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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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三十四話〜二人きり〜



 ヘーゼル色の瞳と目が合った。

 彼女は少し驚いた表情を浮かべていて、その瞳は不安気に揺れて見える。


「セドリック様……?」


「リズ、少し話がしたい」


「ですが……」


「入って」


 躊躇う彼女を部屋に入るように促すと、セドリックは先に部屋の中に入る。

 すると少し間があり、リズは部屋へと入ってきた。

 

 本来はこんな時間に女性を部屋に招き入れるなどしてはならない。いやそもそも年若い男女が部屋に二人きりになる事自体頂けないだろう。

 ただこんな状態で、幾ら自邸だとしても外に出る事は躊躇わられた。


「適当に座って」


 セドリックは先にベッドに座ると、そう声を掛ける。

 リズは戸惑いながら、人二人分程間隔を開けセドリックの隣に座った。

 その事にまた身体が強張る。

 てっきり窓際に置かれている椅子に座るものだと思った。


「それでセドリック様、お話とは……」


「あ、うん。それは……」


 あのままリズをいかせてしまったら、彼女との関係に溝が出来てしまうのではと思った事は事実だ。だが呼び止め部屋にまで招き入れたが、その後の事は全く考えていなかった。


 女嫌いである事を話すか? 女性である彼女に?ーー


 わざわざ引き止めておいて、嫌味にしか思えない。


 なら舞踏会の話でもするか?ーー


 いや、結局行き着く先は同じだ。

 早く帰ってきた理由を聞かれるだろう。


「ただ単に、リズと話がしたくて……。ごめん、こんな時間に迷惑だったよね」


 今日は本当に自分の情けなさを痛感する日だ。

 彼女も流石に呆れたに違いないとリズの顔をまともに見る事が出来ない。


「では、私がお話しても宜しいでしょうか?」


「え、それは勿論構わないけど」


 セドリックは意外な申し出に戸惑った。


「お話とは少し違いますが、お伺いしたい事があるんです」


 その言葉に息を呑む。

 一体何を聞かれるのだろうか。

 まさか女嫌いの事がバレたのだろうか……。

 リズに情けない男だと思われてしまう……。


「う、うん」


「セドリック様のお好きな食べ物は何ですか?」


「好きな、食べ物……?」


 拍子抜けして一気に脱力した。


「ジルさんから苦手な物はお伺いしましたが、お好きな物は聞いた事がないと思いまして。苦手な物は、ピーマンでしたよね。でも、ピーマン入りのミートパイは気に入って下さったので良かったです」


「ちょっと待って、もしかして前に作ってくれたミートパイって……」


 以前朝食に出された時に、ジルが「特製ミートパイです」と言っていた事を思い出す。てっきりリズが作ったから「特製」なのとばかり思っていた。

 確かに具沢山ではあったが、まさかそういう意味だとは思わなかった……。


「はい。セドリック様に、美味しくピーマンを召し上がって頂きたくて作りました。実は次はピーマンのケーキを作ろうと考案中です」


「いや、ケーキは流石に合わないんじゃないかな……」


「そうでしょうか。ピーマンを乾燥させて粉末にして生地に混ぜ込むか、いっそピーマンをジャムのように煮詰めてタルトにするのも良いかも知れません」


 真面目に恐ろしい事を言うリズにセドリックは顔を引き攣らせる。


「もう少し試行してみる必要がありますね。それでですね、どうせでしたら苦手な物だけではなくお好きな物も作りたいと思ったんです」


「好きな物か……」


 リズの言う通り嫌いな食材はピーマンだ。後はアルコールが苦手だが、これは何れ飲めるようになる予定なので除外する。

 ただ好きな物を聞かれても幼い頃から選り好みしないよう教育を受けてきたので、正直思いつかない。

 強いて言えば、リズが作ってくれたミートパイは本当に美味しかった。後はリズが淹れてくれたお茶も香りがよくかなり好みだ。

 だがそれを本人に伝えるのは気恥ずかしい気もする。

 

「あまり考えた事がないな。リズは何が好きなの?」


「私ですか? 私は……」


 暫しリズは真剣な顔で悩む。


「私も考えた事がないので、直ぐには思い当たらないです」


 そして深刻な表情でそう言った。


「ははっ、僕と一緒だね」


 セドリックは気付いたら笑っていた。


(良かった、普通に話せてる……)


 それにいつの間にか息苦しさはなくなり気持ちも落ち着いていた。


「リズは兄弟はいる? 僕は兄と妹、弟がいるんだ」


 何気なくそんな事が口を突いて出た。

 少しでもリズの事を知りたかったからかも知れない。


「……兄が一人、それに弟のような方が一人います」


 弟のような方ーー

 妙な言い回しが気になり何となくその人物の年齢を聞いてみた。


「その方は十六歳です」


「へぇ、僕と同じ歳なんだ……」


 何故かモヤっとしてしまう。


「セドリック様も十六歳なのですか?」


「うん、言ってなかったっけ?」


「はい。でも少し驚いてしまいました。随分と確りなさっていらっしゃるので」


 瞬間、モヤモヤが更に広がった。

 誰かも分からない彼女の弟もどきと比較された事が無性に嫌だった。

 セドリックの知らないリズを少しだけ垣間見た気がして、嬉しいような寂しいような複雑な思いに駆られる。


「少し落ち着かれたようで安心しました。宜しければ、白湯を淹れなおして参ります」


「待って、リズ」


 安堵した様子で立ち上がろうするリズを、セドリックは引き止めた。


「はい」


「もう少しだけいいかな。聞いて欲しい事があるんだ」


 真っ直ぐに瞳を見つめると、リズは頷き居住まいを正す。

 その様子を見届けると、セドリックは大きく息を吐き口を開いた。


 

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