九十八話〜身分不相応〜
ヴュストから帰還してから数日ーー
長旅の疲れも大分癒えて、また日常に戻った。
少し変わった事は屋敷の警備を強化した事くらいだろう。
例の事件直後、セドリックはジルに手紙を書いた。これまで以上に屋敷の内外の警備に気を配り強化するよう指示を出したーー彼女が安心して屋敷に帰れるようにと。
ただどうにか引き止める事は出来たが、少しでも懸念は取り除きたい。
どうしたら彼女を繋ぎ止める事が出来るだろうか……。
そう考えた時、ふと頭に指輪が浮かんだ。
自分と彼女は男女の仲ではないが、虫除けにもなるし男性として意識して貰いたい。そんな思いからリズへお土産と称して手渡した。
少々戸惑ってはいたが受け取って貰えたので良しとしよう。
「セドリック様、お茶をどうぞ」
仕事がひと段落してリズがお茶を淹れてくれた。
手元に視線をやればその左手には指輪が確りと嵌められており、その事に満悦する。
「近々城でシャーロット様の誕生祭をされるそうですね。セドリック様もご参加されるとジルさんが仰っていました」
いつも通り二人でお茶の時間を満喫していると、話題は今月末に城で開かれる夜会の話になった。
失念より忘れたい気持ちが大きく考えないようにしていた。強制的に思い出してしまいげんなりする。
リズには触れても問題はないがセドリックの女嫌いは健在であり、そもそも触れたいとも思えない。無論リズは別だ。許されるならもっと触れたい。
「ああ、うん、そうなんだよ」
心内で行きたくない、面倒くさいと付け加えるが、情けない姿は彼女には見せられないので言葉を飲み込んだ。
「十五歳になられるんですね」
シャーロットの話を嬉しそうにするリズを眺めながらモヤモヤする。
ルークといいシャーロット、ラフェエルにニコラ……彼女が面倒見がいいのは分かる。分かるが面白くはない。
「ねぇ、リズは夜会とか興味ないの? リズが行きたいなら連れて行くよ。勿論ドレスも用意するし」
「……いえ、私には身分不相応ですので」
少々強引に話題を変えてみた。
それとこれは社交辞令とかではなく本心であり、彼女が行きたいというなら本気で連れて行くつもりだ。
「そんな事はないよ。僕がリズをエスコートするから、だから……」
「セドリック様」
頭の中で、綺麗に着飾った彼女をエスコートする様子を思い浮かべて気分が高揚する。だが彼女と目が合った瞬間、名前を呼ばれ口を噤む。
「セドリック様はルヴェリエ帝国の第二皇子殿下で在らせられます。例えその場のみのパートナーであろうと、周囲はその様には思いません。良からぬ誤解を招くでしょう。まして何処の馬の骨とも分からぬ毛色の違う娘ならば尚更です」
以前リズと噂がたった事を思い出す。
社交界での噂話は移り変わりが早く直ぐに収まりはしたが、もし仮に同じ事が起きようとも構わない。寧ろ望む所だ。
ふとセドリックは妙案が浮かぶ。
彼女が何者かに狙われているのならば、その方が好都合かも知れない。
リズがセドリックの庇護下にあるとアピール出来れば、そう簡単に手出しは出来ない筈だ。
「リズの言いたい事は理解している。でも、僕からの提案も聞いて欲しいーー」
簡潔に自分の考えを述べる。
すると始めは難色を示した様子ではあったが、根気強く説得をすると最終的にリズは頷いてくれた。
「じゃあ、時間がないし早急に準備しないとね」
その翌日、彼女の為に仕立て屋から宝石商などを屋敷に招いた。




