七十三話〜来訪者〜
コルベール家の応接間にて、セドリックとニコラは向かい合って座っていた。
エヴェリーナは三人分のお茶を淹れると、テーブルへと置く。
「連絡もなしに訪ねてすまないね」
「いえ、セドリック殿下でしたらいつでも歓迎致します」
「それで、有能な僕の侍女はどうかな?」
どうやら隠すつもりはないらしく、堂々とニコラにそう言った。
エヴェリーナは思わず目を見張りセドリックを見るが、満面の笑みを浮かべている。
「あの、もしかしてリナはセドリック殿下の……」
同じく目を見張るニコラは、少し動揺した様子で口を開く。
「うん、僕の侍女だよ」
穏やかに話しているが、セドリックからヒシヒシと圧を感じる。
その様子から、エヴェリーナが休日の度にコルベール家の屋敷を訪れていた事が知られていたのだと察した。恐らく今日の突然の訪問もその為だろう。彼が連絡もせずに訪問するなど、そんな礼儀に反した行動をするとは思えない。
「リナが話していた他の屋敷って、セドリック殿下の屋敷の事だったんだ」
「お伝えするには許可が必要でしたので、ニコラ様には伏せておりました」
戸惑った様子でこちらを見るニコラに説明をして苦笑する。
「セドリック殿下、知らなかったとはいえ許可なくリナをお借りして申し訳ありませんでした。あの、ですが今暫くリナを」
「先程も言ったが彼女は僕の侍女だ。これ以上、この屋敷に通わせる事は許可出来ない」
わざわざ不意打ちのような状況を作り出している事から、ある程度は予想していた。だが、今ここで手を引く訳にはいかない。
「セドリック様、後一ヶ月、いえ後半月だけお見逃し下さい」
大まかな道筋は出来ている。
これから取引先を見極め交渉に移る予定だった。
この二つは今回の計画の要と言っていいだろう。
品質の他に取引相手が信頼に足る人物かを慎重に見極める必要があり、交渉では如何にこちらに有利になるかが重要となる。
正直、年若く未熟なニコラには無理だ。
「ダメだ。リズ、これ以上は容認出来ない」
取り付く島もない。
エヴェリーナは打開策を思案するが、妙案は浮かばなかった。
その理由は、セドリックが何を考えているかが全く分からないからだ。
彼の思惑が少しでも分かれば、妥協して貰えるように交渉が出来るのだが……。
自尊心なのか?
自分の屋敷の使用人が、他人に尽くすのが気に入らないのだろうか?
だがこれまでのセドリックを見てきて、そんな傲慢さは感じた事はない。
ただやはり皇族故か多少我の強さはあるが、理不尽な事をいうタイプではない。
ならば一体何だというのか。
普通に考えればコルベール家に恩を売っておいて損はない筈だ。
セドリックの屋敷の侍女だと明かしたのだから、寧ろ恩を与える良い機会だとも思う。
現在は没落寸前ではあるが元は有力貴族だ。幾らでも使いようはある。エヴェリーナならそう考える。きっとセドリックもそれは理解している筈だ。それなら、何故ーー
他人の思考を読むのは得意だった筈なのに、何故だろう……彼の気持ちだけが分からない。
以前からそうだった。
そう思う度に、その事がもどかしくて仕方がなくなる。
「分かりました」
「ニコラ様……」
エヴェリーナが言葉を詰まらせていると、先にニコラが口を開いた。
ニコラを見ると、彼はどこか諦めたように笑っている。その姿に唇をキツく結んだ。
「賢明だ」
一方で、セドリックは満足気に出されたお茶を優雅に飲んでいた。




