九十七話〜指輪〜
一週間の滞在予定が一週間延長し、結局半月もの間ヴュストに滞在した。
そして十四日の早朝、屋敷前には馬車が既に準備されていた。
「陛下や皆に宜しく伝えておいてくれるかい」
「たまには叔父上が王都に来られたらいいんじゃないんですか? ザッカリーも会いたがってましたよ」
「ああ、考えておこう」
別れの挨拶を交わすサイラスの後ろに、隠れるようにルークが不貞腐れた顔で立っているのが見える。
「ルーク、挨拶をしなさい」
見兼ねたサイラスが声を掛けるが全く反応はない。
「ルーク様、良き領主になるには先ずは民を知る事です。何に喜び、何に怒り、何に哀しみ、何に楽しみを感じているのか。彼等の大切にしているものとは何なのか……。そして皇族や貴族が民よりも地位が高く不自由なく暮らせているのはそれだけの責務と義務があるからです。その事を決して忘れないで下さい」
本当は昨日の内に伝えたかったが、サイラスと話をした後も結局ルークの機嫌は直らず顔を合わせる事すら出来なかった。
だがどうしても伝えたかった。
ジュリアスには言えなかった言葉をーー
「……リズ、俺はーー」
(帝国一有能な領主になって見せる!)
恐らく恥ずかしかったのだろう。
ルークは古代語で叫んだ。
当然セドリック達は目を丸くして困惑している。サイラスだけは理解した様子で嬉しそうに笑んだ。
エヴェリーナはルークの問いには答える事なく、真っ直ぐに彼の目を見つめると頭を下げた。
行き同様、十日掛けて王都に到着をした。
アルバートやディアナを先に屋敷に送り届け、ようやく屋敷へと帰り着く。
「お帰りなさいませ」
馬車から降りるとソロモンやジル、ミラ達が出迎えてくれた。一ヶ月と少し振りだが酷く懐かしく感じると同時に安心感を覚える。
ただ以前より屋敷の警備が厳重になっていた事に驚いた。
「リズ」
先に馬車を降りたセドリックは、当然の様にこちらへと手を差し出す。
その事にソロモン達は当然騒つく。
どうしたものかとエヴェリーナが困っていると彼から手に触れてきた。
「セドリック様、あの……」
「ほら、降りるよ。それとも、また抱き抱えようか? 僕はそれでも全然構わないよ」
「っ……」
予想外の言葉にエヴェリーナは思わず動揺をする。
冷静さを取り戻そうと気持ちを落ち着かせようとするが、顔に熱が集まるのを止めることが出来ない。
「どうする?」
どうやら大人しく彼の手を取るか、それとも強制的に抱き抱えられるかの二択しかないらしい。
セドリックは至極楽しげにエヴェリーナの返答を待っている。
「……失礼します」
何時迄もこのままでいる訳にはいかないと諦め彼の手を取った。するとセドリックは少し残念そうにしながらも、直ぐに笑みを浮かべ手を握った。
「これはまた、とても美味しそうですね」
「あら、この置き物は味があって素敵だわ」
サイラスから半ば強引に手渡されたお土産の数々を応接間のテーブルの上に広げる。
日持ちのする食品から工芸品など実に様々だ。
「後で皆に適当に分配してあげて。まあ叔父上の趣味だから微妙ではあるけど。ああリズのはこっちだよ」
上着の内ポケットから小さな箱を取り出すと手渡される。それを開けて見ると中には指輪が入っていた。エヴェリーナは目を見張る。
「セドリック様、それ指輪ですよね⁉︎」
側にいたソロモンが目敏く見つけると驚いた様子で叫ぶ。当然ジルやミラも何事かとこちらへと視線を向けた。
「リズ、左手を出して」
理解が追いつかず呆然としながらも恐る恐る左手を差し出す。すると彼は跪くと流れるような動作で薬指に指輪を嵌めてくれた。
「セドリック様、これは受け取れません」
「もしかして気に入らなかった?」
「そういう訳ではありませんが……」
瞬間悲しそうに眉根を寄せ苦笑する姿に流石に否定は出来ないと言葉を濁してしまう。
「なら良かった。それはお守りみたいなものだから絶対に外しちゃダメだよ」
左手を持ち上げ改めて指輪を眺める。青色に光り輝く宝石は一目で高価なものだと分かった。セドリックの瞳を彷彿とさせたーー
ソロモンは興味津々で何事かと騒ぎ、ジルやミルも顔を見合わせている。
それにしてもサイズがピッタリな事に驚いた。
一体いつ測ったのだろうか……。
ヴュストから帰還する少し前の記憶を辿る。そういえば例の事件以降、セドリックから物理的に距離が近くなった。時折り肩や腕、頭などにも触れられる。恐らく女性に何事もなく触れられる事が嬉しくてそのような行動をしているのだろうと思っていたが、きっとその時にサイズを測っていたのだろう。
ふとジュリアスとの結婚指輪の存在を思い出す。城を出る時に何時もの保管場所に当然の様にそのままにして置いた。
セレーナ宮の外でしか身につけず、結婚指輪ではあったがエヴェリーナにとってただの装飾品の一つであり余り意味はなかったように思う。
それなのに今はセドリックから指輪を贈られ困惑しつつも嬉しいと感じている。彼にとっては何のことはないただのお土産に過ぎないというのに。
「ありがとうございます。大切にします」
礼を述べると、セドリックは満足げに笑った。




