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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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四十七話〜我儘皇子〜






 エヴェリーナは今、荒れ果てた厨房でお湯を沸かしお茶を淹れている。

 お茶の葉は持参などしていないので置かれていた物を使った。

 匂いを確かめたが特に問題はなさそうだ。

 ただ念の為毒味をしようとした時、セドリックに止められカップはブライスと他の護衛に渡された。


「問題ありません」

 

 確認が終わるとセドリックがカップに口をつける。その様子をエヴェリーナは固唾を飲んで見守った。

 彼の身分を考えると、このような場所で見つけた物を口にするのは気掛かりだ。


「そんな不安そうにしなくても大丈夫だよ。僕はある程度の毒なら死なないからさ」


 その言葉にエヴェリーナは納得をする。

 ジュリアスは身体が弱かったので例外だったが、確かにローエンシュタイン帝国の皇族は毒への耐性をつける為に、幼い頃から少量ずつの毒を摂取していた。やはりルヴェリエ帝国も同じようだ。


「うん、美味しいね」


 優雅にお茶を飲む姿を眺めながら改めて思う。

 

(私達はここで一体何をしているのでしょうか……)


 周囲から必死に捜索をする物音が聞こえてくる。そんな中、筋骨逞しい騎士達に囲まれながら荒れに荒れた厨房の真ん中でセドリックは一人立ったままお茶を飲んでいる。

 異質過ぎる。

 ザッカリーも相変わらず怪訝な目を向けていた。


「さて喉も潤った事だし、散歩でもしたい気分だな〜」


「セドリック、流石に度が過ぎるぞ」


「仕方がないだろう。リズと散歩したくなっちゃったんだから」


 どうやらセドリックはこのまま我儘皇子で押し切るみたいだ。


「後は頼んだ」


「セドリック、これ以上勝手な真似は許さない、任務に戻れ。団長としての命令だ」


「僕はリズと散歩をする、ついてくるな。これは皇子としての命令だ」


 その場の空気が一瞬にして張り詰める。

 これまでどこか悪ふざけをしているように見えたセドリックの雰囲気が一変した。

 低い声色と鋭く射抜くような瞳、ヒシヒシと威圧感が伝わってくる。


「ほらリズ、行こう」


「はい……」


 エヴェリーナとセドリックは、黙り込んだザッカリーやブラスト達を残し厨房を後にした。


 廊下を歩くセドリックの後をついて行く。


「セドリック様、宜しいのですか?」


「大丈夫、あれだけ言えば追ってはこないよ」


「いえ、そうではなく、あのような振る舞いをされてはセドリック様の名誉に傷がついてしまいます」


 セドリックは足を止め振り返ると、目を丸くしてエヴェリーナを凝視する。


「セドリック様?」


「ああ、ごめん。まさかそんな事まで心配してくれるとは思わなかったから」


「差し出がましいとは理解しておりますが、心配です……」


 皇族といえど体裁は大事だ。

 貴族は個人よりも家名に傷がつく事が懸念される。その一方で、例外はあるが皇族は責任が本人に全て覆い被さる。ただそれだけ権威を持つので仕方がない事ではある。


「僕の名誉より、今は事件を解決する方が重要だ」


「ですが」


「大丈夫だよ。失った名誉は自力で回復するから。なんて格好付けてるけど、リズを頼る為にこんな馬鹿な事してるんだよね……。巻き込んでしまってごめん。侍女の仕事から逸脱していて、契約違反だね」


 苦笑して項垂れると、ため息を吐いた。


「それは構いません。私のような何処の馬の骨とも知れぬ者を雇い入れて下っただけでも感謝しております。ですので、私などでお力になれる事があるのならば、尽力致します」


 今更ながらよく雇い入れてくれたと思う。

 自分で言うのもおかしいが、幾らマイラの紹介だとしても彼は皇子なのだからもっと慎重になるべきだ。

 もしもエヴェリーナが、刺客や密偵だったらどうするつもりだったのだろう。

 普段は確りして見えるのに、たまに彼が危なっかしく思えて放って置けない。


「ありがとう、リズ」


 建物の奥へ進んで行くと、狭い物置部屋に入る。

 中には兵士が数名いたが、セドリックが適当な理由を述べて追い出した。


「この部屋の下に地下室がある」


 ある箇所の床が外れるようになっているらしく、今はそれが外された状態となっており覗き込めば梯子が見える。


「僕が先に降りる。リズ、危ないからゆっくり降りるんだよ」


「承知致しました」


 セドリックが梯子を使い先に降りていく。

 少し間を開け、エヴェリーナもそれに続いた。

 木製の梯子は年季が入っており、一歩下がる事に軋むような音がする。 

 灯りはセドリックが持っており、薄暗く視界が悪い。言われた通り慎重にゆっくりと降りて行くがーー


「うわっ、り、リズっ、ご、ごめん‼︎」


「セドリック様、どうされましたか⁉︎」


「いや、その……み、見てないから‼︎」


 突然下から彼の動揺した声が聞こえてくる。

 何かあったのかと心配になるが、今の体勢では確認が出来ない。

 見ていないとは一体どういう意味だろうか……。


「あの、大丈夫ですか?」


「う、うん、僕は大丈夫……」


「それなら良かったです」


「……」


 取り敢えず問題はないようで安堵する。

 何があったかは分からないが、兎に角今は降りる事が先決だと足を進めた。

 急に黙り込んでしまったセドリックと共に、エヴェリーナはよくやく梯子を降り切った。

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