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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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七十話〜嫉妬〜




 コルベール家宅捜索の翌日ーー

 セドリックは、皇太子に報告をする為に執務室を訪れた。



「ご苦労だった。コルベール家との揉め事は内密とはいえ、これでお前の面目も立つ。父上も褒めていた」


「左様ですね。陛下()、お褒めになられておりましたね」


 側近のヘリマンが茶化すように言うと、メルキオールはワザとらしい咳払いをする。


「まだ事後処理も残っている故、気を抜かぬように」


「心得ています」



 コルベール家から帳簿や所有している建物の権利書、領土内の取り引きに関する契約書などを押収した。その中には、裏帳簿も含まれている。

 表に出せない物は全て執務室の床下から見つかった。


 これから裏帳簿などを元に、どれだけの脱税が行われたのかを調べなくてはならない。

 またコルベール家の全ての財産を調べ上げた上で、これまでの不足と延滞や罰金などを加算した分を差し押さえる。更に、過分に取り立てていたと思われる領民達にはその中から返還しなくてはならない。

 ただ財産が金銭や宝石などばかりならばいいが、建物や土地、骨董品、更にドレス類となるとかなり面倒だ。購入時より価値が下がる物も多く、後始末に時間も掛かる。それに現在のコルベール家の財務状況からして、全てを差し押さえても足りるかどうかは分からない。その場合は借金を抱える事となるだろう。


 セドリックは皇太子の執務室を後にして、騎士団の定例会議で使用している部屋へと向うべく廊下を歩いていた。


 本当はこのまま屋敷に戻りたい。

 昨日、ようやくリズが帰って来た。だが少し顔を合わせた程度で、まだまともに話も出来ていない。

 リズが帰ったら、彼女が淹れてくれたお茶を二人で飲みながらゆっくりする予定だったのに、最悪だ……。


 実はこれから、事前会議で召集したメンバーで事後処理について話し合う事になっている。但し、ニコラは除外だ。あの時は必要に応じて参加させたに過ぎず、本来部外者は立ち入れない。


 廊下を歩いていると、ザッカリーと出会した。どうやら彼も、会議室へと向かう途中らしい。


「お疲れさん」


「お疲れ」


「お手柄だな」


「僕はただ命令に従っただけだ」


「有能な部下を持つと、主人の評価も上がるな」


「それ、どういう意味?」


 意味深長な物言いに、セドリックは怪訝な表情を浮かべる。


「ああ、悪い悪い。部下じゃなくて、侍女だったな」


「……」


「彼女を送り込んだのは、お前……じゃないよな。今回の立役者は、あの侍女だろう?」


 どこまで知っているかは分からないが、ザッカリーは確信があるように見える。


「セドリック、余り彼女を信用するな。何者かは知らないが、只者じゃない。今は味方でも、この先もそうであり続けるとは限らない。まあ、クビにしろなんて言った所で、頑固なお前がいう事を聞かない事くらい分かっている。だからせめてもの忠告だ」


「余計なお世話だ」


「セドリック、昔から言っているが目上の者の言う事はーー」


 いつの間にか、会議室の前に来ていた。

 未だに後でごちゃごちゃ言っているザッカリーを無視して、セドリックは中へと入って行った。

 

 


 それからセドリックは事後処理に追われ、数日の間城や屋敷を行き来した。

 そんな中で、コルベール家の屋敷を訪問する事となった。


「お忙しい中わざわざご足労頂き、ありがとうございました」


「いや、君の方が大変な筈だ。気にしなくていい」


 ニコラに見送られ正門から出ようとした時だった。遠くに人影が見えた。


(……リズ?)


 遠目だが彼女だと直ぐに分かった。

 向こうからは死角なのか、こちらには気付いていない様子だ。その後、彼女はフードを被ると踵を返し足早に立ち去った。


 彼女は責任感の強い人間だ。ニコラが心配で様子を見に来たんだろう。そんな事は考えるまでもなく分かっている。だが、胸がざわめいた。

 

 

 翌日、事後処理も落ち着いた事もあり、久々に事後報告と称してリズとお茶をする時間が出来た。

 ただ単にセドリックが彼女とお茶を楽しみたかっただけなのは、格好がつかないので黙っておく事にする。


 

「改めて、お疲れ様。でもまさかリズがコルベール家の屋敷に潜入しているとは驚いたよ。まあそのお陰で侯爵等を糾弾する事になった訳だけど、随分と派手にやったね」


 軽く笑い木苺のタルトをフォークで小さく切り分け口に運ぶ。

 以前リズが木苺のタルトが好きだと教えてくれたので、労いの意味も込めて今日のデザートはこれにしたのだが、彼女は気付いてくれているだろうか……。

 

