五十六話〜芽生え〜
翌朝ーー
セドリックは寝不足だった。
あの後、媚薬の効果は数時間続き精魂尽き果て眠りに就いたのは、日付けが変わり随分過ぎてからだ。
目が覚めた時は寝不足だがスッキリしていた。あれだけ発散したのだから当然だろう。ただ別の何かが溜まった気がする。
媚薬が抜けた今も、リズに触れたい欲求が消えていない。そして気付いてしまった。
(リズの事……好きかも、知れない……)
以前から一人の人間として好感を持っていたが、まさか女性として好きになるとは思わなかった。いや、自覚がなかっただけで本当はずっと好きだったのかも知れない。
そうじゃなければ、彼女を側に置こうなどと思う筈がない。もっと彼女の事が知りたいなどと思わない。
書類整理だって、本当はただの口実のようなものだ。別に一人でもこなせる。
あのネックレスだってそうだ。あれは皇族を示す大事な物だ。それを彼女に預けた……。
(いやいや、おかしいだろう! 確かにリズは例外だけど、僕は女性が嫌いなんだ……好きになるなんて、そんな事あり得ない……)
この感情は媚薬のせいだ。媚薬が抜けた今もその影響は続いているのだろう。
昨夜感じた感覚が残っており錯覚を起こしているだけだ。そうとしか考えられない。
(どうかしている、忘れよう……)
「セドリック様、おはようございます。ご気分は如何ですか?」
「おはよう、ジル。もうすっかり元気だよ。あー、それで昨夜の事だけどーー」
朝の支度を整えにきたジルに、気は重いが昨夜の出来事を一応説明をしておく。リズにも話したのだから、彼くらいには伝えておいた方がいいと思った。
「あれ程単独行動はお控え下さいと申しておりましたのに。セドリック様の実力は十分理解しておりますが、例え城内でも何があるか分かりません。それに幾ら昔からの知人といえど油断し過ぎです」
てっきり心配してくれると思ったが、普通に怒られた。
セドリックは物心ついた時から護衛される事が当たり前の生活を送ってきたので慣れてはいるが、たまに煩わしくも感じる。
それ故、屋敷内や城内などでは護衛を遠ざける事は珍しくない。
正直、ジルのいう通り驕りがあった。
剣の腕には自信があるし、多少の毒なら問題はない。
だが媚薬類は耐性がなく、その理由は実にくだらない。それは父の意向なのだが、父曰く夜の楽しみが減るとの理由らしいが……。まあ好色家の父らしい考えだとは思う。
「これからは、もう少し気を付けるよ」
セドリックの微妙な返事に、ジルはこれ見よがしに深いため息を吐いた。
「ソロモン、これ返す」
「え、はい、え?」
執務室へ入ってきたソロモンに、艶本を突き出すと彼は訳がわからないという顔をする。
「何故、セドリック様がこれを……。確か昨夜、リズさんにお貸しした筈ですが……」
「リズはなんて言って借りたの?」
「それがーー」
ソロモンの部屋に行ったリズはーー
『ソロモンさん! なにも聞かずに私に艶本をお貸し下さい!』
鬼気迫る様子のリズに、ソロモンは呆気に取られながらもベッドの下から本を取り出すとそれを彼女へと手渡した。
『ありがとうございます! 必ずお返し致します』
『は、はい……』
話によればリズはセドリックの事は伏せ、ただ艶本を借りていったらしい。
「一瞬何が起きたのか理解出来ず、あれは夢だったのではと思ったくらいです。あのリズさんが、艶本を読むなどあり得ませんよ! というか、何故リズさんは私が艶本を持っていると知っていたんでしょうか……」
苦笑しているジルに一応確認してみるが、やはり彼の元へは借りにきていなかった。
「ジルは絶対あり得ないけど、君なら持っていそうだと思ったんじゃない?」
「そんな、私、リズさんからそんな風に思われているんですか⁉︎」
「因みに僕も思っているよ」
「セドリック様まで⁉︎」
「恐らくジルも」
ジルへ目配せすると、面白がっている様子で「ええ、そうですね」と言って頷いた。
「そんなっ……」
ショックを受けるソロモンを見て、相変わらず扱い易いと内心笑った。
セドリックが艶本を持っていた理由などもはや頭から完全に抜けている。
ソロモンは艶本を抱えながら肩を落とすと、そのまま部屋から出て行こうとする。すると、タイミングよくリズが入ってきた。
「ソロモンさん、昨夜はありがとうございました」
「……気にしないで下さい。どうせ私は、そういう男なんです‼︎」
「え、あの……」
大袈裟に声を上げながら部屋を飛び出して行ったソロモンに、訳がわからないといった様子でリズは目を丸くしていた。
それを見てセドリックは笑った。




