九十話〜護身術〜
ルークを逃した後、護衛達とならず者達は戦闘になった。
エヴェリーナはその場を離れる事なくその行方を見守りる。そんな中、敵が一人、二人と倒れ、味方が一人また敵が一人倒れた。そして敵と味方が相打ちとなり倒れた。
残りはエヴェリーナと敵の指示役と思われる男だけとなる。
「後はアンタだけだな」
一対一となるが、男は仲間の身を案ずる事もなくエヴェリーナを見ると笑った。
「貴方の雇い主は、誰ですか?」
彼等の動きや戦い方から、ただのならず者ではない事は分かる。長年訓練を積んだ騎士のようだと思った。無論その目的は強盗などの私欲ではないだろう。またルークが逃げ出しても焦る素振りすら見せなかった。それならばーー
「この後に及んで、そんな言葉を吐けるとは見上げたもんだ。さすが、高貴なお方ってやつか?」
エヴェリーナは僅かに眉根を寄せた。
彼の言葉が全てを物語っている。
頭の中に即座に二つの可能性が浮かんだ。
一つはローエンシュタイン帝国皇帝ーー許可なく城から逃げた事への制裁。
二つ目は第二皇子であるマクシミリアンーー昔からエヴェリーナの存在を疎ましく思っている。
どちらにせよ、目的はエヴェリーナの命だろう。
「まあ知る必要はない。どうせ直ぐにあの世に行くんだ」
鋭い目がエヴェリーナを捉える。
まるで獲物を狙う獣のようだ。
息を呑み、無意識に身体が強張るのを感じる。その時、護衛の剣が視界に入った。
ふと昔の記憶が蘇る。
あれはエヴェリーナが十三歳の時、セレーナ宮の護衛騎士団長から護身術を習った。
『妃殿下は、騎士ではありません』
『それは、勿論です……?』
『ですから、騎士道など無視なさって下さい。いざという時は、生きのびる事だけを考えるのです。先ずは敵の足を払い、手元を斬りつけます。男相手に力では勝つのは難しいですから……。またもし側に石などがあれば活用するのもいいでしょう。良いですか、妃殿下。卑怯でも卑劣でもいいのです。大切な事は生きのびる事です』
念の為にと教わっただけだった。ただ騎士団長からは筋がいいと言われ、護身術よりも更に踏み込んだ剣術までも教わった。
だが実践経験などなく、正直怖い。
大丈夫……戦闘はした事はないが、これまでだってずっと一人で闘ってきた。
グレッタや使用人達もいて、決して一人ではなかったと分かっているが、矢面に立つのはいつもエヴェリーナだった。
誰も守ってくれない。
両親や兄から見捨てられ背を向けられた時は絶望せざるを得なかった。
皇太子も体面を気にする人で、いざという時は見て見ぬフリをするような人だった。
だから、いつも一人で立ち向かうしかない。
でも本当は苦しくて辛くて痛くて、誰かに助けて欲しかった。
誰か、私を助けて……そう叫びたかった。
もし、今ここで私が死んだら、誰か悲しんでくれるだろうか? 私の為に涙を流してくれるだろうか?
ふと頭に浮かぶのはセドリックやソロモン、ミラ達の顔だ。
いつの間にか、エヴェリーナの中では彼等は随分と大きな存在になっていたようだ。
無意識に頬が緩み、唇は緩やかな弧を描く。
エヴェリーナは覚悟を決めて、近くに転がっていた剣を拾い上げる。
深く深呼吸をし、記憶を辿りながら剣を構えた。その瞬間、男は嘲笑する。
「はは、アンタみたいなか弱い娘が俺に敵うとでも思ってるのか?」
侮り油断を見せる男は剣を構える事なくこちらへと足を踏み出す。次の瞬間、エヴェリーナもまた前方に足を踏み出しその勢いのまま剣を振った。
「っ⁉︎ クソッ‼︎」
剣先が男の腕を掠め服が切れ血が滲む。
男は苛立った様子で声を上げると、グリップを握り直し勢いよく剣を振り上げた。
今だーー
エヴェリーナは体勢を低くし男の足を力の限り払う。予想外の動きに驚愕した表情の男は蹌踉けた。そしてその剣を握っている手目掛けて剣を振り下ろす。
「ゔッ‼︎」
グリップから片手は離れたが、逆手ではまだ確りと握っている。
もう一撃、そう思った瞬間、気付いたら男の剣先はエヴェリーナの頭上にあった。
恐怖からか、目を見開いたまま身体は硬直し言う事を聞かない。
ダメだ、ここまでかと諦め手からは剣が滑り落ちた。




