六十六話〜捜査会議〜
昔から兄も含め妹とも弟とも関わる機会は余りなく、顔を合わせれば挨拶くらいは交わすくらいだった。
公務を任せられるようになってからは、仕事で関わる事もあり以前よりは顔を合わせる機会は増えたものの、事務的な話をする程度でその関係性に変化はなかった。
他の人間に対しては知らないが、セドリックから見た兄は淡々として冷たい印象だ。
それは当然だろう。何故ならメルキオールはセドリックの事を疎ましいと思っている筈だ。
事実はどうあれ、兄の地位を脅かし兼ねない存在なのだ。だからこそセドリックは城を出た。それが最良の選択だったと今でも自負している。
そんな間柄だった事もあり、兄から褒められた事など一度もない。だがその兄が自分を褒めていたという。
余りに現実味がない話だが、ニコラの様子や兄の反応からして嘘ではないだろう。
普通なら認められたと喜ぶべきなのだろうが、素直に喜べない自分がいる。複雑な心境だ。
ただ挽回する機会を与えてくれた事には感謝している。
皇太子からコルベール家の家宅捜索を任されたセドリックは、翌日早速準備に取り掛かる事にした。
登城したセドリックは、普段騎士団の定例会議で使用している部屋に召集を掛けた。
招集メンバーは自身を含め八人だ。
いつもならば窓側の一番奥の席には騎士団長であるザッカリーが座っているが、今日はセドリックが座った。
他の者達は左右に分かれ着席をする。
セドリックから見て左側に騎士団長ザッカリー、副団長ハロルド、右側には第二部隊隊長アルバート、同部隊の副隊長ノエ、第三部隊副隊長クライヴ、そしてコルベール家のニコラの顔ぶれだ。
捜査対象はコルベール家の屋敷のみで小規模故、二部隊で変遷する事とした。
「彼はコルベール家の子息であり、今回の告発状を提出した人物でもある」
数日後の捜査に向けて、経緯と罪状の確認、当日の役割分担の振り分けを行う。
セドリックは、ニコラが持参したコルベール家屋敷の見取図をテーブルに広げた。
執務室や財産が保管されていそうな場所にペンで印を付ける。
事前にニコラに怪しい場所を聞きある程度の目星は付けたが、こればかりは捜索してみない事には分からない。
「また情報によれば、執務室の床下に裏帳簿が保管されている」
今度は手元から数枚の裏帳簿の一部とされている紙を手に取ると、それを並べて見せた。
「正直、裏金などの隠し財産が屋敷内に保管されている可能性は低い。仮に屋敷内から発見されなければ、速やかにコルベール家の所有する領地の屋敷や別荘に捜索隊を向かわせる事となるーー以上となるが、捕物が終わるまではこの事は外部に他言しないように」
会議後、セドリックは部屋から出て行こうとしていたニコルに声を掛けた。
「今日は、先日の侍女は連れていないのか」
「流石に会議に参加させる訳にはいかないので」
「まあ、確かに。……優秀そうな侍女だったね」
「はい、うちの侍女はとても優秀で頼りになります。今回の件も彼女がいなかったら……あ、いえ、やっぱり何でもないです! 兎に角、優秀なので助かっています!」
自慢気に話すが、途中で何か思う事があったらしく慌てて言い繕った。
「それは良かった。では、当日は頼むよ。それと彼女に宜しく伝えて置いてくれ」
余計な一言だと分かっているが、つい口から出てしまった。
案の定ニコラは、困惑した表情を浮かべている。だが、ニコラの物言いに苛ついてしまった。
セドリックはニコラの返答も待たずに部屋を出ると、立ち尽くしている彼を残しその場を後にした。
(リズは、僕の侍女だ)
昨日、執務室に入った時にセドリックが目を見張った理由はーー
ソファーに座る少年の後ろに控えていた、短い黒髪にメガネを着用していた侍女だ。
変装をしているが、執務室に入った瞬間直ぐに分かった。リズだーー
彼女が長期休暇に入ってから一ヶ月程経つ。
何の音沙汰もなく、毎日気掛かりで仕方がなかった。
マイラに聞いても「上手くやっている」としか返答は得られず役に立たない。
もしこのまま戻って来なかったら……とさえ思う事もあった。
無論リズの事を信頼していない訳ではない。ただ彼女が何者なのかを知らないセドリックは、時折り不安で堪らなくなる。何故なら彼女がセドリックの元に居る保証などどこにもないからだ。
(それにしても、まさかコルベール家に潜入していたとは流石に驚いたな)
大胆な彼女に思わず笑いが込み上げてくる。
それと同時に昨日の変装したリズを思い出し、別の意味で口元が緩んでしまう。
(可愛かった……)
一刻も早くこの件を終わらせて、リズに戻って来て貰いたい。
また彼女の淹れてくれたお茶を飲み、たわいのない会話をしながら一緒にケーキでも食べたい。
リズのいない生活は退屈だ。
「……」
その為にはさっさと片付けなくてはならない。
セドリックは気合いを入れた。




