八十一話〜公爵領〜
屋敷を出立してから丁度十日。
エヴェリーナ達は、クラルティ公爵領のヴュストに到着をした。
「とっても綺麗ですね」
馬車の窓から見える景色に感嘆の声を上げるディアナは、エヴェリーナに嬉しそうに話し掛けてくる。
道中、一緒に過ごしている内にディアナとの距離が縮まった。どちらかといえば、懐かれてしまったと言ってもいいかも知れない。
「本当ですね、素敵な景色です」
少し探りを入れてみようと考えたが、今の所特に変わった様子はなく初対面の印象通り明るく親しみ易い女性だと思う。
「アルバート様もご覧になってみて下さい」
「いや、俺は興味ないからいいや」
「アルバート様ったら酷いですわ」
少し拗ねた様子でディアナが言うと、セドリックが少し身を乗り出し窓の外を覗いた。
「中々素晴らしい景色だね」
「流石、セドリック様。アルバート様とは感性の豊かさが違います」
「まあ比べられる相手がアルバートだと余り嬉しくないけどね」
「ふふ、それは失礼致しました」
笑い合うセドリックとディアナを見たエヴェリーナは、内心顔を曇らせた。
女性嫌いだとは知っているが、実際これまでセドリックがミラ以外の女性と接している所を見た事はなく彼と他の女性の距離感は分からない。故に目の当たりにするのは今回の道中が初めてだった。
立場上あからさまな態度が取れない事は理解出来る。ただセドリックのディアナへの接する姿を見てごく普通だと感じた。
僅かも嫌がっている素振りは見受けられない。寧ろ楽しそうにすら見える。
それに比べて先日ディアナの侍女から話しかけられた際には、僅かだが顔に強張りを感じられた。その違いはなんなんだろうか。
ディアナはセドリックの友人の婚約者だ。特別な感情がある筈はない。だがもしかしたら密かに想いを……。
そこまで考えて思考を止めた。
もし仮にそうだったとしても、エヴェリーナには関係のない話だ。
セドリックが誰を想っていようが、使用人に過ぎない自分には関係ない。
(……風邪を、引いたかも知れません)
胸が騒つき落ち着かない。
二人を視界に入れるのが苦しくなり、エヴェリーナはそっと視線を逸らした。
「叔父上、お久しぶりです」
「遠路遥々よく来たね」
ヴュストの中心部の町を横切り周辺を囲む森林を抜けると屋敷が姿を現した。
出迎えてくれたのは、銀色の短髪と青眼が印象的な長身の男性だ。そして一目で分かった、彼が皇弟なのだと。何故なら、セドリックが成長するときっとこんな風になるのだろうと思うくらいに目鼻立ちが良く似ていた。
「おや、ブルマリアス家の次男坊とジスカール家のお嬢さんも一緒かい」
「サイラス様、お久しぶりです」
「ご無沙汰しております、サイラス様」
各々に挨拶を交わす様子を暫し眺めていると、アルバートがこちらを見ながら口を開いた。
「おい、セドリック、リズ嬢を紹介しなくていいのか?」
「え、ああ、うん」
アルバートからの指摘に、セドリックは何処か歯切れが悪く返事をする。
それを見たエヴェリーナは内心少し落ち込むが、自分でもその理由は分からない。
普通に考えれば使用人をわざわざ紹介などしないのは当然の事だ。もしかしたらセドリックも面倒に思っているのかも知れない。
いや彼はそんな薄情な人ではないと訂正をする。
ここ最近、自分がおかしい。
こんな捻くれた考えをするなんてどうかしている。自分らしくない。
「叔父上、彼女は侍女のリズです」
サイラスがこちらを見たので丁寧にお辞儀をした。すると彼は眉を上げてエヴェリーナを凝視する。
「おや、確か屋敷の侍女はミラ一人だった筈だが、新しく雇い入れたのかい?」
「はい、まあ……」
「そうか、それは良い事だ。リズと言ったかな?」
やはり何処か歯切れが悪いセドリックにエヴェリーナは眉根を寄せる。そんな中、サイラスから話し掛けられた。
「お初にお目に掛かります」
今度は会釈をする。
「私はサイラス・クラルティだ。セドリックの叔父で、このヴュストを治めている。セドリックは頼りなくまだまだ未熟者だがとても良い子だ。これからも宜しく頼むよ」
丁寧な挨拶をして手を差し出された。
貴族社会で女性に握手を求める男性はそうはいないので内心困惑するが、応じない訳にはいかないだろう。
そう思いエヴェリーナが手を差し出した時ーー
乾いた音が響いた。
「セドリック、何をするんだ」
なんとセドリックがサイラスの手を払い除けたのだ。
「汚い手でリズに触らないで下さい」
真顔でそんな風に言うセドリックは、とても冗談を言っているようには見えなかった。
だがサイラスは怒る所か軽く笑うだけだ。アルベールやディアナも釣られて笑いだす。
そんな中、エヴェリーナはセドリックの意図が分からず目を丸くした。
「では私は荷物を運びますので、終わりましたら参ります」
挨拶も終わり屋敷の中へと入ろうとしているセドリックに声を掛ける。
「荷物はブライス達に任せるからリズはそんな事をする必要はないよ」
「ですが……」
「それよりお茶を淹れて欲しいな」
セドリックは満面の笑みを浮かべる。
「セドリック、お茶ならうちの使用人に淹れさせよう」
だがサイラスからの言葉に笑顔が引き攣った。
「僕はリズが淹れたお茶が飲みたいんです。叔父上は口を出さないで下さい」
「はは、少し会わない間に随分と我儘になったものだ」
何時もと違い攻撃的なセドリックに周りは困惑気味だが、サイラスだけは意に介す事なく何処か楽しげに笑った。




