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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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六十話〜潜入〜



『侯爵夫妻に悪い噂はないけど、問題は双子の兄妹の方だよ。兄は兎も角妹は悪名高くて、特に令嬢達から嫌厭されている。貴女の主人である皇子様を昔から追い回していて、周りには勝手に将来皇子妃になるのは自分だと豪語しているらしくてね。でもって、そんな妹を兄は溺愛していて擁護しているものだから、本当どうしようもないね」


 セドリックから聞かされていない昔話をマイラから聞かされたが、ただただ呆れる他ない。そしてセドリックに同情をした。


 双子の妹であるビアンカは昔からセドリックに付き纏い、彼に近付く令嬢達に悪態を吐いたり危害を加えたりとやりたい放題していたそうだ。

 だがコルベール家は有力貴族故にその行いを見過ごされてきたという。まあ貴族社会では珍しい話ではない。

 

 セドリックはコルベール侯爵夫妻が善良だと言っていたが、些か疑問だ。

 本当に善良な人間ならば、子の不始末を放置などする筈がない。そう思う一方で、世の中にはどんなに教育をしても手の施しようもない人間がいるのも事実だ。

 こんな時に頭に浮かぶのはやはりジュリアスだった。

 彼は甘やかされて育ったが、それでもそれなりに倫理観などの教育はしてきたつもりだ。だが、どうやっても無駄だった。離縁したいと言われたあの瞬間、それを痛感した。

 

 まあ例えそうだとしても、彼等はまだ十六歳であり親の庇護下にあるのだから、侯爵夫妻にはその責任がある。


『そうそう、最近、使用人が次々に辞めていっているらしくてね。原因までは掴んでないけど、潜り込むのは簡単だよ。随分と人手不足みたいだからさ』


 エヴェリーナはマイラに手配して貰い、コルベール家の屋敷で侍女として働く事になった。

 セドリックに豪語した癖に、結局マイラの力を借り彼にお膳立てをして貰った形となり情けないが、今のエヴェリーナに出来る事は限られているので仕方がない。


 マイラから話を聞いた翌日。

 話に聞いていた通り余程人手不足だったのだろう。エヴェリーナが屋敷に面接を受けに行くと、その場で採用され即日に働き始める事となった。


 早速侍女服に着替えると、侍女長に案内され屋敷内を見て回った。

 因みに顔は知られていないが、エヴェリーナは念の為短い黒髪のカツラとメガネを着用している。


「ここが応接間で、向かい側はーー」


 外観は一般的な貴族の屋敷といった印象だったが、屋敷の中は意外な程簡素だった。

 有力貴族ならば、もっと華美な内装や調度品があってもおかしくない。寧ろそれが普通だろう。これでは来客があった際、面子が立たない。

 体裁を考えると不自然過ぎると違和感を覚えた。

 

「リナさん、これをビアンカ様へ持って行って頂戴」


 リズのままでは都合が悪いので当然偽名なのだが、逆に本名にした。

 理由は単純で、既に偽名なのに更に偽名だと、慣れておらず反応が遅れたり出来ない可能性があるからだ。

 なるべく怪しまれる行動は控えたい。


 一通り説明を受けると、真っ先に与えられた仕事はビアンカへお茶を出す事だった。

 



「君、見ない顔だね」


 茶器を載せたトレーを手に廊下を歩いていると、正面から来た少年に声を掛けられた。

 短い茶髪と琥珀色の少年はエヴェリーナを凝視する。


「本日から新しく入りました侍女のリナと申します。失礼ですが、ニコラ様でいらっしゃいますか?」


「ボクの事、知ってるの?」


「侍女長からお伺い致しております」


 ニコラ・コルベール、歳は十二歳。コルベール家の次男で、例の双子の兄妹の弟だ。

 まだ正式に社交界デビューをしていない為か、特別な情報はなかった。


「それ姉さんに持って行くの?」


「はい」


「……」


「ニコラ様?」


 エヴェリーナの手元に視線を向け、顔を曇らせた。


「今はやめておいた方が良いよ。かなり荒れているから。昨日も侍女に、頭から淹れたてのお茶を掛けて火傷させて辞めさせたばかりだから」


「左様ですか……」


「そもそも姉さんは、拘りが強いからそのお茶は飲まないよ。だからそれは飲む為の物じゃない」


 なるほど。

 お茶を淹れさせたのは憂さ晴らしをする為という事か。

 これは予想以上に厄介そうな相手だ。

 だが目的はあくまでビアンカ本人というよりもコルベール家そのものだ。彼女とは極力関わりは持たない方が無難だろう。


「ボクが持って行ってあげる」


「ですが……」


「平気。流石に姉さんも、ボクにはお茶を掛けたりしないから」


 黙り込み、さてどうしたものかと思案していると、ニコラが代わりを申し出てくれたので、有り難く任せる事にした。


「ありがとうございます、ニコラ様」


 トレーを手渡し頭を下げると、ニコラは去って行った。



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