七十一話〜皇太子の懸念〜
名門コルベール家は失墜した。
兼ねてよりコルベール侯爵は、偽善者で小心者だと思っていたが、まさか裏で脱税をしていたとは思わなかった。
しかもその理由が、余りにも下らな過ぎて怒りすら湧かないくらいだった。
罪の度合いを考えれば、悪質極まりないと判断せざるを得ない。故に本来ならば家そのものを取り潰されてもおかしくない。
ただ当事者と呼べるコルベール家の次男であるニコルが内部告発した事で、かろうじて免れた。
「侯爵と長子のユージーンは、概ね罪を認めているそうです」
「そうか」
漆黒の髪と緑の鋭い瞳の彼は、ヘルマン・ジルカール。
メルキオールの友人であり側近でもある。
ジルカール伯爵家は名門と呼ばれ、代々皇族の側近や国政の中枢に関わる人材を輩出している。
「昔は名門と呼ばれておりましたが、現侯爵に代変わりした辺りから衰退していましたので、丁度良かったのかも知れません。以前より双子も色々と問題を起こしており、目に余っておりましたので」
処分はまだこれからだが、長子であるユージーンが廃嫡となる事は確実だ。
侯爵夫妻共々領地へ追放、貴族籍は残す事となるが、コルベール家の管理には一切関わりを持つ事は禁止されるだろう。
また元凶である長女のビアンカは罪を問われる事はないが、後ろ盾を失った事でギョフロワ家へ嫁ぐ運びになった。
「それにしましても、賢い選択でしたね」
「それは彼の事か? それとも、例の侍女か?」
ニコラ・コルベールが同伴させた侍女の正体が、まさか弟の例の侍女だったとはーー
「無論、セドリック殿下の侍女の方です」
以前とある噂が社交界を騒がせた事があった。
あの女嫌いの弟が、屋敷の侍女に懸想しているという信じ難いものだ。
真相を確かめる為に調べさせれば、確かにこれまで乳母のミラ以外の女性がいなかった屋敷には、新たに若い侍女の姿があったという。
どうやって弟に取り入ったのかは知らないが、密偵などの可能性は大いに考えられ暫し見張らせる事にした。
基本的に屋敷内からは出ないので然程情報は得られなかったが、取り敢えず危険性はないと判断し様子見をしている。
「薬物の件は報告を受けていたが、正直半信半疑だった。だが今回の事で、あの侍女が只者ではないと分かったな」
定期的に見張らせていたが、見通しが甘かった。
何故ならいつの間にか例の侍女はコルベール家に潜入していたのだ。
向こうがこちらの隙を突いて動いたのかは定かではないが、それを知ったのは全てが終わり騎士団長のザッカリーの報告で知る事となった。
彼女の明確な目的は分からないが、今回の事は推測するに例のセドリックの件の報復といった所だろうか。
従順さを示す為なのか、将又純粋に主人を思っての事なのか……。
当初、コルベール家を乗っ取るつもりかとも考えたが、彼女はあっさり弟の屋敷に帰って行った。
「メルキオール様。前回は失敗に終わりましたが、再度ディアナには接触するように伝えておきます」
実は、少し前にヘルマンの妹を使い侍女を探らせようとしたのだが失敗に終わった。
タイミングが悪く侍女は不在だったのだが、まさかあの時、コルベール家に潜入していたなど誰が思うだろうか。
「ああ、頼む。ただセドリックは、あの侍女の事になると少々冷静さに欠ける。くれぐれも慎重にな」
ふと数日前の事が頭に過ぎる。
コルベール家の家宅捜索の際に起きた瑣末な出来事に過ぎなかった、筈だった。
『セドリック、流石に懲罰が重過ぎる。確かに今回の件はお前に一任したがーー』
屋敷の侍女が人質に取られた。だが、侍女は無事だった。特に実害があった訳ではない。
騎士達の行動は確かに褒められたものではないが、始末書や暫しの謹慎程度の問題だ。それなのにも拘らず、弟は重罰を下した。その理由は、人質に取られた侍女の正体が弟の例の侍女だったからだ。明らかな私情だった。
『職務怠慢、いや放棄したと言ってもいい。彼等は騎士としてあり得ない醜態を晒した。本来騎士は、弱気者を守るのが責務であり使命な筈です。それなのにも拘らず易々と人質を取られただけでなく、あろう事か見捨てようとしたっ。クビが繋がっているだけマシなのでは?』
そう言い終えると冷笑した。
セドリックは、幼い頃からザッカリーの過酷な訓練に耐えてきた。
それ故、本来は温厚で争いを好むような性質ではないが、それなりの厳格さは持ち合わせてはいた。
だが本質はどうしたって変わらない。
弟の甘さや優しい気質はなくなる事はなく、そのまま成長をした。そんな風に思っていたがーー
「危ういな」
「メルキオール様?」
「いや、何でもない」
メルキオールは深いため息を吐いた。




