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日清戦争 -33 各所上陸

 日本国第2軍 10月24日


 第1軍が鴨緑江で戦っているそのころ陸軍大臣を辞して第2軍司令官になった大山巌率いる第2軍が遼東半島南部に上陸を敢行している。この上陸には日本の海上輸送能力のほぼ全力を投じた。第1軍への補給物資の滞りの原因ともなるが、黄海の制海権を確保するためには清国艦隊の拠点である威海衛と旅順。この2か所の占領が必須だった。


 日本国の総司令部はむしろ鴨緑江での決戦はこの時点では意図していなかった。鴨緑江の第1軍は第2軍上陸のための囮、いわば助攻であり、第2軍が主攻だった。この第2軍、日露戦争での有名人ばかりが多数参加する。秋山好古、乃木希典等々である。


 だが、第1軍司令の山縣有朋はそれを良しとしていない。彼が狙うのは遼東半島中央部から根元ちー朝鮮北部国境線にかけて続く千山山脈を越えて西の渾河及び遼河流域の堆積平野である遼河平原へ進出。更に西。北京方面への進出を長期的にはもくろんでいる。


 だが、この動きは極めて危険である。兵站は山脈で停滞するので海上輸送に頼る必要があるのである。

 だが、それには清国艦隊の排除が必ず必要である。それが現時点ではできない以上、現地での食糧調達に頼り、武器弾薬の不足を生む。


 さらに季節は最悪。冬になりつつあるのでより寒い山脈越えをした上に遼河平原は湿地が多いので足場も寒い。初春でも双方雪解けに苦しむことになるだろう。第1軍単独でこれを行うのは無謀というべき所業である。


 そもそも鴨緑江渡河でも朝鮮半島北部という位置的には東北地方並みの緯度、そして西にある黄海には暖流の影響がない以上、鴨緑江地域は極めて寒い。


 佐藤支隊のうち、最先鋒を任された部隊は川水につかりながらの進軍。夜になれば極寒。


 この場合、先鋒部隊は疲労を考えて入れ替える必要がある。疲労回復のために本隊や後方で他部隊の支援を受けるべき。今回の場合では特に服を乾かすべきであったが、やる気のありすぎる日本人。そのような後先考えない先鋒部隊の進軍はある意味最悪だった。


 本隊で他部隊に守られながら火を使い乾かせば最上。だが孤軍。警戒を怠らないため、夜襲を防ぐために火は使えない。


 極寒の中に濡れた服で放置される。きわめて前線の兵士にとって最悪の事態である。


 これはおそらく佐藤正大佐の経験不足に起因するものであろう。


 だがその情報は本軍に伝えられることはなかった。



 10月25日 朝。 義州(鴨緑江の朝鮮側の町) 第1軍本陣


 鴨緑江の河口に近い地域では日清両軍の主力がにらみ合っている。


 史実では佐藤支隊の渡河が24日に行われたがこの世界では23日に早められた。


「敵は24日に攻撃が開始されると思っているだろうが、その実は25日。さらに24日には遼東半島で第2軍が上陸した。その報が伝わっていれば敵は混乱しているだろうな…」


「性格悪いですね。」


 田中についてきている新聞記者が田中の発言にドン引きしている。


 なお、24日にも攻撃意図を偽造するために若干余裕のある弾薬関係(朝鮮系人夫に運ばせたもの) を使って散発的な砲撃を行っている。各門数発程度だったが。


「あれは何ですか⁉」


新聞記者が叫んでいる。


「来たか。」


 田中が気球の指揮をとりながらつぶやく。

 鴨緑江上流から来たのは浮き橋の一部だった。


「上流で組んだ複数の浮き橋を前線でつなげる。これなら1から前線で組み立てるよりは楽でしょう。」


「なるほど…」


 史実ではこの浮き橋の敷設に時間がかかり、一部の兵士はここでもまた浅瀬を胸まで使って歩いて渡河するしかなかった。


 この世界では若干マシのようだ。朝鮮系に架橋資材も運ばせたために食料よりも物資的な余裕があったため史実よりも多くの橋を架けられたためのようだ。


「我々も前に出ます。」


 伝令兵の耳打ちを聞いた田中が新聞記者に言う。


「ど・どうしてですか⁉」


「我々部隊が移動形態のまま待機しています。今砲撃態勢を取っている部隊よりも我々のほうが早く動けます。それに上流に隠していた小舟の類ももうすぐ到着します。そこにはすでにある程度の物資が乗っています。」


「では我々も…」


「まだです。我々は高地にいてこそ価値が高くなります。あの山…敵軍が頑強に抵抗している山の山頂に布陣します。まだ落ちそうにありませんので。」


 今回の戦のために編成された臨時気球隊は戦場新聞(人夫と軍人を顧客にするため一部新聞記者と田中が結託して作成された無料新聞。) による募集に対し、志願してきた人夫だけで編成されている。


