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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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九十四話〜約束〜



 サイラス達との話し合いの後、エヴェリーナは体調不良を理由に食事も摂らず部屋に引き篭もっていた。


 エヴェリーナは侍女から借りた地図をベッドの上に広げ、現在地であるヴュストの位置を確認する。

 割合国境に近く、取り敢えず身を寄せるならば近隣のスーラ国かマニフィカ国のどちらかだろう。


 小さなトランクケースに少ない荷物を詰めて、ナイトテーブルには短文の手紙を置く。

 そして首に下げていたネックレスを外すと同じくその上に置いた。


 今回の事で護衛二人が命を落とした。

 無論護衛という任に就いているのだから、それ相応の覚悟はあっただろう。

 だが彼等の覚悟は主人に対してのものであり、当然エヴェリーナへのものではない。きっと無念だっただろう……。

 自分がここに来なければ彼等はまだ生きていて、今頃は変わらずに任務を続けていた筈だ。申し訳なさと罪悪感でいっぱいになる。

 

 皇帝か第二皇子かは分からないが、誰かがエヴェリーナの命を狙っている事は確かだ。

 このままセドリック達の側にいれば確実にまた襲撃を受けるだろう。次はラルエットにあるセドリックの屋敷かも知れない。

 そうなればセドリックもソロモン達も危険に晒され、最悪命を落とし兼ねない。それは絶対にダメだ。

 それに、もし正体が知られる事となれば彼に嫌われてしまう……。

 以前は国際問題に発展すると懸念していたが、今は彼に嫌われる事に怯えている。

 いつの間に自分はこんなにも浅ましく自分本位な考えになってしまったのだろうか……。


 時計を確認するとまもなく日付が変わろうとしていた。

 そろそろ皆、寝静まった頃だろう。

 エヴェリーナはマントを頭から被り手にはトランクケースを持つ。

 

「これでいいですよね……」


 未練がましくナイトテーブルの上を見てしまう自分に苦笑しつつ、静かに扉を開けた。


「っーー」


 だがエヴェリーナは部屋から出る事はなかった。何故なら扉を開けるとそこには彼がいたからだ。

 

「こんな時間に何処へ行くつもり?」


「セドリック様、どうして……」


 予想外の事態に、目を見張り息を呑む。

 

「それはこっちの台詞だよ」


 いつもより低い声色から彼の怒りの感情が伝わってくる。

 不意にセドリックは部屋の中へと視線を向けると「失礼するよ」と言い入って来た。

 制止しようとするが間に合わない。

 セドリックは直ぐにナイトテーブルの上の手紙とネックレスに気がつくと、それを手にした。


「セドリック様、私は……」


「リズが何者なのか僕には分からない。正直、気にならないと言えば嘘になる」


 彼はゆっくりと此方へと距離を縮める。

 そして歩幅一歩の所で足を止めると向かい合った。

 頼りないランプの灯が二人を照らし出す。

 薄暗い中でも彼の青眼だけは鮮明に見えた。

  

「でもそれは些末な事だ。君が誰であろうと関係ない。リズはリズだ」


「っ……」


 セドリックはネックレスを両手で持つとそれをエヴェリーナの首へと再び掛けた。そしてその手はそのままエヴェリーナの頬に触れ優しく撫でる。


「セドリック様、触れてはいけません!」


 我に返り慌ててセドリックから距離を取ろうとするが、彼は逆手でエヴェリーナの腰をさらう。エヴェリーナはすっぽりとその腕の中に収まってしまった。


「大丈夫なんだ」


「え……」


「リズに触れても何の異常も起きない。不思議だよね」


 その言葉に目を見張り見上げると優しく笑む彼と目が合った。

 確かに昼間あれだけ触れたにも拘らずいつもと変わらずに見える。良かったと胸を撫で下ろした。

 

「リズ……僕が君を守るから大丈夫だよ。誰であろうと君を傷付けさせたりはしない」


「でも、私は……」


 彼の優しさに甘えてはダメだと自分に言い聞かせるが決意は揺らぐ。

 

「帰ったら屋敷の警備を見直そう。これまで以上に強化させ、外出する使用人には必ず護衛をつけさせる。何も恐れる必要なんてない」


 まるで全てを見透かされているような言葉に戸惑った。

 本当は、セドリックはエヴェリーナの正体を知っているのだろうか……。だが今までそんな素振りはなかった。ならばどうして彼はそんな風に言うのだろう……。彼が分からない。


「だから、これからもずっと僕の側にいるって約束して」


「……はい」


 頭では拒否をしなくてはと思いながら、唇は勝手に動いていた。

 満足そうに笑むセドリックに再び抱き締められたエヴェリーナは、目を伏せるとその温もりに身を任せた。





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