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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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七十六話〜交渉〜



「ニコラ殿の現状には同情しておりますが、あくまで商売ですので、こちらとしましては四割は頂かないと割に合いません」


 少し前から始まったリズとホルストの利益の配分量を巡る論争を、自分の出る幕ではないとセドリックはただ眺めていた。

 そしてもう一人、向かい側で間の抜けた顔で二人を眺めているニコラは、話し合いが始まってからほぼ口を開いていない、いや何を話していいのか分からないと言った方が正しいだろう。何しろこの事業計画のほぼ全てをリズが考案し、今日セドリックが現れなければ彼女が実行に移していた筈だ。ニコラは彼女がいなければ今頃どうする事も出来ずに途方に暮れていただけだろう。本当に運がいい事だ。

 

 少し前から、リズが休日の度にコルベール家を訪れていた事は知っていた。

 以前リズをコルベール家の屋敷前で見掛けて以来、休日の彼女の動向を密かに探らせていたからだ。


(リズは優しくて責任感が強いから、ニコラを見捨てられないんだろう)


 ホルストと真剣に話し合いをしているリズの横顔を眺めながら、セドリックは苦笑する。

 正直、リズが大人しくコルベール家から手を引いていたならここまでするつもりはなかった。

 ホルストの言った通り、ニコラに同情はするが後の事は自分自身の力で家を再興するのが道理だろう。彼はまだ十二歳で更に次男で本来ならば侯爵家を継ぐ立場にはなかった。それ為、覚悟も考えも多少甘いのは仕方がない。だが、人生など何が起こるか分からない。そして貴族として生まれたからには否応なしに責務が生じる。それ故、セドリックはもとよりメルキオールも手を貸すつもりはなかった。


 だがリズはセドリックに内密にして度々コルベール家を訪れていた。その報告を受けた時は内心穏やかではなかった。


 リズは僕のものなのにーー


 そんな思いが込み上げてきて、居ても立っても居られなかった。

 直ぐにでもコルベール家へ通う事をやめさせたかったが、強引にやめさせれば蟠りが残る。

 

 リズに嫌われたくないーー


 それならばやる事は一つだ。

 彼女が安心出来るように後任者を用意する事だ。

 ただ誰でもいいという訳ではない。

 身分が確かで、リズの満足出来る結果を出す事が出来る人物でなくてはならない。

 もし人選を失敗すれば、リズからセドリックへの信頼や評価が下がるだろう。それだけは絶対に避けたかった。

 そんな中、それ等の条件に該当するホルストを選び連れて来た。

 

「確かに慈善活動ではないので当然です。ですが今回、原料はコルベール家の産物を使用しますのでその分通常よりも安価で仕入れる事が出来ると確信しており、瓶や装飾に関しても同様です。また先程説明しましたように事業計画は全てこちらで考案し、ホルスト様は交渉する()()ですので、四割は流石に欲を出し過ぎではないでしょうか?」


 敢えて強調したのが分かった。

 本来はその交渉が重要なのだが、彼女は意図的に軽く扱いホルストの出方を窺っている。

 リズは恐らくホルストの本質を見抜いているのだろう。彼は頭脳明晰で、本人もそれを大いに自覚している。要は自惚れがあるという事だ。更に家柄もいいと相まって自尊心は一介の貴族より飛び抜けていると言っても過言ではない。

 口ではリズの事を賞賛していたが、腹の内では大した事がないと侮っているのをリズは気付いている。

 彼と長い付き合いのセドリックが理解しているのは分かるが、初めて対面して僅か数時間でそれを見抜いているとは驚きだ。

 ホルストは貴族であり商人でもあるような人物なので腹の内を隠すのに長けているのだが、リズには通用しなかったみたいだ。

 

 リズは普段は表情も口調も穏やかだが、時々今みたいに変貌を見せる。凛とした表情で冷静に淡々に話す姿はまるで文官のように見えた。

 彼女が文官だったならば、さぞ優秀で手腕を振るったに違いない。

 そしてこの勝敗の行方は彼女に軍配が上がるだろうと確信している。


「お言葉ですが、交渉なくしてこの計画の成功はなし得ません。リズさんは、商人ではないのであまりご理解していないようですが、商売の要は交渉にあります」


「一般的にはそうなのかも知れませんが……ホルスト様は、なにしろ大国ルヴィエ帝国の皇子殿下の教育係を任されるくらいの方ですから、陳腐な取り引きの交渉など取るに足らない程の労力だと思いまして。ですがやはりホルスト様のような方でも、陳腐な取り引きの交渉をするだけでも、一介の貴族や商人のように大変な思いをなさるのですね。セドリック様はどう思われますか?」


(ここで僕に話を振るんだ)


 先程とは違い、明らかに大袈裟な口調で残念がるリズに思わず笑いそうになる。

 

「う〜ん、交渉って大変だと思うよ。幾らホルストでも、そんな容易な事じゃないだろう。だから利益の四割、いやホルストの労力を考えれば五割でもいいくらいじゃないかな」


 敢えて割合を引き上げると、ホルストの口元が僅かにひくついたのが分かった。


「セドリック様、私の事を侮っているのですか?」


「そうじゃない、寧ろ大変だからと労わってるんだ。分かるだろう?」


「分かり兼ねます。このような陳腐な交渉、私にとっては赤子の手を捻るより容易な事です。そもそも労力などと呼ぶに値すらしません」


「ってホルストは言ってるよ、リズ?」


 セドリックがリズに話を戻すと、ホルストは我に返った様子で口を噤んだ。


「心強いお言葉を頂けて嬉しい限りです。では、一、五割で如何でしょうか?」


 すかさずリズが提案をする。


「何のご冗談ですか」


「でしたら一、八割はどうでしょう?」


「流石に無理が……」


「では二割で」


「二割も無理です……」


「二、五割」


「……それで手を打ちましょう」


 大きなため息を吐いたホルストは長椅子に凭れ掛かった。

 

 貴族の矜持に掛けて、一度口から出た言葉を撤回する真似は余程の事がない限りあり得ない。

 リズからの挑発を受け、徐々に冷静さを失ったホルストは思わず口が滑った。

 更に初めに自分で四割と提示していた手前、あれだけ豪語したのだからそれを基準に大幅に下げなくては面子が立たなくなる。

 

「ではホルスト様、物のついでに信頼出来て優秀な人員の手配をお願い致します」


 リズは追い討ちを掛けるように笑顔でそう言い切った。

 そんなリズにホルストは諦めた様子で笑うと二つ返事で了承をした。









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