間を優先したようだ。彼自身も田中の構想はある程度理解しているが、眉唾と考えていた。その程度の事象が軍機になっていることに対しての反感もあった。この若造がその計画を陰で主導している事実にも反感があった。多少流出しても問題がない程度の代物だと思っていた。
荒木貞夫
(なんで士官学校校長まで来るのだ⁉)
着替え終わった時に現れた人物に驚きを隠せない。
そして来訪者に対して敬語を使ったことにも。校長が敬語を使うような人間が田中義三の関係者であること。それを独力(彼が中学すら出ていない農民出身の兵卒上りだということは知られていたため) で手に入れたことにも驚きだった。
そして言われるままついてゆくと、会議室には4人の男がいた。一人は老齢ながら海軍軍服を着ている。
他は見たところ30前後といったところだ。
田中義三
「お久しぶりです石黒…」
老齢の海軍軍人にまず声をかける。懐かしい顔だ。
「おう。現役復帰の上で出世、今は少佐じゃ。」
「石黒少佐。この計画への協力を感謝いたします。」
向き直って2人に頭を下げる
「島津さん・二宮さんこちら都合で東京まで来ていたことを感謝いたします。」
「それよりも新入りを紹介すべきですな。」
「山田猪三郎と申します。現在東京大崎にて株式会社気球製作所を経営しています。目標は気球の商用生産です。気球の先達たる島津殿と連絡を取り、ここに呼ばれました。」
「東京での拠点を提供してくれるということであれば感謝します。その対価はもちろん、気球製作技術の習得についてはお約束します。というか、将来的に気球については完全にお任せするつもりです。こちらも開発能力を集中したいので。」
「かまいません。」
「それよりも手紙によると山田殿はゴムについて詳しいと。そちら方面での協力をお願いしたします。」
この山田猪三郎は史実において日本で初めて飛行船を建造した人物である。もとはゴム製救命浮き輪の製造を行っていた人間である。
「島津…気球…」
荒木貞夫が記憶をたどる。そのつぶやきは周りの人間にもある程度聞こえていた。
「荒木君。島津殿の御父上。先代の島津源蔵殿は日本で初めて気球を飛ばした人間で、先の戦役で平壌にて戦死なさいました。」
驚き表情を見せる荒木貞夫
「そして私は平壌戦の前から彼と行動を共にいたしました。二宮さんの夢をお伝えしたところ協力してくれると申され、ご子息に手紙を残されました。それが遺言になってしまわれましたが。」
周りが沈黙に包まれる
「戦争が終わり、ご子息にお会いしたところ、御父上の恩賞金まで投じて協力してくださるとおっしゃってくださいました。その後、私は台湾征討に動員され、台湾からそのまま士官学校に連れてこられましたが。」
「田中…貴様…」
「私が作っていたのは二宮さんの夢に関する事、そしてそれを隠す手段、間に合わなかったときの代替え案などを記したものでした。荒木君。君が破り捨てたのはそれです。
申し訳ありません。皆さん。このような事情で破られた紙を修復したものと、同じ内容を書いたものをお渡しします。」
「ウン。受け取った。」
「田中…何をするつもりだ」
「具体的には言えない。だが一言で言うならば気球のように地上に縛られたままではできないことをさせたいのだ…。」
話し合いを終えて
「荒木君。頼みごとがある。盾になってくれ。」
「田中…」
「私には計画がある。だが妨害をしてくる連中はいる。それに対しての盾になってくれ。」
「妨害した俺に言うか」
「そうだ。私に興味すら持っていなかった連中には頼めない。妨害という形ではあるが君は興味を持ってくれた。それが私にとっての価値だ。」
「…何を考えているか将来聞かせてもらうぞ。」
「ああ。10年、20年後には話せると思う。その時まで…」
およそ3か月後の1895年11月18日
日本は台湾の平定を発表。ほとんど時を同じくして台湾軍費と遼東半島の返還代価についての交渉が終了。追加の賠償金は合計3億両 史実では3000万両であったことを比べて大きな利益を得ることになる。
なぜ12月入学を9月にしたか。
その理由の一つ、台湾にてマラリアに罹患して亡くなる皇族軍人 北白川宮能久親王 の生死を気にする必要がなくなること。マラリアに関して当時は糞苦いキニーネの飲用だったのだが、それを応急注射薬にして助けるストーリーにしたかったが、調べてみてできるかどうかわからなかったのでそのストーリーを採用できませんでした。ま、注射しても病死させるという手段もありますが。




