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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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三十九話〜国立図書館〜




「本当に行きたい場所ないの?」


「街に精通している訳でもありませんので、特に思い当たらないです」


 屋敷で働くようになり何だかんだで半年近く経とうとしているが、街を訪れる機会はそうはないので中心部にある往来以外はどこに何があるのか把握していない。

 セドリックから行きたい場所を聞かれたが、何も思い浮かばなかった。


「じゃあ、僕が適当に案内してあげるよ」


 そう言って着いた先は国立図書館だった。

 街の外れに位置し、その造りも規模も小さな城と言っても過言ではないだろう。

 ローエンシュタイン帝国にも国立図書館はあったが、足を運ぶ暇などなく利用した事はなかった。ひょんな事から来る事になったが、期待に胸が膨らむ。



「ここにはルヴェリエ帝国の建国からの歴史を始めとして、各国の歴史や経済などの情報も閲覧出来る。城にもそういった類いの本は保管されているが、スペースに限度があるから機密以外はこちらに移されているんだ。まあそうは言っても閲覧制限もあるから、基本的に一般解放されているのは一階部分だけだけどね」


 そんな説明をしながら、彼は当然のように階段を上がって行く。


「二階には皇族や許可書を持つ貴族のみが立ち入る事が出来るんだ」


「セドリック様、それでしたら私が立ち入るのは問題なのでは……」


「大丈夫、僕が君を連れて来たんだ。誰にも文句など言わせない」


 エヴェリーナは内心苦笑する。

 今日の事も含め、たまにセドリックが見せる少し強引な姿にやはり皇族なのだと実感をする。

 ただそれが一概に悪い事だとは思わない。

 傲慢な者ばかりの貴族達の中で、主張が弱ければ侮られ利用されるだけだ。己を守るという意味でも必要な要素だと思う。

 だがそれでも限度はある。

 大事な事は、彼がどこまでそれを理解し正しく使い分ける事が出来るかだ。

 セドリックの皇位継承順位は第二位だ。皇帝の座に就く確率は決して低くない。それにある程度の年齢に達したら、爵位や領地を賜る筈だ。今はまだ皇子という立場に守られているが、どんな道を行くにしても彼の言葉一つで人の生死を左右し、またその責任は己に降り掛かるだろう。

 そこまで考えて、ふと思った。

 その時自分は、まだ彼の側にいるのだろうかとーー

 

「リズ、もしかして興味なかった?」


「いえ、そのような事は……」


 暫し意識を飛ばしていると、セドリックが残念そうな表情で声を掛けてきた。


「前にリズが本を買ってきてくれたから、てっきり本が好きだと思ったんだ」


「あれはセドリック様が、書斎の既存の本に飽きられたと仰っていたので購入してきたんです。ですが、本は好きですよ。本からは様々な知識を得る事が出来ますし、新たなページを捲る時の高揚感は何ものにも代え難いものです」


 項垂れるセドリックに笑みを浮かべて見せると、彼の表情は一転して明るいものへと変わる。


「そういえばリズが買ってきた本、ずっと気になっていたけど、どうしてあれを選んだの?」


「これまでセドリック様が恐らく読んだ事のないと思われる分野を選んだのですが、お気に召しませんでしたか?」


「いやあの手の話は初めてで中々興味深かったけど、タイトルを見た時は正直反応に困ったよ。何しろ『もしも貴方の愛する人が魔王になったらどうしますか?』だし、冒頭は『貴方は勇者です』から始まるし、その本をまさかリズが選んだとか意外過ぎて驚いた」

 

 確かにセドリックが言うように風変わりではあるが、試し読みした時に中々興味深いと感じた。ただの物語というよりは、教本に近いように思える。

 主人公を読み手に置き換え物語は進んでいく。

 勇者として世界を救う使命を課せられた主人公の幼馴染であり恋人の女性は、ある日魔王に身体を奪われる。女性には何の落ち度もなく謂わば被害者だ。だが世界を救う為には魔王を殺さなくてはならないーーそんな話だ。

 エヴェリーナは試し読みだけなので、その後物語がどう展開するのかは知らない。

 

「もしセドリック様が勇者ならどうしますか?」


 その口振から読み終えたであろうセドリックの感想が気になる。


「愚問だ。当然、世界を救う為に使命を全うする。恋人は哀れだとは思うけど、一人の人間と世界では比にならない」


 セドリックの言うように恐らく物語の結末は、勇者が魔王を殺し世界を救ったのだろう。


「……そうですね、それが正しいと思います」


 迷いなくそう言い切る彼の姿に複雑な思いに駆られた。

 一人の人間の命と世界を天秤にかけたのならば、後者を選ぶのが正しいだろう。だがエヴェリーナはこの問題に答えはないと思う。

 その理論だと、有事の際に少数は切り捨てる事になる。だがそれもまた仕方がないとも言える。だが果たしてそれは正しいのだろうか……。

 

「ですが、正しさが必ずしとも間違っていないとは言い切れないのも事実です」


「正しいのに間違っているなんて矛盾してない?」


「そうですね」


 その後二人は、会話を続けながら適当に本棚を見て回った。

 興味深い本ばかりで惹かれはしたが、流石に持ち出しは厳禁なので諦めた。

 きっとセドリックに言えば強引に借りる事は出来るだろうがそれはしたくない。


「次はどこへ向かうのですか?」


 図書館を出て馬車に乗り込んだ後、セドリックに訊ねた。


「次はカフェだよ」


 またしても意外な目的地に、エヴェリーナは目を丸くした。

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