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4-08 『誰がチートを殺したの』

飛鳥馬巡あすまめぐるは異世界に召喚された存在である。彼は、自分の持っている知識を使い、その世界の魔法を技術として確立し、繁栄をもたらした。

そんな彼の前に、一人の少女が現れる。彼女は自らを『死神』と名乗り、今すぐにすべての力を捨て、平凡に生きろと告げた。


「その力はあなたを不幸にするだけ」


その言葉に巡は反発し、己の能力で世界を善いものへと変えようとあらゆる手を尽くす。

そんな巡の努力と善意を、死神の少女は静かに見つめ続ける。

彼が『終わる』時まで。

 初めて、自分を意識した時、痛みがあった。

 よく晴れた日のことで、幼い僕は乳母に手を引かれて、屋敷の庭園を散歩していた。


「い……いた……っ」


 駆け寄ってくる乳母が、しきりに僕をゆすぶって、繰り返し繰り返し、大丈夫かと聞いていた。

 それでも、痛みはどんどん、胸の奥から全体に広がって。

 こらえきれないほどの激痛が、頭のてっぺんから、足のつま先までを貫いていく。


「いたいいたいいたいやめてやめてやめてやめてやめて!」


 何かがこみあげて、僕の内側から、何かが――。


「ぼっちゃま!」


 その瞬間、僕は叫んだ。

 いや叫んだ、と思う。

 絶叫を聞きつけて、家中の者が先を争うように集まり、普段なら育児など見向きもしない父上さえ、血相を変えて飛んできたっけ。


「……うぇ?」


 痛みは、消えていた。

 それどころか、頭にかかった靄のようなものが、すっかり消えていた。

 僕は周囲を見回し、それから自分の服装や手の小ささを見て、唐突に理解した。


「……異世界、転生……ってやつか?」


 その日、地球生まれの日本育ち、まじめさだけが取り柄のサラリーマン。

 飛鳥馬巡あすまめぐるは、魔法文明華やかな国の地方領主、エンゾ家の三男、フリッカに生まれ変わっていた。



 エンゾ家は一応、貴族という位置づけだったけど、狭い領土のほとんどは山ばかり。

 耕作できる土地もほとんどなく、季節ごとの果樹が唯一の外貨獲得手段だった。

 こういう転生ものでは、権力や家名を広めるため、息子や娘につらく当たる両親が定番だけど、エンゾ家の人々はそういう野望とは無縁だった。


「坊ちゃま、姉君あねぎみからお荷物が届いております」


 この世界に転生して二年後。

 僕は六歳になり、その活動場所を父親の書斎に定めていた。

 上の兄貴たちは剣や遠乗りに夢中、本を読むのは兄弟の中で僕だけだった。


「ありがと。あとで、ねえさんにもお礼状を出さないとね」


 少し前に嫁いでいった姉は、僕が本に興味を持つことを喜んでいた。まあ、あっちはロマンス小説とか、悲恋の戯曲が守備範囲で、長々と創作談議に付き合わされるのがつらかったけど。

 おかげで、こんな田舎でも都会で発行された様々な本を、入手することができる。


「えーっと、なになに……『火が族の質料は主に高峰の地下にあり、大地の根を求めたる先にあるがゆえ、使用する方陣は次のとおりである』……か」


 自分が今取り組んでいるのは、いわゆる魔法の研究だ。

 この世界には、いかにもファンタジー世界らしく、そういう不思議な力があった。

 だが、その魔法と言うのが、かなりの問題だった。



『大地とは原初の力の源であり、高峰の根には万物の祖たるエンマイムを用い、あらゆる自然の理を左右する』


『世界の真は天空にあり。風と雲、そしてその凝集たる水こそ、万物を生む。死したる大地に生命を与え、その循環を知ることを魔法と呼びならわし』


『エギルなりしフォーブたる、ミーアバーラ。北辰より振る夜の神秘。おお、その光輝こそ、マイスナーの神髄にて』



 僕は、頭を抱えて、絶叫した。


「なんで! みんな! 言ってることがバラバラなんだよっ!」


 確かに、この世界には魔法がある。この館にも、ちょっとした手品みたいな術を操れる賢者、というか領地経営のコンサルタントみたいなやつがいる。

 でも、その根幹にある『魔法理論』は、魔法使いごとにバラバラ。勝手な印象で世の中の法則を語っているだけだった。

 その上、この世界における魔法は、ある程度の筋道が立っていいれば、誰でも成立させられるらしい。


「やっぱり、僕がやらないとダメか」


 理論構築と検証。その繰り返しで、最も効率のいい『魔法』の運用法を探る。

 要するに、魔法版の『大統一理論』を創ろうという計画だ。


「なんか、いよいよ異世界転生ものっぽくなってきたな」


 そして僕は、一枚の羊皮紙を取り出し、ペンで文字を書き記す。

 この世界における、完全な魔法理論を生み出すために。

 その、理論の名前は――


根源魔法論アルス・マグナ



 それから僕は、自分の理論を立証するために、研究に没頭した。

 最初は宮廷魔術師のキリフリィに教わっていたけど、一年も経たずに彼は両手を上げて降参した。


「坊ちゃまのようなことを考えるのは、魔法を使う者でもかなり珍しいと存じます」

「自分の力が強くなるのは、いいことでしょ?」

「その研究に、見合う実益が望めるとは限りませんので。かくいう私も十年ほど、研究に取り組みましたが……」


 僕は頼み込んで、キリフリィの『研究の残骸』を貰い、理論構築に使わせてもらった。

 そのおかげか、僕自身の研究はどんどん進んだ。

 まず、世界の根源は、おそらく素粒子に近いものであるということが分かった。

 この世界における魔法は、気象の変更や土地の改良にも使える。

 つまり、四大精霊や五行説みたいな『現実にある物質』で、世界の成り行きや構成要素を説明できないということだ。

 

