五十八話〜憂い〜
リズが休暇に入り数日が経つ。
セドリックはいつも通り公務に励んでいるが、どうにも落ち着かない。
「……」
何でもそつなくこなす有能なリズの事だ、恐らく大丈夫だとは思うが心配だ。
(やっぱり、止めるべきだったかもな)
取り敢えず手助けになればと彼女にマイラの素性を明かし、今度はセドリックからマイラへ紹介状を書いて渡してみたが、正直役に立つかは分からない。
マイラは優秀な情報屋ではあるが、万能でもなければ情報に偏りもある。それはどの情報屋にも言える事なので、こればかりは如何にもならない。情報など水物と言っても過言ではない。魔法など存在するなら簡単なのだろうが、生憎そんな便利な物は存在しないので、人間が収集するにも限界がある。
以前の違法薬物の時も、最新の情報は掴んでいなかった。もう少し時間が経過すればそれなりに情報を仕入れられたのだろが、なにぶん事は急を要したので自力で情報を掴もうとしたが、リズに助けられた。
リズが屋敷に来てからというもの、如何にも彼女に甘えてしまっている気がしてならない。
以前までの自分はこんなに腑抜けていただろうかと、些か疑問に思ってしまう。
「よお! セドリック」
仕事が捗らない中、邪魔者がやって来た。
以前妹達に来訪する時は事前に知らせるようにと説教をしたが、そういえば一人常習犯がいる事を思い出した。
「毎回言っているけど、来るなら事前に連絡してくれる?」
「固いこと言うなよ。俺とお前の仲だろう」
セドリックの言葉など全く意に介さず、アルバートは勝手知ったる様子でソファーに座った。
妹達は素直だったが、彼を矯正するのは恐らく無理だろう。言うだけ無駄だとため息を吐く。
「ああそうだ。今日はもう一人いるんだ」
アルバートの言葉に、申し訳なさげに執務室に入ってきたのは彼の婚約者のディアナだった。
「ご機嫌よう、セドリック様。突然押し掛けてしまい申し訳ありません。アルバート様が、どうしても此方へ寄ると仰って聞かないもので……」
「いや、君は悪くない。寧ろ同情するよ」
皆まで聞かずとも目に浮かぶようだ。
セドリックやディアナを見て目を丸くして間抜け面をしているアルバートに苦笑する。
「良い香り……このお茶、とても美味しいですわ」
「口に合ったようでなによりだよ」
「そうか? 俺には良く分からん」
「だろうね」
いつもなら執務室で適当に対応して帰らせるが、今日はディアナまでいるので流石にそれは失礼だと応接間へと移動をした。というのは建前で、正直リズ以外の女性を執務室に入れたくないのが本音だ。
セドリックは二人の向かい側のソファーに腰を下ろす。
二人には、最近セドリックがお気に入りのリズが厳選してきたお茶を出した。すると鈍感なアルバートは兎も角、ディアナは気に入ったらしく絶賛する。
その事にセドリックは気を良くした。
「今日は、リズ嬢はいないのか?」
「ああ、今は休暇中だよ」
「なんだそうなのか。折角このアナスタシアを紹介しようと思ったのに」
残念そうにしながら、アルバートは新調した剣を見せてくる。物凄くどうでも良い。
すると、ディアナがアルバートを睨みながら咳払いをする。
「じゃなくて! 折角だから、リズ嬢にディアナを紹介しようと思ったんだ!」
慌てながら話す様子から、誰がどう見ても言わされている感が否めない。
なるほど、来訪理由はどうやら彼ではなく彼女にあったらしい。
基本的に常識的で礼儀正しいディアナだが、好奇心は抑えられないのだろう。
要は噂の侍女が気になり婚約者を責付き、連れて来させたという訳だ。
恐らく事前に連絡をすれば、女嫌いのセドリックは受け入れないと思ったのだろう。
まあ強ち間違ってはいない。友人の婚約者でなければ、直ぐにでも追い返している。
「本日は不在との事で、本当に残念です。またの機会にご紹介下さいませんか?」
「それは構わないけど、リズはこの屋敷の侍女に過ぎない。ディアナ嬢の話し相手にはならないと思うけど」
問答無用で押し掛けてきた妹達には不可抗力で紹介せざるを得なかったが、わざわざ友人の婚約者へ紹介するのもおかしな話だ。
言った通り、リズはあくまでも屋敷の侍女だ。
これがセドリックの婚約者なら話は別ではあるが……。
「そんな事はありません。きっと素敵なお友達になれると思います」
満面の笑みで答えるディアナを見て、アルバートと意外と似た者同士なのではと思う。なんと言うか、厚かましい。
「ディアナ嬢がそこまでいうなら、心に留めておくよ」
「ありがとうございます」
正直、興味本位でリズを見に来るなど不快でしかないが、ディアナは友人の婚約者なので邪険には出来ない。
「そういえば知ってるか? コルベールの双子の妹、引き篭もってるらしいぞ」
「ふ〜ん」
無関心を装うが、セドリックは内心で聞き耳を立てる。
「なんでも、ギョフロワ家と揉めているらしくてさ。舞踏会の日、次男のジョゼフに手籠にされとかなんとかで。その所為で、コルベール侯爵と双子の兄が激怒しているらしいぞ」
話によれば、ジョゼフは合意だったと言ってるが、ビアンカは否定しているものの、何故客室にいたかは言わないらしく話し合いは平行線を辿る一方らしい。
どうやらジョゼフはセドリックの思惑通りの行動をして、あの後ビアンカに手を出したようだ。
内心鼻を鳴らす。
「私も聞きましたわ。ビアンカ嬢も災難でしたね」
眉根を寄せ同情をする。
まあ事の真相を知らなければ、大抵の人間はディアナと同じ反応を見せるだろう。
それだけジョゼフの素行は良くないという事だ。
ただ幾ら他人事だといっても災難の一言で片付けてしまう所は実に貴族らしい。
「責任を取らせるって話もあるみたいだが、相手があのジョゼフだろう?」
アルバートは肩をすくめる。
普通ならばそういう解決法が手っ取り早いのだろうが、相手が相手故にコルベール侯爵も複雑な心境なのだろう。
有力貴族vs有力貴族。
一体どうなるのか見物だ。
結果がどうあれ、互いにかなり痛手を追う事は必須だ。
正直、リズがこれ以上手を回す必要はないのではないかと思う自分は考えが甘いだろうか。
「じゃあな、セドリック」
「失礼致します」
その後、適当に雑談を終えた二人は帰って行った。
執務室へ戻ったセドリックは、仕事を再開するがやはり手に付かない。
先程とはまた別の理由だ。
(リズがいないと、落ち着かない……)
まだ休暇に入って数日だ。
いつの間にか彼女がいる事が当たり前過ぎて、寂しく思う。
セドリックは机に突っ伏し、深いため息を吐いた。




