七十二話〜協力者〜
あれからエヴェリーナはやはりニコラが心配になり、休日にコルベール家の屋敷を密かに訪れていた。
「リナ!」
前回は変装をしていなかったので屋敷に立ち入る事なく立ち去ったが、今回は黒髪のカツラとメガネを確りと身に付け、リナに変装をしている。
暫し同僚であった顔見知りの使用人に通され屋敷に入ると、直ぐにニコラがやって来た。
急いできたらしく息を切らしている。
「突然姿を消したから心配していたんだ。……もう会えないと思った」
寂しそう笑うニコラを見て罪悪感を覚えた。
場所を執務室へと移すと、向かい合ってソファーに座った。
「あの日、家宅捜索で父様と兄さんが捕まって騎士団の人達が引き上げた後、部屋に戻ったらリナはいなくて……代わりに手紙が残されていた。これからどうしたら良いのか書いてあったから、少しずつ頑張ってる」
あの日の出来事を思い出しながら、ニコラはあれからどうしていたかを教えてくれた。
「セドリック殿下が、取り調べが終わったら恐らく父様達は領地に移送されて、コルベール家への干渉は一切禁止とした上で領地からは生涯出れないようになるって言っていたんだ。姉さんはギョフロワ家に嫁ぐ事になったし、本当にボク一人になっちゃった」
「ニコラ様……」
「平気、自分で決めた事だから。でも、リナまでいなくなっちゃって思ったら凄く心細かった……ーー」
ニコラは、俯き加減で膝の上の拳を握り締める。
屋敷に入った瞬間感じた変化、閑散とした屋敷内ーー以前も簡素ではあったがここまでではなかった。
話を聞けば元々少なかった使用人の数も三分の一となり、値の付く家財は殆ど押収されたそうだ。
またコルベール家の所有している別荘などの権利書も既に押収済みであるが、この屋敷と領地の屋敷だけは残して貰えたという。
恐らくニコラへの温情も含まれているだろう。
生まれ育ったこの屋敷まで失えば気落ちする事は分かりきっている。まだ十二歳の子供だ。心の拠り所が必要だろう。それにコルベール家の権威は失墜したが断絶した訳ではない。これから再建するにあたり、最低限の体裁を保つ必要もある。特に領地の屋敷が人手に渡れば、これまであった不安不満、不信感が更に募る事は想像に容易い。
「ニコラ様。詳しくはお話出来ませんが、今私は別の方のお屋敷で働いております。ですので、申し訳ありませんが余りお力にはなれません」
「うん、何となく理解はしてる。リナは、他の使用人達とは違うって思ってたから……」
「ただ、もしニコラ様が私を必要だと仰って下さるなら休日のみですが、こちらへ伺わせて頂きます」
「‼︎」
セドリックの姿が脳裏を過り後ろめたさを感じるが、どうしても放って置く事が出来ない。
無論このままエヴェリーナが手を貸さなくてもセドリックや皇太子等がそれなりに計らってくれるだろう。それなればコルベール家は以前の権威を取り戻す事は難しいが、それなりに再建出来る筈だ。それなりに……。
そんな中で、悪意を持つ大人達はまだ年若いコルベール家の当主を己の手中におさめようとするに違いない。
だが流石にセドリックや皇太子等もそこまでは面倒はみないだろう。
故に今必要なのは、ニコラを正しく導く協力者と悪意から盾になってくれる庇護者だ。
後者は無理でも、前者ならエヴェリーナにも担う事が出来る。
「如何なさいますか?」
「それは勿論! リナがいてくれたら、ボクもっと頑張れる!」
その瞬間、不安気に揺れていた瞳に光が宿ったように見えた。
そんなニコラのそんな様子に釣られて頬が緩んだ。
エヴェリーナは次の休日に屋敷を訪れ、早速今後についての話し合いを始めた。
「税収以外の財源が必要です」
「財源か、う〜ん……」
屋敷を除いたコルベール家の財産は全て押収されたが、結局それだけでは賄えず借金を抱える事となった。
なるべく早く清算する為にも、新たな収入源が必要だ。
「どうせでしたら、領地の産物を利用したいと考えております」
ニコラが集めてきた領土の生産量の資料をテーブルに並べ二人で眺める。
「ワインの生産量が多いですね。その他の農産物は小麦、ブドウ、ブルベリー、ラズベリー、アプリコットなどですね」
「フルーツは余り日持ちしないから、難しいし。小麦ならパンくらいしか思い付かない。後はハーブとかもあるけど」
「今回はハーブや他の生産量の少ない産物は除外したいと思います」
他にも細々とした物はあるが、出来れば生産の多い物を使いたい。
理由は単純に仕入れ価格が安くなる事や安定して供給出来るという理由がある。また領地の産物の宣伝にもなり一石二鳥、いや三鳥だ。
「少し、検討する時間を頂いても宜しいでしょうか? こちらの資料をお借り致します」
それからエヴェリーナは、休日の度にコルベール家を訪れ話し合いを重ねた。
そして何度目かの訪問の時だった。
「随分と頑張っているみたいだね」
コルベール家の屋敷を訪ねてきたセドリックと、鉢合わせしてしまった。




