八十話〜手紙〜
ようやくコルベール家の事柄も一段落がつき日常に戻り半月程経ったある日。
いつも通り、エヴェリーナは執務室でセドリックの仕事の手伝いをしていた。
「うわ……」
「どうかされましたか?」
書類整理をしていると急にセドリックが奇妙な声を上げる。
「あ、いや、叔父上から手紙がきていて……」
「皇弟殿下ですか?」
「うん。今は公爵位を賜って、地方の領主として暮らしているんだけど……」
歯切れ悪く話すセドリックは見るからに嫌そうな顔をする。
「余り仲がよろしくないんですか?」
「いや、そんな事はないんだけど、何ていうか叔父上って凄い変わっててさ。まああのザッカリーの友人を名乗るくらいの人だから仕方ないんだけどね」
その言葉に、コルベール家でザッカリーと出会した時の事を思い出した。
あの時彼はリナの正体がリズだと気付いていたようにも思えたが見逃してくれた。それとも本当に気付いていなかったのだろうか……。
どちらにせよ彼は危険だ。リズを怪しんでいる。油断は禁物だ。
しかしそのザッカリーの友人だという皇弟は、一体どのような人物なのだろうか少し興味が湧く。
「それでさ、叔父上が子供を拾ったから来いって言ってるんだよ」
「産まれたなどではなく、拾ったですか?」
意外な言葉に思わず目を丸くする。
「叔父上は独身だから産まれの方が色々問題なんだけど、まあそれは置いておいて。手紙には拾ったしか書いてないから、それ以上は分からない。でも拒否してもどの道面倒な事になるから行くしかないんだ」
確か以前調べた情報では、ルヴィエ皇帝は四十代前半だった。その弟なので、推定三十代後半から半ばくらいだろうか。ただその年齢と身分で結婚していないのは珍しい。それに加えて子供を拾ったとなると、自分の後継者にしようとしていると考えるのが妥当だろう。
「面倒な事ですか?」
「以前、叔父上からの呼び出しを断ったらわざわざ迎えをよこしたんだ。しかもその侍従が僕が一緒じゃないと帰れないとか言って居座るから、本当に困ったよ」
「それはまた、大変でしたね」
情報がほぼないので何とも言い難いが、侍従の行動から察するにかなり厳格な人物なのだろうか。
それともザッカリーの友人と聞いたので、類は友を呼ぶというし似た者同士の可能性もある。仮にそうだとすると、関わりを持つのは危険かも知れない。
だがそんな杞憂する必要はないだろう。
何故なら使用人に過ぎないエヴェリーナが皇弟と会う機会などないのだから。
「そうなんだ。だから、諦めて行くしかない……」
セドリックは大きなため息を吐いた。
「領地は遠いんですか?」
「十日もあれば着くよ」
「そうなんですね」
それなら一ヶ月くらいは帰って来ないだろう。彼が屋敷を空けている間、出来るだけ仕事が滞らないようにしておかなくてはならない。
そんな風に考えていたのが数日前だ。
「何で、アルバートがいるんだ」
「そんなの護衛を任されたからに決まってるだろう」
馬車の向かい側で、セドリックとアルバートは何やら小競り合いをしている。
「僕の護衛もいるし、他は第三部隊から連れてきているから必要ない。そもそもこれまで一度もそんな事はなかっただろう」
「ほら、皇太子殿下が可愛い弟が心配だって言ってさ」
「百歩譲って君の事は分かった。でも、どうしてディアナ嬢まで一緒に来ているんだ」
その言葉にエヴェリーナは横目で隣に視線を向ける。するとそこには波打つ長い黒髪の女性が座っていた。
「しょうがないだろう? ディアナがどうしても一緒に行きたいって聞かないんだから」
「いや、仕事なら一緒に連れてくるとかおかしいだろう」
「そういうお前だって、ちゃっかりリズ嬢を連れてきてるだろう?」
「リズは僕の侍女だから連れてくるのは当然で」
「いやソロモンがいるだろう」
こうやって見ると、まだまだセドリックも子供だと可愛く思える。
エヴェリーナが微笑ましく見守っていると、隣からの視線を感じ目を向けた。
するとディアナと目が合い彼女はにっこりと微笑む。
ディアナ・ジスカール伯爵令嬢、アルバートの婚約者だ。
馬車に乗る前に簡単な挨拶をしたが、使用人のリズに対しても丁寧でまた明るく親しみ易い印象を受けた。
「リズさん、女性同士仲良く致しましょうね」
ただやたらと距離が近いのが気にはなる。
貴族令嬢同士なら違和感はないが、幾らセドリックの侍女だとしても今のエヴェリーナは使用人に過ぎない。初対面でこんなに親しくしてくる理由はなんなのか。
皇子であるセドリックへ媚を売っているのか、それとも別の目的があるのか……。
前者なら放って置けばいいが、後者なら警戒しなくてはならない。
「畏れ多いです」
「そんなに畏まらないで。私はただリズさんと友人になりたいだけなのだから」
少し困ったように笑って口元に手を添えるディアナに、エヴェリーナは同じように少し困った笑みを浮かべ口元に手を添えて見せた。
これは心理的な手法で、相手の言動を鏡のように真似する事で親近感や好意を得るというものだ。
彼女の目的が分からないままには出来ないと、少し探りを入れる事にした。