 その際の募集要項に『生死をかけること』を条件に掲げた以上、前線に投入しても問題はない。銃の扱いができずともそれ以外ならできようというわけだ。


 さらには日本人の士気は高く、気球部隊の定員以上に人が集まる事態になる。彼らを使用して戦場弾薬補給班も編成されている。


 だがむやみに危険地帯に弾薬補給班を接近させるわけにはいかない。


 清国軍との組織化レベルの差がここでも如実に表れている。清国軍では部隊ごとの装備の差が激しい。部隊によっては前装式銃や近代的な刀剣槍類も使用している部隊もいる。


「ならばなぜ前に出られるのですか?」


「我々も余剰人員を回して船への荷物の積み込みがあります。それだけで早く準備ができます。」


 清国軍は部隊間による戦力差が大きすぎた。武装においては清国が輸入品の武装を使用しているので総数に限界がある。更に戦時に備え臨時でかき集めた兵士も多い。これは部隊によって十分な武器がいきわたらない状況を生む。


「思ったよりも厄介です。あの山。地形も敵兵も。ですが、あれだけ打てるのは精鋭部隊。清国の重要な代物です。あれこそ戦争が佳境に陥る前に殲滅しなければのちの戦局に差し障るでしょう。平壌でいう左宝貴は以下の部隊に近い存在です。戦場の女神に舞台に上がってもらいましょう。」


 精鋭にこそそのような武装は配備される。だからこそ局地的には勝てるだろうが、大勢では不利に陥る。


 日本は国産の武器であるが生産量の観点からこちらも全部隊に最新(とはいえ後部装填単発式ライフルだが。) 式兵器への更新が滞っており、第5,3師団は更新が完了した部隊ではある。少なくとも戦場で前線を張る部隊には装備の面で差異はない。


 そして日本は非武装人員を継戦能力向上のために弾薬輸送人員として活用する。前線部隊は安心して数で勝る清国軍への無謀な突撃を敢行しないで済むだろう。


 前線では渡河した部隊が射撃戦をしている。その後方では木箱を戦場に放置して後退する人間。補給人夫だ。作戦通り、旧佐藤支隊砲兵が接舷する予定の川辺に集合中。揚陸支援と帰りの船で帰るためだ。


 浮き橋の方でも砲兵隊(山砲)の移動が始まっている。

 そしてその精鋭立てこもる山岳地を攻めるは第3師団。この時第3師団所属の佐藤支隊が抜けていたため若干の戦力低下があった。数度の突撃も損害を受けて後退している。


 その西側、清国軍精鋭部隊側背を叩こうとするは立見尚文の旅団。


 その戦局を劇的に変化する存在が現れた。史実では間に合わなかった別動隊。佐藤支隊だった。この世界戦では別動隊の渡河開始が1日繰り上げられたがために本隊の交戦中に間に合った。


「第3師団前線より灯火信号符牒確認。第18連隊(佐藤支隊) 戦線到達。敵側面攻撃を開始」


上空の気球からの電話を取った伝令が駆け込んでくる。


「山縣閣下への伝令もよろしく頼む。立見少将への旗旒信号を変更してください。状況を知らせてください。この戦の趨勢は決しました。我々の勝利の可能性大です。」


 周りから歓声が聞こえる。周りでは地面に描いた略図に敵軍を示す石ころを置いた簡易兵棋を見ながら新聞記者も喜びの声を上げる。


「勝ちましたね。」


「…あとは立見少将閣下の指揮にお任せです。」


 佐藤支隊が襲撃した地域以外の側背を攻撃しようとする立見尚文少将がどれだけの戦果を挙げるか。である。ただし敵軍もそれがわかっていた。佐藤支隊の攻撃を受けた。これは山地の合間を縫ってきたからある程度の奇襲性がある。だが立見少将が向かってくることは山地に立てこもる敵精鋭には見えている。うまくいなさなければ精鋭兵の損害が馬鹿にはならないだろう。


「立見少将は敵の撤退を考慮して戦われるはずです。ですが、我々からは山が邪魔で見えません。今日の役割は終わりですね。」


 田中がつぶやく。気球との直通電話に向かう。


「本日の作戦行動は夜間の影響でここまでと思われます。対岸に敵が覆せないような橋頭保ができたのですからこれで十分です。あとは明日です。今夜中に対岸山頂に移動しましょう。」


 立見は電話で気球の人員に伝えると司令部への伝令を送ることと、気球を下すように命じた。



 翌日。日本軍が進撃するが、鴨緑江の清国側には清国軍の姿はない。夜間のうちに撤退してしまったようだった。対岸の町・防御施設などはほぼ接収に近かった。


「敗北はそれを受け入れる者にのみ与えられる。受け入れられず滞り続ければ敗北を味わうことさえ不可能になる。」


 逃げた敵軍に憤慨する新聞記者達(従軍記者が気球部隊を目印に集合した) の前で田中はつぶやく。


 その声を聴く新聞記者の数は少なかった。



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