4-05 お嬢様JKと不死身男の探索日記 ーどんなに危なくても、必ず生きて帰りますわ!ー
神薙心は何処にでもいる普通の女子高生。そう、学校の見送りにリムジンが来たり、長期休暇には必ずどこかの国へ旅行しているけれど、抹茶が大好きな至って普通の女子高生! そんな彼女がある日出会ったのは、死ぬことができない胡散臭い男。
「何かを探している? べつにお手伝いいたしますが、そもそもここは何処なんですの!」
謎の空間で男の失せ物を探す、お嬢様JKと不死身男の探索日記。
「……ところで今回は小さい子を探しに? ふぅん、あなたロリコンでしたのね」
少女は、 暗闇の中で一人泣いていた。
「おかーさん、おとーさん。どこに、ひぐっ……いるのぉ」
何度両親を呼んでも声は帰ってこない。静かで真っ暗な空間を、歩き続けた彼女はついに、ペタリと座りこんでしまった。
「ぅう……ぐすっ……」
いつになったらここを抜けだせるのだろう。
「ママぁ、パパぁ」
――小学校に行くんだから、お母さん、お父さんと呼ぶのよ。
両親とそんな約束をしたことも忘れて、虚空へ呼びかける。やっぱり返事は帰ってこない。
「ぅ……だれか、だれかぁ……」
どうしよう、もう帰れないのかな。そんな絶望感がじんわりと小さな胸に広がっていった時、何処からともなく叫び声が聞こえてきた。
「どぅわぁぁぁあああああ! なんですの、なんですのあれ!」
「いいから嬢ちゃん走れ、走れ! 追いつかれるで!」
もう、ものすごい勢いで走ってくる。
一人は女の子。レースがたっぷりあしらわれたお洋服に、ウェーブが買った豊かな黒い髪の毛。お人形さんみたいなお姉さんだな、と少女は思った。もう一人は男の人。アロハシャツにぶかぶかのズボン。目元はサングラスで遮られていて、表情があまり読み取れない。あんまり近づいちゃいけない人かもしれない、と少女は少し身体を強張らせる。
ドドド……と彼らが走って来たかと思うと、「あっいましたわ! いましたわよ、よっちゃん! 止まって!」という声と共にお姉さんが少女の前に立ち止まり、息を整える。
「はぁ……はぁ……! こんにちは! わたくしは神薙 心っていいますのよ。あっちのお兄さんは、田丸 貞良。あなたを探していたのです! お名前、教えていただけますか?」
たくさん言われても、何が何だかわからない。だが、にっこりと笑ってこちらに手を差し伸べてくれた心に、少女は手を伸ばし、なんとか答えた。
「あゆっていいます。おねえさん、あゆをさがしにきてくれたの?」
「ええもちろん! あなたのお父様とお母様も大変心配していましたよ。さぁ、一緒に帰りましょう」
そう言うと、心はあゆの小さな手を取る。ママとパパに会える、と思うとあゆの目から再び涙が流れ始めた。
「う、うわぁあああああああああん! 怖かった、怖かったよぉ!」
「そうですわよね。真っ暗ですし、怖かったでしょう。よく頑張りましたわ、あゆちゃん」
心に抱かれ、背中をさすられ、安心しきってどんどん涙があふれて止まらない。良かった、これで帰れるんだ。
そういえばもう一人のお兄さん、よっちゃんって人はどうしたんだろう、とあゆは気になって顔を上げる。そこには、にぃと笑った貞良が立っていた。
「ぴっ!?」
「おうおう、嬢ちゃんがちんまい嬢ちゃん泣かせとるわ」
「よっちゃんが泣かせてるんですのよ……。小さい子を怖がらせないでください」
背後を睨む心へ、貞良はあからさまに驚いた表情を作って答える。
「ええ!? こんなに親切なお兄さんやのに!? こんなに人畜無害なんに!?」
「あなた、人畜無害という言葉の意味を辞書で引いたほうがいいですわよ。いえ、確かに人相以外は人畜無害ですけれど」
心は相変わらずおびえているあゆの頭を撫でながら、貞良とその背後を確認する。まだ音は聞こえないが、油断しないに越したことはないだろう。
「よよよ……悲し……。しゃーなし、嬢ちゃんズを抱えて逃げたろかな、思ってたけど、もう一人で逃げたろ」
「嘘ですよっちゃんかっこいいお願いわたくし達を連れてって!」
さすがにここに置いていかれては困る、と急いで貞良の機嫌を取る心。貞良はそんな心の様子を面白がって笑っていた。
「ふはっ! 冗談、冗談。さ、急いで逃げんで」
「ええ、よろしくお願いいたします。そうしたらあゆちゃん、よっちゃんの左側に立っていてくださる? あときちんと口は、手でふさいでおいてくださいましね」
「う、うん」
離れていく心の体温を名残惜しく感じながらも、あゆは言われた通りに口を抑え、貞良の左側に立つ。心はその様子を確認すると、自身は貞良の右側に立った。
「そんじゃいくでぇ」
そうして、貞良はあゆと心をひょいとわきに抱え、全速力で駆け出した。あゆは貞良が駆け出した瞬間、ぎゅっと目を閉じる。すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
――おまえんちかねもちだもんなーいいよなー。
