八十二話〜養子〜
「手紙にも書いたがこの子が拾った子供で、名前はルークだ」
応接間に通されると、サイラスが暫し席を外し少年を連れて戻ってきた。
短い栗色の癖っ毛と丸い琥珀色の瞳、年は八歳らしいが年齢に大して少し小柄に見えた。
緊張しているのか警戒した様子でこちらを見ている。
「ルーク、先日説明した私の甥のセドリックだ。その隣はーー」
順番にサイラスは説明をし終えると、促すようにルークの背中を軽く叩いた。
「さあ、挨拶しなさい」
「……」
だが彼は無言のまま一人ずつ睨み付けると、何も言わずに部屋から出て行ってしまった。
「はは、少し機嫌が悪いみたいだ。まだ子供故、大目に見てやってくれ」
気不味い空気の中、サイラスは軽快一人笑った。
セドリックからの要望通りエヴェリーナはお茶を淹れる為に屋敷の使用人に厨房へと案内され、準備をして応接間へと戻ってきた。
すると丁度本題に入った所だった。
エヴェリーナは邪魔にならないように、静かにお茶を一人一人に配っていく。
「それで、どうして僕を呼んだんですか?」
向かい側に座るサイラスにセドリックは訝しげな表情を向けている。
「実はルークなんだが、中々心を開いてくれなくて困っているんだ」
何処か噛み合っていない会話に更にセドリックの眉間の皺は深くなるのが分かった。
変わっているとは聞いていたが、なるほどこういったタイプなのかとエヴェリーナは内心苦笑する。
「それが僕に何の関係が?」
「セドリック、君は今幾つだ」
「……もう直ぐ十七になりますが」
「私は三十八歳だ」
益々話が見えないと、同席しているアルバートやディアナまでも顔を見合わせた。
「叔父上、一体何を仰りたいんですか?」
「さっきも言ったがルークは八歳だ。君の方が歳が近い」
「はぁ」
セドリックはうんざりした顔で相槌を打つ。その表情から「だから何なんだと」いう感情が読み取れる。
「それ故、君が適任だと思ったんだよ」
「適任ですか?」
「歳が近い君になら心を開くと考えてね。是非友人になってやって欲しい」
「……は?」
予想外の話にセドリックは暫し唖然とするが、我に返り慌てたように首を横に振った。
「いや近いっていっても九歳近く離れているんですよ? 流石に友人は無理があります。そもそも町に行けば幾らでも同じくらいの子供はいる筈ですよね」
「それが、ルークは少し難しくてね。同じ歳頃の子供達とは合わないんだーー彼は所謂天才に部類される人種だ」
その言葉にエヴェリーナは思わず眉根を寄せる。
天才やら才女やらと周りから言われていた昔の事を思い出してしまった。
サイラスの話によれば、ルークはとある貴族の落とし子らしいが、彼の母親は出産後間も無く病で亡くなりルークは孤児院へ預けられたという。
本当は父親が引き取るつもりだったそうだが、正妻が反対して断念したらしい。
孤児院では家出を繰り返しながら六歳まで暮らし、それ以降は孤児院を出て一人路上を彷徨いながら暮らしていた。
そんな中、たまに孤児院に息子の様子を見にきていた父親が、息子がいなくなったと聞いて探し回った。
だが一向に消息は掴めず、途方に暮れていた際に偶然この町に来たルークをサイラスが拾ったという経緯だ。
「手続きはまだ完了していないが、近い内に正式に養子として迎え入れる。そうすればルークがこのクラルティ家の跡取りだ。賢い故、立派な領主になれると期待している。セドリック、君とルークに血の繋がりはないが従兄弟だ。仲良くしてあげて欲しいーー」
サイラスの口振からしてルークが天才だからこそ引き取る事を決めた事は明白だ。
実子がいないのならば、やはり優秀な人間を跡目にしたいと考える事は普通だろう。ただルーク自身はどう思っているのだろうか。
孤児院を自ら逃げ出すくらいだ。何か思う所があったに違いない。本当にクラルティ家の養子になりたいのだろうか。
『本当はこんな所に来たくなかったーー』
「っーー」
ふと昔の自分が思い起こされる。
ある日突然八歳で第七皇子妃候補に選ばれ、九歳で正式に第七皇子妃となり生家を離れ宮殿で暮らす事となった。
ただどんなに才女と呼ばれ持て囃されようとも煌びやかな宮殿で暮らそうとも、まだ子供だったエヴェリーナは本当は帰りたくて仕方がなかった。故郷が、家族が恋しくて仕方がなかった……。
だが家族に見捨てられた自分にはどの道帰る場所など何処にもない。だから諦めた。そうやって生きるしかなかったーー
「リズ?」
「……セドリック様」
セドリックが呼ぶ声にエヴェリーナは我に返った。
心配そうにセドリックがこちらを見ている。そしてサイラスやアルベール、ディアナも不思議そうにエヴェリーナを見ていた。
少し気を抜き過ぎたと反省をする。
「申し訳ありません」
「いや、道中が長かったからね。疲れてしまうのも無理はない。僕達はもう少し話があるけど、リズは先に休むといいよ」
「いえ、セドリック様よりお先に休むなど出来ません」
主人を差し置いて休むなど考えらないとエヴェリーナが拒否をすると、セドリックは暫し考え込んだ。そして穏やかな表情を浮かべながら口を開いた。
「それならディアナ嬢に付き添ってあげて欲しい。ディアナ嬢も疲れているだろう?」
「あら流石セドリック様、お気遣い痛み入ります。ではお言葉に甘えましてお先に下がらせて頂きますわ。さあリズさん、参りましょう」
息の合った二人にモヤモヤしつつ、ディアナの勢いに押されたエヴェリーナは応接間を後にした。
「部屋は沢山ございますので、一人一部屋使って頂いて構いません」
屋敷の使用人に二階へと案内され、ディアナのみならず、エヴェリーナやディアナの侍女達にも一人ずつ部屋が割り振られた。
「屋敷内の事は私共が行いますので、ご用がございましたら遠慮なくお申し付け下さい」
丁寧に頭を下げると使用人は立ち去った。
別に疲れている訳ではないが、何時迄も廊下で立っている訳にはいかないのでエヴェリーナは部屋に下がろうとした。だがディアナに呼び止められた。すると彼女はこれから町へ出掛けるという。一緒に行かないかと遠慮しがちに誘われたが、丁寧に断った。今は一人になりたい気分だった。
用意された部屋に入ると、使用人が使うにしては立派な部屋だった。掃除が行き届いており、流石に華美とは呼べないが調度品もそれなりの物を使用している。
それ等の事から、まだサイラスとは会ったばかりだが少しだけ彼の人となりが分かった気がした。
エヴェリーナは荷物を置くと、部屋の空気を入れ替える為窓を開けようとする。だが、窓の外に見えた人影にその手を止めた。
「ルーク様……?」
庭の木陰で何をするでもなく一人座り込んでいた。その姿が何処となく寂しげに見えてしまう。
「……」
エヴェリーナが気に掛ける立場にないという事は十分に分かっているが、先程のサイラスの話を思い出しどうしても気になってしまい気付けば部屋を出ていた。