 今社交界ではコルベール家の次男が告発状を手に城に乗り込んできて、自らの両親や兄を糾弾したとの話題で持ちきりだ。

 殆どの者達は、まだ傍観している状態だが、既に擦り寄ろうとする者も出てきている。

 名門と名高いコルベール家を手中に収めようと考えているのが透けて見える。浅はかではあるが、ニコラまだ十二歳だ。悪意に対抗するには強い後ろ盾や彼を補佐する有能な人間が必要だろう。


「それにしてもニコラは運が良い。リズに救われたね」


「私はほんの少しお手伝いをさせて頂いただけです。今回の事は全てニコラ様の功績です」


 謙虚なのは彼女の長所といえるが、今回ばかりはその事に苛立った。

 ニコラの功績ーー全て彼女が作り上げたものだ。彼の為に。

 

 苛立ちを抑えるように、セドリックはカップに手を伸ばす。


「なんにせよ、僕の為にありがとう」


 彼女に本来の目的を思い出させる為に、性格が悪いと思いながらもそんな言葉が口を突いて出た。


 リズが窺うようにこちらを盗み見ている事に気付いた。だてに騎士隊長を務めている訳ではない。視線や気配などには敏感なのだ。

 ワザと視線を合わせると、彼女は目を見張る。それだけの仕草が可愛いと思ってしまう自分は、どうかしてしまったのかも知れない。

 

「いえ、セドリック様にお仕えする者として、当然の事をしたまでです」


 少し浮ついた気分になっていたが、リズの言葉に一瞬にして冷静になる。

 従順さや真面目さも彼女の長所だが、一線を引かれているようで胸が痛む気がした。


「遅くなりましたが、ブライスさんを差し向けて下さりありがとうございました。とても助かりました」


「……」


「セドリック様?」


 律儀な彼女は、改めてあの時の礼を述べると頭を下げた。

 それと同時に、あの日の出来事を思い出す。

 

 あの日、コルベール家の家宅捜査の為に屋敷を訪れたセドリックは、先ず始めにブライスに内密に指示を出した。それはリズの脱出の手助けだ。無論彼女は有能なので心配はいらないとは思うが念の為だ。

 今回の捜索にはリズの事を知るアルベールやザッカリー達も参加しており、見つかると面倒な事になる。そうでなくてもザッカリーはリズの事を怪しんでいるのだ。


 そんな理由から彼女の元へブライスを向かわせたが、正解だった。ブライスが間に合っていなければリズはーー


「ごめん」


 自分で顔が強張るのを感じる。


「君を危険な目に合わせてしまった」


 ブライスからの報告を受けた時、怒りで身体が震えた。こんな事は生まれて初めてだった。

 今思い出しただけでも、怒りが込み上げてくる。


「もしブライスが間に合っていなかったらと考えると、今でも背筋が凍るよ。あの時一緒にいた団員達には厳罰を与えたから、城に二度と足を踏み入れる事はない。地方へ行かせる」


 彼女の前で醜態は晒せないと、怒りを抑え込み淡々と話をしてみせる。

 

 コルベール侯爵を捕縛した後、ユージーンが執務室から逃走した。直ぐに数名の騎士が彼の後を追った。

 逃げ場などある筈がないのに往生際が悪いと呆れながら、直ぐに捕まるだろうと悠長に構えていたが……。


(まさか、リズを人質に取るなんて……)


 セドリックの怒りの矛先はユージーンだけではない。無能なその場に居合わせた騎士達も、同罪だ。

 一歩間違えれば、彼女は死んでいたかも知れない。

 本来ならば首を刎ねてやりたいくらいだが、流石にそこまでの処罰を与える事は出来ないので、代わりに彼等が積み上げてきた全てのものを失墜させる事にした。

 兄やザッカリーなどは処罰が重過ぎると難色を示していたが、強引に押し切った。


「セドリック様、必要以上の処罰は周囲への不信感に繋がります。直ぐにでも撤回されて、適切な処遇をーー」


「リズがなんと言おうと、処罰を変えるつもりはない」


 思いの外、低い彼の声が部屋に響いた。

 その事に彼女は口を噤む。


 セドリックは席を立つとリズに側へ行く。

 少し困り顔で見上げてくる彼女は、相変わらず美しいのに可愛い。


 リズに以前預けたネックレスを見せるように言うと、衣服の下からそれを取り出した。


「セドリック様、あの……っ」


 気付けば無意識に彼女へ手を伸ばしていた。


「言っただろう。君に害を及ぼすなら、それは僕へあだなす事と同義だと」


 男性用のネックレスは彼女には少し大きく余裕がある。

 セドリックはリズに触れないようにネックレスの中心を指で摘むと軽く持ち上げた。そして指で感触を楽しむようにネックレスを弄る。

 本当は、ネックレスなどではなく彼女に触れたいーー

 女性嫌いで触れれば発疹が出る。

 それなのに、無性に触れたくて仕方がないのは何故だろう。


「ねぇリズ、僕は有言実行するタイプなんだ。覚えておいて」


 セドリックは徐に顔を近付けると、耳元でそう言って笑った。







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