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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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二十九話〜天国から地獄〜




 書斎に飾られている額縁を見て、満足気にセドリックは笑を浮かべた。


「息抜きもしたし、仕事に戻るかな」


 書斎を出ると執務室へと向った。

 執務室へ入ると直ぐに仕事に取り掛かる為にペンを手に取る。そしてメモ帳に何度か試し書きをして一人頷いた。

 やはり書き心地がまるで違う。軽くて手に馴染み滑らかに書ける。

 これまで使っていた物は一流品でかなり高価な物だったが、どうも書き心地が良くなかった。

 今手にしているこのペンは、話を聞けばその値は半分程だというのだから驚きだ。

 

 先日、リズが買い出しに出掛けた際に、色々な物を購入してきた。

 今使っているこのペンだけでなくお茶に本、香炉から栞やら膝掛けまで様々だ。それと先程の額縁もだ。


 彼女は洞察力に長けている。

 このペン一つとっても、いつだかセドリックが「使い辛い」と呟いた事をどうやら覚えていたみたいだ。


 またセドリックはこれまでお茶に拘りはなかった。ただ香りが高い物は普通のお茶と比べれば好ましいとは感じていた。だがその事を口にした事はない。それなのにも拘らず、彼女はそれを分かっているかのように香りの高いお茶ばかりを五種類選んで購入してきた。

 最近ではその中の一つを気に入り、それを好んで出して貰っている。


 更に毎夜、自室に入れば彼女の購入してきたお香が焚かれており、寝付きが悪かったのもなくなり翌朝は目覚めが良い。


 そして書斎に飾られた額縁を見た時は本当に驚いた。まさかあのしおれた花を押し花にして飾ってくれるなど誰が考えるだろうか。


 栞も膝掛けも、その他の諸々全てに彼女の気遣いが感じ取れた。

 話だけ聞けば、セドリックに取り入ったり機嫌を窺っているのではないかと思う者もいるだろう。だが実際は、そんな事は微塵も感じない。それにもし仮にそうだとしても、構わないと思うくらいに満足している。


 

 あの日、クライヴに捕まり結局屋敷に戻ったのは真夜中だった。

 その為翌日に、ソロモンから買い出しの時の報告を受けたのだが、帰宅後購入品をジル達に披露したと聞いた。

 ミラからもその時の話をされ、感心しながらも彼女は少し心配そうだった。


『普段、頑張り過ぎなのでジルさんと相談して少し息抜きをして貰いたかったのですが……リズさん自身は何も買われなかったんですよ』


 困り顔でそんな事を話していた。


 確かに彼女が購入してきた物は全てセドリックの為の物であり、リズの物は一つもなかった。

 使用人達が街へ出掛ける機会はそう多くない。故に買い出しの際はついでに私物を購入してくる事は珍しくない。なのに彼女が私物と称して購入したものは、踏み台と額縁だけだった。どちらも結局は仕事の為でありセドリックの為だ。


「……」

 

 そこまで考えて、セドリックは妙案を思い付く。

 仕事だと言われたらそれまでだが、リズに何か礼をするのはどうだろうか。

 これまでの働きを労うという意味で、特別手当のようなものだ。それで妬むような人間はこの屋敷にはいないだろうし、問題はない筈だ。

 ただ過度な物は彼女を困らせる可能性が高いので、不本意だが消耗する物がいいかも知れない。

 だがふとある事に気がついた。


「リズって、何が好きなんだ……」


 リズが屋敷に来てから数ヶ月は経つが、彼女の事を何も知らない。

 無論、彼女が侍女として有能である事は知っている。だがそれだけだ。

 訳ありな事を考えると、名前や年齢すら本当なのか怪しくなってくる。ただそんな彼女を受け入れたのは他でもないセドリックだ。

 だが後悔は微塵もない。

 リズはリズだ。彼女が何者でも関係ない。それに知らないのなら、これから知っていけばいいだけの話だ。

 無論使用人の好みを把握するのも主人としての務めだからだ。他意はない。


「さて、そろそろ仕事を再開しないとね」


 そんな風に気分が良かったのも束の間、その数日後、セドリックはどんよりとした表情を浮かべ机に突っ伏していた。その理由はーー


「今直ぐ、高熱でも出して寝込みたい……」


「またそのようなご冗談を」


「ジル、僕は本気だ」


「セドリック様、潔い事も大切です」


「いや、まだ間に合う。今から冷水を浴びれば明日の夜までには熱が上がる筈だ」


 自信満々にそう言うと、ジルはあからさまにため息を吐く。


「明日は皇帝陛下と皇太子殿下の生誕祭です。第二皇子とも有ろうお方が欠席なさるなどあり得ません」


 普段従順なジルから厳しい口調で言われたセドリックもため息を吐いた。


「分かっている。言ってみただけだから……」


 忘れていた訳ではなかったが、考えないようにしていた。所謂現実逃避だ。そして直前に迫り今更嘆いている。


 明日はジルの言った通り皇帝と皇太子の生誕祭であり、城では舞踏会が開かれる。

 いつもなら騎士団の任務で逃げられるが、流石に今回はどう言い訳を並べても見逃しては貰えないだろう。

 しかも明日を乗り切った所でこれからの時期、第一皇女、第三皇子、セドリック自身の生誕祭と続くので、正に悪夢の期間が始まるのだ。

 

 

「あ、リズさん」


「え⁉︎」


 不意にジルが彼女の名前を呼んだので、セドリックは慌てて机から身体を起こすと姿勢を正す。こんなだらし無い姿は見せられない。

 だが、執務室には相変わらずセドリックとジルの二人きりだった。


(騙された……)


「さあ、セドリック様。書類は沢山ありますので、お仕事なさって下さい」


 ジルを睨むが、諦めたようにため息を吐くとセドリックはペンを握った。

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