――あゆちゃん、おとうさん迎えに来てるよ。
――愛夢、塾行くわよ。早く準備しなさい。
一番仲のいいお友達の声、いっつもからかってくる男の子の声、お母さんの声。他にも聞き取れないが、多くの声が響いている。
どれも、あまり好きな声ではなかった。
家がお金持ち、というのはよくわからない。別にみんなと同じような生活を送っているだけだから、普通に接してくれればいいのに。
パパが来ているのは、家が遠いから。本当はお友達がたくさんいる、近所の学校に行きたかった。でもお仕事の都合なんだって。
塾にだって行きたくない。本当は学校に放課後遅くまで残って、みんなと一緒に遊んでみたかった。
ここを出て家に帰ったら、またあの毎日が続くのだろうか。だとしたらちょっと嫌だなぁ。そんなことを思った時、ふっと体が軽くなり、どさりという音とともに地面にぶつかる。
「あいたっ! 何するんですのよっちゃ……ん」
心が抗議の声を上げて運搬主を見れば、貞良の胸から上がなくなり、断面から毒々しい赤色を晒して倒れていた。
「え?」
「やばっですわ、もうっ」
「おねえさん。あの、あの人! ああああああ!」
「大丈夫、大丈夫ですわよ! あの人、結構頑丈なんですの。ひとまずわたくし達だけでも逃げなければ!」
大丈夫な訳がない。まだ幼いあゆにだって、さすがに貞良がもう助からない状態であることは分かる。どうしよう、あゆもああなるの? こわい。やっぱりお家に帰れないんだ。
「だいっじょうぶ! ですわ!」
心は錯乱しているあゆの両頬を、ぎゅっと抑える。そしてじっと瞳を覗き込んだ。
「大丈夫ですわ。わたくし達がついています。よっちゃんはあとでちゃんと会えますし、あなたはきちんとお家に帰します。信じて」
「う、うん……!」
「よしっいい子ですわ。ではわたくしの背中に乗ってくださいませ!」
本当はもう二度と会えないのだろう。でもお姉さんが励ましてくれている。あゆは震える足を何とか動かして、心の背中におぶさる。
「では、出口まで全速力で行きますわよ!」
そういって心は走り出した。貞良ほどの速度はないが、時に身をかがめながら、左右に蛇行しながら走っていく。そうしているうちに、あゆは気づく。
何か、追いかけてきている?
「お、おねえさん。もしかしてなにかおっかけてきてる?」
「あら、あゆちゃんにも聞こえますの? 姿は見えますか?」
「ううん。なんにもみえない」
「そうですか。まぁ見えない方が幸せですわ」
心は微笑みながらあゆの質問に答えていく。
「先ほどからわたくし達は迷禍というモノから逃げております。ありていに言えばモンスターですわね。捕まったらさっきのよっちゃんのようになってしまいますわよ」
「だ、だいじょうぶなの?」
「普通であれば大丈夫ではありませんが、よっちゃんであれば大丈夫ですわ。わたくしも、多少は動けます。つまり大丈夫ということですわ。安心してくださいましね」
そう言うと、立ち止まった。
「と言いましたが。正直今はピンチもピンチ、大ピンチです。なのであゆちゃん、1つお聞かせくださいませ」
「? なあに?」
「あなたの目に、なにか見えておりませんこと? 光とか。ドアとか」
え、とあゆが視線を彷徨わせると、ちかちかと明滅しているドアが1つ、前の方にポツンと立っていた。見覚えのあるものに興奮して、あゆは指さしながら声を張り上げる。
「こっち! こっちにあゆのへやのドアある!」
「ありがとうございますっ! もう少しだけお付き合いくださいね、あゆちゃん!」
そう言うと心はドアに向かって駆け寄り、バンッと蹴破って中に入る。そして急いでドアへ駆け寄り、閉じた。
「っは~~~~~~! いったん任務完了ですわ!」
「かえって……きた?」
ずるずると壁に背を預けて座り込む心をよそに、あゆは窓を見る。空には綺麗な満月が浮いていて、見える街並みもいつも通りのもの。近くに通っている小学校がみえて、遠くには友達たちが良く遊んでいる公園があって。
「おうち、おうちだ!」
ベッドに置いてあった兎のぬいぐるみをかかえ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。と、その音を聞きつけた誰かがドアを開けて部屋に入ってきた。
「愛夢!? 愛夢帰ってきてるの!?」
「ママ!」
女性は転がり込むように入ってくると、あゆを抱きしめる。あゆも、母親の首に精一杯腕を伸ばし、にこやかに笑っていた。
そんな様子を、心は一歩引いた場所で見ている。
「いい風景ですわねえ」
「せやなぁ」
そんな声が聞こえて心が横を見れば、そこには、上半身裸になった貞良がいつの間にか立っている。
「変態じゃないですの」
「そないなこと言わんでもええやんか。必死に再生してきたんに」
心はそんな様子にはぁと、大げさに溜息をつき、あゆの母に向かって1つお願いをすることにした。
「お母様すみません、この人にシャツでもを貸していただけませんか? このままですと、ただの変質者ですので」





