五十四話〜欺詐〜
(リズは僕の事、どう思っているんだろう……)
前から気にはなっていた。
シャーロットやラフェエルをいとも簡単に手懐けたリズを見て、以前彼女が「弟のような方」がいると話していた事を思い出した。
その弟もどきはセドリックと同い年だと言っていた事から、もしかしたらセドリックの事も弟のように思っているのかも知れないと今回の事で改めて思ってしまった。
思い当たる節は幾つもある。
時々子供扱いされていると感じるのは、絶対気のせいではない。
確かにセドリックは身長も低く細身であり、男らしいとは言い難い。
最近は牛乳を飲んでいるお陰か以前に比べれば身長も伸びてきたし、朝の鍛錬では筋骨逞しくなるようにと剣術と同等に筋トレも頑張っている。
それに彼女の前での立ち居振る舞いにも気を付けて紳士的な言動も心掛けていた。
だがまだまだだ。まるで足りない。
リズに主人でも弟もどきでもなく、一人の男として認識されたい。
何故そんな風に思うのかは自分でも分からないが、最近はそんな事ばかり考えてしまう。
妹達の来訪から数日後。
今夜は城で舞踏会が開かれる。
本心では参加したくないが、弟のラフェエルの誕生祭だ、出席しない訳にはいかない。
セドリックは憂鬱になりながらも支度を整え、見送りにきたリズを見て後ろ髪引かれる思いで馬車に乗り込んだ。
(退屈だ。疲れた。早く屋敷に帰りたい……)
セドリックは壁に身体を預け、ため息を吐く。
皇帝や皇太子、妹達へと挨拶を済ませた後、例の如く令嬢達に追い回された為ヘトヘトだ。ようやく解放されて逃げてきた。
「セドリック」
安堵したのも束の間、声を掛けてきたのは暫く顔を合わせたくないと考えていた人物だった。
「……ユージーン」
彼と顔を合わせるのは、前回の舞踏会以来だ。
正直あんな目に遭わされ腹は立ったが、抗議や謝罪を要求はしなかった。向こうからも特に接触もなく、それは互いに体裁を気にした結果だろう。故に決して許した訳ではない。今後は極力関わりたくないと思っている。
だが相手は有力貴族の子息や令嬢なので厄介だ。
「一人なんて珍しいね」
「妹は最近塞ぎ込んでいて、社交界には顔を出していないんだ」
恐らくあの夜の影響なのだろうが、同情などする気も起きない。自業自得だ。
「遅くなったが、君に改めて謝罪をしたい」
「不要だ。もうあの夜の事は忘れる。だから君達も忘れてくれたらそれでいい」
謝罪より関わりを持ちたくないので拒否をするが、それでも尚もしつこく食い下がってくる。
「少しだけでいい、話をさせて欲しい。頼む」
頭まで下げるユージーンに小さくため息を吐く。
周囲の目もあるので、仕方なくセドリックは応じる事にした。
広間を出た二人は客室へと移動した。
お茶が用意されたテーブルに向かい合い座ると、彼が口を開いた。
「あの夜は本当にすまなかった。だがあの時のビアンカは、君への強過ぎる想いが暴走してしまっただけなんだ。君が去った後も暫く手がつけられなくて大変だったんだよ」
謝罪をしながらも言い訳を並べるユージーンに呆れるが、取り敢えず口を挟まず最後まで話を聞く事にする。
「昔からずっとビアンカは君を一途に思い続けてきたから、君に懸想する相手がいると知り取り乱してしまったみたいで……。君を愛しているからこその言動だった事は理解して欲しい」
愛しているーー
ユージーンからのその言葉が出た瞬間、内心鼻で笑ってしまった。
幼い頃からの知人ではあるが、互いの事は何も知らないしセドリックは彼女に興味すらない。
好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな飲み物、色、曲目、普段どのように過ごしているのか……。お酒が得意でない事も女嫌いである事も全て彼女は知る由もない。
ただそれは当然だ。何故ならろくに会話もした事がないのだ。
なら彼女は一体セドリックのどこを愛しているのだろうか?
見た目や肩書き、上辺の優しさそんな所だろう。
実に薄っぺらく下らない愛だ。
心底気持ちが悪いーー
それなら家の為に政略結婚したいと言われる方が何倍もマシだ。
「ユージーン、これまでハッキリ言わなかった僕も悪いと思っている。だからこの際だ、言わせて貰う。僕にビアンカと結婚する意思はない。ただ今後、政略的にそうなる可能性が否めないのは事実だ。その時は僕も受け入れるつもりだ」
セドリックが女嫌いな事もあり現段階で婚約話は進められていない。ずっと保留になったままだ。
ただ候補として名を連ねている中に、有力貴族であるビアンカも当然含まれている。
だがあくまで候補でありその中から決まるとは限らないが。
「君が寛大で良かった。感謝する。これからも良き友人として宜しく頼むよ」
「ああ、そうだね」
適当に相槌をしてセドリックはカップの残りのお茶を飲み干した。
そのタイミングでユージーンは席を立つ。
「私は先に戻らさせて貰うよ。話に付き合ってくれてありがとう」
彼が扉を出るのを確認したセドリックも席を立とうとしたが、目眩を覚えソファーに逆戻りした。
「はぁ……何だか、暑いな。それに脈が早い気がする」
先程まではなんともなかったが、急激に風邪でも引いたような感覚がする。
「なっーー」
落ち着くまで暫くそのままでいようとしたが、思いもよらぬ事態が発生した。
「いや、あり得ないだろうっ……」
下腹のある場所が異様に疼いて仕方がない。
「まさか、ユージーンの奴っ」
やられたーー
試した事はないが、恐らく媚薬の類だろう。
一体どういうつもりなのか。
口では謝罪を述べていたが、あの夜の仕返しのつもりかも知れない。
「ゔっ……はぁ、はぁっ……と、取り敢えず、休んでいるしか、ないな……」
今はここでおさまるまで待つしかない。
まさかこんな場所で処理する訳にはいかない。いやしたくない。それはセドリックの自尊心が許さない。
ソファーに凭れ掛かり、目を瞑り無心になるように懸命に努力をする。
「っ、ダメだ……はぁっ……」
(リズっ……ーー)
だが、考えないようにしても勝手に頭にリズの姿が浮かんでしまう。
思考が鈍り上手く制御出来ない。
拳を握り締め悶えながらも必死に耐える。
そんな時だった。
扉を開ける音がした。
その瞬間我に返ったセドリックは、急いでソファーの後ろに回り込み隠れた。