「デモクリトスの原子論、いや、ストア派のロゴスとか、そっちから持ってきた方がいいかもだな」


 実は、ここに転生してくる前、大学ではギリシア哲学を軸に、オカルトの勉強をしてたことがあったんだよな。

 用語はそこから借りてくるとして、次にするべきは――


「諸国を漫遊して、魔法の修行をしてきたい、だと?」


 その日、謁見の間で領民の話を聞いていた父親の前に、僕は嘆願者として現れた。


「ならぬ。お前もそろそろ宮中行儀と、武芸の師範を付けようと思っていたところだ」


 それはそうだよな。いくら三男とはいえ、自分も貴族の子だ。

 子供の遊びということで見過ごしてくれた魔法の勉強も、最近ではそれとなく、止めるように言われている。

 

「そもそも、そんな遊歴を許せるほど、我が国には余裕がないのだ」

「でしたら僕は、冒険者になります」


 僕の言葉は、温和なことで知られる父親に、思いもよらない怒り顔をさせることになった。


「お前は、我が家名に泥と恥を塗りたくるつもりか!? あのようなろくでなしどもに交じって、遺跡漁りや魔物退治に明け暮れると!?」

「僕の目的は、この世にある魔法魔術の収集です。あくまで、冒険者は路銀稼ぎの」

「この話はこれで終わりだ! 以後、魔法魔術の研究をすることは許さぬと思え!」


 この世界での冒険者は、傭兵とやくざと不審者を合わせたような連中、というイメージらしい。冒険者ギルドみたいな組織は無く、大抵は鼻つまみ者の扱いだ。

 僕は黙って一礼し、父親の元から去る。

 その晩、僕は住み慣れた貴族の館を後にして、魔法の修行に旅立った。



 晴れて冒険者になった僕は、いろいろな国を回った。

 その途中で仲間が増え、時には国家規模の陰謀を解決したこともあった。


「あのさぁフリック」


 それは、脂とすすで薄汚れた、石造りの酒場でのこと。

 僕の最初の協力者にして、フリック流魔方術の一番弟子。エルフのモーディアは、手にしたエールのジョッキをこっちに突き付けた。


「仕事の報酬に、魔法の呪文とか魔術書を選ぶの、いい加減にやめない?」

「なんども言わせないでくれ、我が弟子よ。僕にとって一番大事なのは、根源魔法論アルス・マグナを確立することだって、わかってるでしょ?」

「でもさあ、今のあんたも私も、ふつーの魔法使いより、めちゃくちゃ強いじゃない」


 この子とは、世間で言う俗説『エルフには優れた魔法の知識がある』というのを検証するために、彼女たちの里に行った時に知り合った。

 そこで分かったのは『噂は所詮噂』ということ。

 森での暮らしに嫌気がさしていた彼女は、僕の冒険に付き合うという名目で、ここまで旅をしてきた。

 冒険の間、彼女には僕の築き上げてきた魔法の理論を教え、その結果、とんでもない効率で、威力も桁違いの魔法を、自在に操れるようになっていた。


「これ以上、なにを望むって言うの? あたしたちの魔法をどっかの国に売り込めば、それだけで、ものすごいお金になるよ?」


 僕の理論は、世間に出回っている魔法とは一線を画している。

 その中で、最も重要なのは『他人に教えやすい』ということだ。

 体系化した理論と、個人の主観を入れない指導法。実際、ごく簡単な治癒や防御の魔法を、村人たちや、衛兵に伝授することもある。


「そのことなんだけど、モーディア」

「なに?」

「僕、冒険者辞めようかと思ってるんだ」


 そこから一悶着あり、僕は必死に彼女をなだめすかそうとした。

 元々、冒険者は単なる路銀稼ぎの一環でしかなく、根源魔法論アルス・マグナの研究が最優先だ。

 でも、彼女は頑固に、嫌だという返事を繰り返した。


「あたし、フリックと離れたくない。だって、一番弟子なんだよ」


 僕は少し考えて、それから提案を告げた。


「なら、僕の次の計画に参加してくれないか」

「つぎのけいかく?」

「魔法学校を、創ろうと思うんだ」



 彼女に冒険者を辞めると告げた、その夜。

 僕は日記帳に、今日の出来事と思いついた魔法理論の構想を、書き連ねていた。


「……?」


 僕の私室は、ベッドが一つと書き物机が一つが収まる程度の狭いものだ。

 当然、ここには僕一人しかいない、はず。


「誰ですか」


 それは明り取りの窓から差す、月光に照らされて、白く浮き立っていた。

 まるで存在感のない、青白い少女。

 彼女は僕に向けて、告げた。


「今すぐあなたの力を捨てて。普通の人間として、生きて死になさい」


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