八十五話〜侮辱〜
滞在四日目ーー
今日は朝からセドリック達は公務の話があるとサイラスと共に執務室に篭っている。
一方でエヴェリーナはディアナに誘われ町へ出掛けていた。
「小さな町ですけど、風情があって素敵ではなくて?」
馬車から降りて往来をディアナと横並びで歩き、その後ろから彼女の侍女達がついてきていた。
「実はこの先に、とても素敵なカフェがあるんですの。そこで是非リズさんと一緒にお茶がしたくて」
領地に来た当日に、ディアナは一度町へ来ているので率先して案内をしてくれる。
使用人に過ぎないエヴェリーナに対してここまでするのは違和感を覚えるが、彼女からは悪意は感じられないので素直について行く事にした。
「やっぱりこのレモンパイ、絶品ですわ」
煉瓦造りの小さな店の前の道沿いにあるテラス席で、エヴェリーナやディアナ、侍女達と共に腰掛け優雅なお茶の時間を過ごす。
円卓のテーブルには焼き菓子が数種類並べられ甘い香りを漂わせていた。
「リズさんも遠慮なさらないで」
「はい、恐れ入ります」
ディアナからお茶やケーキを勧められたエヴェリーナは、無下にするのも失礼だとカップに口を付ける。
暫くディアナのたわいの無い話を聞きながらお茶やケーキを味わっていたが、不意に子供の声が聞こえてきた。
「いつも偉そうにしやがって! うちの父ちゃんがお前の事、孤児だって言ってたぞ!」
「うわ、聞いたかよ⁉︎ 孤児だってよ⁉︎」
「優しい領主様が、哀れんで拾って下さったんだ」
「孤児のくせに偉そうにすんなよ‼︎」
少し離れた道端に、数人の十歳前後の男の子達が一人少年の前に立ち塞がっている。
どうやら因縁を付けられているようだが、その少年は驚いた事にルークだった。
「随分と騒がしいわね。あら、あの子は……」
騒ぎに気付いたディアナ達は一斉に子供達へと視線を向ける。無論往来の人々も同じように注目をして足を止めていた。
「……」
「え、リズさん?」
エヴェリーナは席を経つとテラスから往来に出た。そして迷う事なく子供達の元へと向かう。
こちらを見て驚いた表情をするルークの前に立つと子供達と対峙する。
その純粋で残酷な瞳を見据え口を開いた。
「この方は確かに孤児院におられましたが、その出生は確かなものです。また領主であるクラルティ公爵自ら養子にとご指名なさったのです。この方を侮辱されるという事はクラルティ公爵を侮辱するも同義。例え子供といえど、許される行為ではありません」
多くの野次馬や通行人がいる中で、エヴェリーナの凛とした声が響いた。昼間だというのに辺りは静まり返る。
「こ、子供の戯言じゃないか」
「そうそう、子供同士のちょっとした悪ふざけだよ!」
静寂を破ったのは野次馬の中にいた中年の女性達だった。
その内の一人はどうやら子供達の母親だったらしく、慌てて自分の子供を抱き寄せ庇う。
「確かに子供達に責務はありません」
「はは、そうだろう?」
エヴェリーナの言葉にバツの悪そうな顔をしながらも女性は笑い声を上げた。
「はい、勿論です。何故なら子供の不始末は親の責任だからです」
「なっ⁉︎」
「先程も申しましたが、こちらにおいでのルーク様は訳あって孤児院で暮らしておりましたが、元々はとある貴族のご子息です。この意味がお分かりですか?」
瞬間、女性は顔を青ざめさせる。
助けを乞うように周りを見渡すが、誰もが顔を逸らした。
一般的に平民が貴族を侮辱した場合、捕縛され牢に入れられ場合によっては鞭打ちの刑に処される。また資産の差し押さえをされる事も珍しくないだろう。ただここはルヴィエでありローエンシュタインではないのが幸いと言った所か。
ローエンシュタインでは皇族に侮辱行為を働いた者は、貴族であろうと平民であろとうその場で首を刎ねられる。そしてその親族は身分や資産を没収され死ぬまで暗く冷たい牢屋で過ごす事となる。
また貴族を平民が侮辱したならば、捕縛後様々な拷問にかけられ死ぬ者も珍しくはない。
無論資産は没収され、家族に責務はないが消息不明になる事が度々報告されていた。
小刻みに身体を震わす女性を見て内心ため息を吐く。
そもそもルークが貴族でなく平民の生まれだとしても、貴族の養子になるのだからどちらにせよ結果は変わらないのだ。
「そんなに怖がらせたら可哀想だと思うよ」
不穏な状況の中、気の抜けそうな程場違いな声が遮る。
声の方へ振り返るとそこにはーー
「サイラス様」
何処からともなく現れた彼は、穏やかな笑みを浮かべながら今にも泣き出しそうな子供達の頭を撫でた。そして例の母親には「子供がした事だ、不問に処す。だが親として人として反省して欲しい」とハッキリと告げた。




