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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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二十八話〜理不尽な怒り〜



 イアンが戻って来ない事に、セドリックはモヤモヤとしていた。


 街へ買い出しに行くのだから、無論移動時間が掛かるのは仕方がない。

 だが朝出掛けたのにも拘らず、もう直ぐ日暮れだ。流石に時間が掛かり過ぎだろう。


 稽古場にリズが差し入れを持って現れた時は複雑だった。

 無論嬉しい気持ちはあったが、こんな男ばかりの場所に来るなど色んな意味で危険だ。


 その一方で彼女を城まで伴い、わざわざ牛乳を届けに来たというソロモンに呆れた。

 だがリズが発した次の言葉で、それは苛立ちに変わった。

 ソロモンと二人で買い出しに行くと聞いた時、妙に苛っとした。正直、買い出しなど他の者に行かせればいいものの。恐らくまたジルが余計な気を回したのだろう。それにーー


 二人で買い出しなどまるでデートのようじゃないか。


 そう思ったセドリックは、イアンを呼び適当な理由を付けて二人に同行させる事にした。

 イアンは明け透けな人間だが、セドリックは意外と気に入っている。


 社交界は腹の内が黒い人間ばかりで、うんざりしていた。

 それは騎士団でも変わらなかった。

 入団したばかりの頃は、周りはセドリックに過度に気を使ったり分かり易いおべっかを使う人間ばかりだった。だがそんな中で、イアンは違った。

 他の団員と接するのと同様に、セドリックにも接してくれた。

 正直、礼儀に欠けところはあるが悪い気はしなかった。

 そのお陰もあり、周りも少しずつセドリックを特別扱いしなくなり、今は皇子ではなく上司として仲間として皆接してくれている。

 

 そんな理由からイアンに白羽の矢を立てた。彼なら遠慮がちなリズには丁度いいと考えたのだが……人選を間違えたかも知れない。

 セドリックは、目の前の光景を見てそう思った。


 

 浮かれた様子で馬車を降りてきたイアンは「リズちゃん、今度は一緒にお茶でも行こうっす!」とほざいた。


(は……? リズちゃん、だと? レディーに向かってちゃん付けなど正気か? いやその前に、馴れ馴れし過ぎる。しかも、お茶でも行こうなど完全にデートの誘いじゃないか!)


 仲良くする事が悪い訳ではない。そもそもイアンをリズ達に同行させたのは、他ならぬセドリックだ。だが、おかしいだろう。何故この短時間で、あんな距離感になるんだ。


(リズは僕の侍女……いや屋敷の侍女だ。主人として絶対に不埒な真似はさせない)



「随分と帰りが遅かったんだな」


「隊長⁉︎ こんな所で、どうしたんすか?」


 セドリックは、軽やかな足取りで歩いて来たイアンの前に立ち塞がった。


 中々戻らないイアンに痺れを切らしたセドリックは、正門のよく見える木の影に身を潜めていた。もしエヴェリーナに見つかった場合、わざわざ帰りを待ち構えていたと思われない為だ。

 

「中々戻って来ない部下を、わざわざ出迎えに来てあげただけだけど?」


「いや〜あっちこっち店回ってたら、気付いたらこんな時間になってたんすよ。わざわざ申し訳ないっす」


 イアンは、頭を掻きながらヘラっと笑う。

 彼に嫌味は通じないと分かりながらも、つい悪態が口を突いて出る。ただやはり無意味だった。


「それで、ちゃんと任務は遂行してきたんだろうね」


「勿論、バッチリっすよ! リズちゃんも喜んでくれたっす」


 親指を立てドヤ顔をする様子に呆れる。


「それで、リズをお茶に誘ってたみたいだが?」


「そうなんすよ! 実はリズちゃんと気が合ったんで、また会いたいなぁと思って誘ったっす」


「まさか、うちの屋敷の侍女に手を出すつもりじゃないだろうね」


「隊長にとやかく言われる筋合いはないっす」


 イアンは口を尖らせそっぽを向く。

 その態度に苛っとした。


「とにかく僕の許可がない限り、うちの屋敷の侍女とお茶など行かせないから」


「もしかして、本当にリズちゃんと恋仲なんすか?」


「なっ、そんな訳ないだろう」


「そうっすよね。いくらリズちゃんが気立てが良くて美人でも、皇子の隊長と平民のリズちゃんじゃ、身分が違い過ぎるっすから」


 イアンに悪気がない事は分かっている。それに至極当然の事を言われただけだ。だが言葉に詰まってしまった。

 リズは沢山いる屋敷の使用人の一人に過ぎない。それ以上でもそれ以下でもない。

 そもそも、皇子や平民云々の前に女性は嫌いだ。嫌悪感の対象でしかない。

 

(それなのに、どうして僕は……ショックを受けているんだ)

 

「全然戻られないと思いましたら、こんな場所で二人で何をされているんですか。余り手を焼かせないで下さい」


 何か言わなくてはと口を開こうとした時、こちらに一人の青年が向かって来るのが見えた。

 茶色い短髪に細身の二十代半ばの彼は、第三部隊副隊長のクライヴ・コラスだ。

 良く言えば几帳面、悪く言えば神経質な彼からいつも小言を言われている。そしてそれは今日も然りで大変だった……。


「ごめん、今戻るよ」


「戻られないので、団員達は解散させましたよ」


「そうか。なら僕も帰ろうかな」


「ダメです、隊長は居残りです。普段、いないのですから確り働いて頂きますよ。確認して頂く書類が山程溜まってますからね」


「……」


「ははっ、隊長お疲れっす!」


 今日は早く帰って、ソロモンに日中の様子を報告させようと思っていたのに最悪だ。

 

「イアン、まさか君、このまま帰れると思っていないだろうね」


 他人事のように笑いながら先に行こうとするイアンの肩にセドリックは手を置いた。


「今日、稽古出来なかったぶん、素振り二百回終わるまで帰さないから」


 完全に八つ当たりだが、このままでは腹の虫がおさまらない。

 結局その後、セドリックが屋敷に戻ったのは真夜中だった。

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