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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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八十八話〜ならず者〜


 まるでサファイアのような真っ青な池は美しく神秘的だ。初めて目にする景色にエヴェリーナは暫し目を奪われた。


「どうだ? すごいだろう?」


 この池の美しさは自分の功績とでも言わんばかりにルークは胸を張る。その子供らしい姿に思わず頬も緩む。


「はい、とても素敵な場所ですね」


 同意するとルークは満面の笑みになった。

 今朝出発前に屋敷の侍女から持たせて貰った包みを広げると、中からはハムや卵、野菜をふんだんに使ったサンドウィッチが出てきた。

 それ等をルークや護衛、馭者にも配り皆で池の周りに腰を下ろし食べた。


 穏やかに吹く風が木々を揺らし、その合間から青空が見える。

 ここはゆったりとした時間が流れており心地が良い。心が洗われるとはこういう事を言うのだろう。

 暫くして食事も終わり、そろそろ帰ろうかとした時だったーー



「何者だっ‼︎」


 草木が不自然に揺れたと思った瞬間、数人の男達が姿を現した。武装というには軽装だが町人というには物騒な格好だ。腰に剣を下げているのが見える。

 護衛の一人が声を上げ鞘から剣を抜く。


「名乗るような者じゃねぇよ。それに名乗った所で意味がない」


「っーー」


 一番ガタイのいい中心にいた男の言葉に反応した男達は一斉に剣を抜いた。


「退避します‼︎」


 護衛の声にエヴェリーナはルークの手を取ると地面を蹴り上げた。一目散に馬車を目指すが、ならず者の一人が先回りして馬車の手綱を斬り落とす。すると二頭の馬達は驚いた素振りを見せ森の中へと消えて行った。

 これで馬車は使えなくなってしまった。

 側にいた馭者は一人来た道へと逃げて行くが、エヴェリーナ達はならず者達に阻まれ身動きが取れずにいる。

 

「走って下さいっ‼︎」


 追い詰められたエヴェリーナ達は仕方なく森の奥へと駆け出した。




 道を逸れ、護衛が先頭を行き草木を掻き分けながら進んで行く。後ろからはならず者達が大声を上げながら追ってくるのが分かった。

 緊迫した状況の中、繋いでいる小さなルークの手が汗ばんでいるのを感じ、恐怖や緊張が伝わってくる。

 あの男達の目的は分からないが、捕まれば命はないだろう。先ほどの様子からして話し合いをするような雰囲気ではない。

 ただ何としてもルークだけは守らないといけない。


 息を切らし走り続けていると再び道に出た。

 その道の先は急な下り坂となっており、一瞬躊躇い足を止めてしまう。

 だが後ろからは刻一刻と男達が迫ってくる。


「足元にお気を付け下さい」


 冷静な護衛の声に、エヴェリーナはルークの手を握り直し足を踏み出した。


 どうにか坂道を下り切ると今度は開けた場所に出る。

 胸を撫で下ろすも束の間、坂道の影響で逃げる速度が落ちた為にならず者達に追い付かれてしまった。


 また逃げるか、それともここで戦うか。

 相手は五人、こちらは護衛が二人に護衛対象の子供が一人と足手纏いの女である自分が一人。結構な距離を走ってきたので体力はかなり削られている。これ以上逃げれば、益々こちらが追い込まれる。それならば此処で戦う方が生存確率は高いだろう。

 

「お二方はお下がり下さい」


 護衛達もエヴェリーナと同様の判断を下したらしく、再び剣を抜くと構えた。

 エヴェリーナはルークを抱き寄せると、ゆっくりと後退し距離を取る。


「ルーク様、ご安心下さい。彼等は優秀です。ですから何も怖い事などありません」


 サイラスからは護衛達は優秀だと聞いている。

 だがルークを守りながら戦う事を考えるとかなり不利だ。だからこそ此処まで逃げて来た。


 エヴェリーナは息を呑む。

 戦闘が始まったと同時にこのままルークを連れて逃げる否か。

 来た道はならず者達が塞いでいるので戻る事は出来ないが、幸い後方にも道はある。だがやはり斜面に変わりなく、上り切るには時間が掛かる。ならばもっと森の奥へと進むべきか?

 だが二人だけでこれ以上進むのは危険だ。森の奥には野生の獣もいる。それにもしも護衛達が防ぎ切れなかったら場合、直ぐに追い付かれてしまうだろう。最善はーー


「ルーク様ーー」


「リズ……?」


 敵に知られぬように古代語でルークに語りかける。


「ーー」


(私が合図をしましたら、後方の坂道を上りお逃げ下さい)


 顔を横に向けると驚き動揺したルークと目が合った。


「ーー」


(上り切りましたら決して立ち止まる事なく全力で走って下さい。青い池まで辿り着ければ、山道に出れます)


「ーー」


(い、嫌だ……)


 小さな手で必死にしがみついてくる。


「ーー」


(俺だけ逃げるなんて出来ないっ。リズも一緒に……っ‼︎)


 エヴェリーナは背筋を正し真っ直ぐにルークの目を見つめた。


「ーー」


(ルーク・クラルティになるのではないのですか? 公爵となり領主となるという事は人命を預かり左右する事であり、その決断を強いられる事です。そして今、優先すべきは貴方の命です。お分かりですね)


 

「何をごちゃごちゃと訳の分からん事を抜かしている⁉︎ もういいさっさと片付けるぞ‼︎」


 男の合図でならず者達は一斉に剣を抜きこちらへと向かって来る。

 その瞬間、エヴェリーナはルークの身体を強く後方へと押し出す。


「リズっ⁉︎」


 振り返ろうとする背中にエヴェリーナは叫んだ。「行きなさい」と。

 一瞬身体を震わせた彼は振り返る事なく駆け出した。




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