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出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました  作者: 秘翠 ミツキ


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二十話〜グロリオサの花〜



 清々しい朝だ。

 部屋の窓を開けると、朝の日射しと共に爽やかな風が流れ込んでくる。


 一時はどうなる事かと思ったが、どうにかリズを引き止める事が出来た。その事に安堵している。


 ソロモンからリズが辞めると報告された時、思考が停止した。衝撃的な事に直面すると頭が真っ白になると聞いた事はあったが、自分とは無縁だと思っていた。

 これでも皇子故に様々な経験をしてきたので、何事にも動じない自信があったのだが……どうも最近、調子がおかしい気がする。

 

 一般的に考えれば、一介の使用人が一人辞めるだけだ。多少仕事に影響はあるだろうが何のことはない……筈だ。

 いや、訂正した方がいい。彼女は特別だ。有能過ぎるので損失は大きいだろう。

 だが理由はそれだけじゃない気がした。


 始めは本気で一ヶ月で解雇するつもりだった。なのに気付けば受け入れていた。今は彼女のいる日常が当たり前になっていて、正直いなくなるなど考えられない。

 接する機会はソロモンやミラ、他の使用人達と比べれば格段に少ないが、それでも寂しく思う。


 女嫌いの自分がこんな風に思うなんて滑稽だ。わざわざ会いに行き、引き止めようとまでして、必死過ぎるだろう……。

 しかもリズがあからさまに避けるものだから、セドリックは連日彼女に付き纏うはめになった。


(まさか僕が、女性を追い回すなんてね……)


 乾いた笑いが出る。

 まあその甲斐あって、彼女を引き止められたのだから良しとするしかない。

 ただこの事は極秘にしなくてはならない。特にアルバートに知られでもしたら、揶揄わられる事は目に見えている。

 更に騎士団で噂になれば、あのザッカリーが黙っている筈がない。嬉々として揶揄いにくるだろう。おまけに部下達からも何を言われるか分かったものではない。


「とにかく使用人達には口止めをして……ん? は、なんで⁉︎」


 セドリックは、何となしに見た棚の上に置かれた花瓶を掴み叫び声を上げた。





「リズさん、辞職を撤回されて良かったですね」


 仕事を始めようとするもショックが大きく手に付かず、セドリックは窓辺に佇む。


「そうだね……」


 目の前に置かれているしおれた花のようにセドリックも肩を落とし、ジルへ生返事しか出来ない。


「そちらは、剣術大会で賜ったお花でしたね」


「うん、でももうしおれてる……」


「左様ですね。すっかり元気がございませんね」


 剣術大会の優勝者には黄金のグロリオサの冠が授与され、準優勝者には生花のグロリオサが渡される。

 余談だが、毎年優勝している団長の屋敷には当然冠が沢山ある。それをエントランスに飾り来訪者に見せびらかしては武勇伝を語っているのだ。そしてセドリックもまた何度も被害に遭っている……。


 話は戻るが、このグロリオサの花はリズにあげようと思っていた。

 毎日、執務室へ生けている花の礼だ。

 まあ厳密には花を分けて貰っているのはソロモンなのが、そこはどうでもいい。

 それに以前、出掛け際に花を貰った事がある。あれは完全にセドリックにくれたものだ。

 なので、この名誉の証でもある花を彼女に贈ろうと思っていたのだが……しおれてしまった。


 本当は大会後直ぐに渡そうと思ったが、ソロモン達もいてタイミングが掴めず、その日は断念し翌日に渡すつもりだった。

 だが翌日はリズが辞職を申し出たのでそれどころではなくなり、そのまま花の存在を失念していた。


「リズにあげようと思ったのに……」


「私にですか?」


「リズ⁉︎ いつの間に……」


 振り返るとそこにはリズが立っていた。ジルへ視線をやれば苦笑される。

 花に気を取られ全く気づかなかった……。


「えっと、うん。ほらいつもエントランスとか色んな場所に花を飾ってくれているし、勿論執務室にもさ。毎日、そのお陰で癒されているというか。だからそのお礼であげるつもりだったんだけど、しおれちゃったから……」


 動揺して自分でも何を言っているのか分からない。きっとリズは呆れているだろう。まあ彼女は有能なので顔には出さないとは思うが……。

 セドリックは後ろ手に、しおれた花を隠す。


「失礼致します。これは、グロリオサのお花ですね」


「‼︎」


 何を思ったか近付いて来たリズは、セドリックの背後を覗き込んだ。

 予想外の事に、セドリックはそのまま固まった。


「剣術大会で賜ったものですよね」


「うん」


「そのような大切なお花を、私などが頂いても宜しいのですか?」


「それは、勿論。リズにあげたかったから……でも」


「それでしたら、遠慮なく頂戴致します」


「いや、でも、もうしおれてるから」


「構いません」


「……それなら」


「ありがとうございます」


 優しい圧に負けて、花瓶から花を取り出すとリズへと差し出した。すると彼女は嬉しそうに受ける。

 花は渡せたが、なんとも情けない贈り方になってしまった。本当は「来年は必ず優勝してみせるから、リズにまた応援に来て欲しい」くらい言うつもりだった……。


「そういえばセドリック様、昨夜お借りしました上着なのですが、お返しする前に洗濯の許可を頂こうと思いまして。宜しいですか?」


「失礼します、遅くなりましーー」


 不意に投げられたリズの言葉にジルは目を見張り、こちらを食い入るように視線を向ける。

 更にタイミングよく執務室に入ってきたソロモンにもばっちり聞かれてしまい、部屋の空気は凍りついた。

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