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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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四十六話〜脳筋の変人〜


 翌朝、セドリックは仕事へと出掛けて行った。


「ではリズさん、宜しくお願いしますね」


「はい、お任せ下さい」


 それを見送った一時間後、エヴェリーナは昨夜セドリックから言われた通り忘れ物の書類を届けるべくジルに見送られ馬車に乗り込んだ。

 向かうのは検挙された数箇所の孤児院の内、一番規模の大きく取引の多い郊外の孤児院だ。



 

 馬車に揺られ一時間半程、目的地に到着をした。

 道中窓から見えた景色は民家ばかりだったが途中から草木が目立つようになり、着いた先の孤児院は森の中だった。

 近くに民家もなく隠れ蓑にするには打ってつけの場所だろう。そんな事を考えながら周囲を観察していると、人影が近付いてくるのに気付いた。


「ここに何か用か?」


 どこか見覚えのある男性はそう声を掛けてくる。

 

「セドリック様の屋敷で侍女として働いております、リズと申します。本日は、セドリック様のお忘れ物を持って参りました。失礼ですが、お名前を頂戴しても宜しいでしょうか?」


 エヴェリーナはマントのフードを取ると会釈をしてから、ネックレスを見せた。


「俺はザッカリー・ミュレーズ、騎士団で団長を務めている」


 歳は三十代後半くらいだろうか。

 日に焼けた小麦色の肌に漆黒の短髪、鋭い緑の瞳の男性は騎士団長だと名乗った。

 どこかで見た覚えがあったが、剣術大会で圧倒的強さを誇っていた男性だ。そして決勝戦ではセドリックを負かした強者だ。

 あの時は少し距離もあり顔まではハッキリ分からなかったが、頬に引っ掻かれたような古傷がある。それに筋骨逞しく縦横大きい。

 エヴェリーナの身長は女性では平均くらいだが、目線がザッカリーの肩くらいだ。

 騎士や兵士で高身長の者は珍しくないが、見上げる程の人は初めてだ。


「なるほどなるほど、噂の侍女か。これはセドリックが夢中になるのも分かるな」


「あの……」


 頭の天辺から足の爪先までまじましと見られ、頗る居心地が悪い。更にニヤニヤしながら独り言を言っていて少し不気味だ。


「ああ、悪い悪い! お嬢ちゃんはセドリックに会いに来たんだったな。俺が案内してやろう」


(お嬢ちゃん……)


 ふと先日イアンが言っていた事を思い出す。

 騎士団内で、エヴェリーナを見る為に決闘をしていたとかなんとか……。

 イアンもアルバートも第三部隊の騎士達も変わった人ばかりだった。

 この国の騎士は変わった人しかいないのだろうか……。


「ありがとうございます。宜しくお願い致します」


 ザッカリーに案内され、孤児院の敷地内へと入っていくと、先ず目に飛び込んできた光景に眉を上げた。

 庭中掘り起こされ、どこもかしこも凸凹になっている。

 聞いてはいたが、こうして見ると異様な光景だった。


 建物に入ると騎士や兵士がそこかしこに見受けられた。

 皆一様に視線を向けてくる。

 だがザッカリーが一緒にいるお陰か、誰も近付いてはこない。


 ザッカリーの後をついて行きながら、周囲を窺い見る。

 まるで泥棒でも入ったのではないかと思うほど荒れていた。

 捜索した場所が分からなくならない為に、元には戻していないのだと思われる。

 だがこれだけしても見つかっていないので無駄骨だ。

 

(やはり、別の場所に隠していたのでしょうか……)


「ザッカリー……なんでいるんだ」


 そんな風に頭を悩ませていると、不意に前方から不快感を滲ませたセドリックの声が聞こえた。


「君はここの担当じゃないだろう」


「手こずっているみたいだから、少し様子を見にきただけだ」


「ああそう。それより、なんでリズと一緒にいるんだ。リズ、変な事されなかった?」


「ザッカリー様は、親切にこちらまでご案内をして下さっただけです」


「本当に? 強要されてない?」


「セドリック、お前人の事一体何だと思っているんだ」


「脳筋の変人以外の何者でもないだろう」


 もの凄い言い草だ。

 幾らなんでも失礼なのではと呆気に取られるが、言われた当人は全く気にした素振りはない。


「それと、いい加減リズから離れろ」


 苛々した様子のセドリックは、ザッカリーの腕を掴むと勢いよく引いた。だが体格差があるのでびくともしない。


「たく、分かった分かった、離れるからそんな興奮するな」


 大袈裟に肩をすくめて見せると、ザッカリーはエヴェリーナから遠ざっていく。

 セドリックが一体何をしたいのか理解出来ず暫し呆然としていたが、目的を思い出し我に返った。


「セドリック様、お忘れ物をお届けに参りました」


 エヴェリーナは手にしていた書類の入った包みをセドリックへと差し出す。


「わざわざありがとう」


 包みを受け取ると、確認もせずにそれを近くにいた護衛のブライスにそのまま渡した。

 口実だと分かってはいるが、せめて確認する素振りくらい見せた方がいいのではと内心苦笑する。


「無事渡せて良かった良かった。お嬢ちゃん、誰かに送らせるか?」

 

「いえ、お気遣いは結構です」


 結構だが困る。

 セドリックへ視線を向ければ僅かに動揺して見えた。恐らくセドリックも想定外なのだろう。

 本来ならこのまま建物内を見て回るつもりだった。多分セドリックもそのつもりだった筈だ。

 だがザッカリーからはさっさと部外者は帰れと圧を感じる。

 

「あー、急にリズが淹れたお茶が飲みたくなっちゃったな〜」


「おい、急にどうした?」


 突然そんな事を言い出したセドリックにザッカリーは怪訝な表情を浮かべた。


「どうしたもなにも、リズが淹れたお茶が飲みたいんだよ」


「いや今は任務中だろうが」


「そんなの僕には関係ない。この僕が、飲みたいって言っているんだ。文句は言わせない」


 いきなり我儘皇子へ豹変したセドリックに、周りは困惑を隠せない。

 それはそうだろう。エヴェリーナも困惑している。


(セドリック様、流石にそれは強引過ぎます……)


 だがこの流れで、取り敢えずエヴェリーナは留まる事が出来た。


 

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