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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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四十四話〜疑惑〜



「特に怪しい物は持ってないみたいっすよ」


 イアンに頼み例の子供達を呼び止め調べて貰ったが、何も出てこない。


 今目の前にいる子供達は推定八歳くらいだろうか。

 そんな幼い子供を調べるように言った時、イアンも他の団員達も困惑をしていた。

 まさか違法薬物の運び屋がこんな子供な筈がないと思っているのだろう。


「それは、おやつですか?」


 身体を屈めて目線を真ん中にいる少年に合わせると、彼の肩から下げている鞄から出てきた麻袋を指差す。


「うん、そうだよ」


「貴方が食べるのですか?」


「う、うん……」


「少しお借りしますね」


「え……」


 普段なら相手の許可もなく勝手に人の物に触れたりはしないが、エヴェリーナは少年の麻袋をヒョイっと持ち上げた。


「返してよ!」


「リズちゃん、流石に子供のお菓子を取り上げるのは可哀想っす」


 イアンのみならず周りの視線が痛い。

 何だか悪者にでもなった気分だが、仕方がない。

 エヴェリーナは構わず麻袋を開けると、中にはずっしりと飴玉が詰まっていた。

 その事実に周りの視線は更に冷ややかになる。


(これは……)


「ねぇ、早く返して!」


「はい、ありがとうございました」


 麻袋を少年に返すと、彼等をそのまま解放した。


「あんな小さな子供が、危ない物なんて持ってる筈ないっすよ」


「そうですね。イアンさん、私はこれで失礼致します」


「へ、リズちゃん⁉︎」


 エヴェリーナは呆気に取られる団員達やイアンに構わずさっさと踵を返すと、馬車に乗り込んだ。






「セドリック様、ラルエットと郊外にある孤児院を全て教えて下さい」


 屋敷に戻ったその足で執務室へと向かい、帰宅の挨拶も忘れ開口一番にセドリックにそう告げた。


「お帰り、リズ。それは構わないけど、先ずはマントくらい脱いだ方がいいと思うよ」


 呆気に取られるセドリックから指摘をされ、エヴェリーナは自らの醜態に気付き顔に火がついたように熱くなるのを感じた。

 

「も、申し訳ありません! 直ぐに着替えて参ります!」


 こんな失態を晒すなどあり得ない。

 いくらなんでも腑抜けるにも程がある。


「リズ、落ち着いて」


「ですが」


「ほら、こっちきて」


 羞恥心から一秒たりともこの場に留まりたくないと、エヴェリーナは急いで部屋から出て行こうとするが呼び止められてしまう。

 居た堪れない中、エヴェリーナはおずおずとセドリックの前まで行く。


「マントを脱いで」


「え、いえ、ここでですか?」


「いいから」


「はい……」


 強制的にマントを脱ぐ事となり、大人しく従うしかない。


「はい、貸して」


「それは出来ません」


「リズ」


「はい……」


 セドリックに凄まれ躊躇いながらも脱いだマントを手渡すと、彼はそれを丁寧に畳みソファーの端に置いた。

 女性の物に触れて気分が悪くならないかと心配になるが、特に問題はなさそうで安堵する。


「さあこれでいいね。リズ、座って」


 どこか楽し気なセドリックに促され、彼の向かい側のソファーに座った。


「それでどうして孤児院の場所を知りたいの?」


「実はーー」


 エヴェリーナはこれまで観察してきて不審に思った事を伝え、その上で先程の出来事を説明した。


「子供の持っていた飴からは、甘い香りがしたんです」


「飴だから甘い香りがするのは当然じゃない?」


「いえ、あの香りはファシナンの香りです」


 その瞬間、セドリックが目を見張り息を呑むのが分かった。


「はは、まさか飴に薬物を入れているって?」


「はい」


 信じられないと言いたげに笑うセドリックに、冷静に返事を返すと彼の表情は険しいものへ変わる。


「恐らく飴は補う程度の扱いで本命は別の物であると考えられますが、調査すればアジトに辿り着ける筈です」


「それが孤児院という訳か」


「はい。あの子供達は、恐らく孤児院の子供達だと思います。ルヴェリエ帝国がどのようになっているかは分かりませんが、私の知っている孤児院では寄付金を使い子供達の衣服などを購入する際は、個人差が出ないように等しく同じ物を購入していました。その理由は喧嘩や虐めなどの原因をつくらない為です。また孤児院は貴族達が慈善事業で出入りする事も珍しくありませんし、寄付金と称して金品のやり取りをしても怪しまれません。それに教会や孤児院といった施設は心理的に捜査対象から外される事が多く格好の隠れ蓑になり得ます。更に子供達を運び屋にする事により仲介料も浮き、殆どの人間は子供が薬物を運んでいるとは思わないでしょうし発覚するリスクも少ない。それ等の理由から、孤児院が怪しいと考えています」


 暫し考え込んだ後、セドリックは口を開いた。


「分かった、リズがそんなに言うなら信じるよ。ただこれから先は独断では動けないから上の許可がいる。僕はこれから城に行ってくるね」


 そう言って立ち上がると、身支度を整える為彼は自室へと向かう。

 だが扉を開けようとしてこちらを振り返った。


「ねぇ、リズは何故ファシナンの香りを知っていたの?」


「……」


 真っ直ぐに向けられる目は、純粋に疑問に感じているようにも何かを探ろうとしているようにも見える。

 だが焦る必要はない。何故ならきっと聞かれるだろうと予測して答えは準備してある。ただ少し気が引ける。それは、また嘘を吐く事になるからだ。


「以前お話した通り、ファシナンの原料であるフェリの花は西大陸の一部の国でのみみられます。私はその国で生まれ育ちました。なのでフェリの花は私にとって身近なものだったんです」


 以前西大陸のとある国でやはり今回のような事件が起きた事がある。

 ローエンシュタイン帝国は西大陸に君臨する国とあり他国へ様々な支援をしており、手に負えない事柄などはよく相談を受けていた。

 無論受けるのは皇太子であるオースティンだが、彼からその相談をされ解決するのはエヴェリーナの役目だった。

 その際に押収したファシナンの現物を見る機会があった。独特な香り故、あれは一度嗅げば忘れない。


「……なるほど。じゃあ、行ってくるよ」


 納得したかどうか分からない反応を見せるセドリックは、国の名前など詳しい事を聞いてくる事もなくそのまま部屋を出て行った。


「大切な資料も沢山あるのに……」


 そんな執務室にエヴェリーナを一人残していくなんて、彼はどうかしている。

 公務で使う資料が机の上に出しっぱなしにされ、他にも大切な物がある筈だ。


 試されているのだろうか。それともただ単にエヴェリーナを信用してくれているのだろうか。もしかしたら何も考えていないかも知れない。


 相手の思考を汲み取るのは得意だった筈なのに、セドリックの考えている事がまるで分からない。

 歯痒さを感じてしまうのは何故だろう……。

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