4-04 白紙の本を黒く染めて
始まりはたった一冊の本だった。それも飛び切り変な白紙の本。
何もないから書き込んで、ファンタジーが現実になってしまった少年と少女の物語。
「なんだコレ」
表紙はただの白紙で、題名も、作者名も、背表紙もない。乱雑に貼られた値札が辛うじて売り物であり「本」であることを証明しているだけの紙束、そんな印象を受けるのも仕方ない。
ページをいくらめくっても文字の気配すら感じない。
本屋の棚の隅に置かれていたそれを手に取り、直接確認した感想がそれだった。
「何それ、変な本だねー」
振り返ると幼なじみの美月が、僕の手の中にある本?を不思議そうに見つめていた。
「さっきこの棚で見つけた。けど……文庫の列に混じってたのに完全にまっさら。もしかしたらノートとかかも」
「へぇ、じゃあ私たちで書き込んじゃおうよ!」
「その心は?」
「せっかく物語が書かれて棚に置いてあったなら、この本も同じにしたいじゃん?」
「いいね。近くのファミレスでいいよね」
「オッケー!」
さっさとレジを通して、自然と足が速くなりつつも小気味よい入店音も置いてけぼりに二人で席へと着く。
白紙のままの本を広げ、ペンを構えて美月に問いかける。
「どんな話にする?」
「ラブコメとか──」
「僕は恋愛とか分かんないんだけど」
「じゃあファンタジー!」
「地球舞台にしようよ、想像しやすいし」
「ナイスアイデア! 勇者とかモンスターも入れようよ!」
「じゃあ、現実と異世界が繋がる感じとか?」
「いいね! 定番だと世界を繋げる場所……例えば空間の裂け目とかあったり? あとは……」
一度話し出すと止まらなかった。
美月がどうするか決めながら、僕も思いついたことをそのまま出してまとめていく。
僕が「火を操る能力」を考えれば、美月は「突然モンスターが溢れた」と付け足していく。
──もちろん、あんなことになるとも知らずに。
翌日、いつも通りの朝……とはならなかった。
姉である待雪が、彼女が料理をしながらテレビを指さす。
「ねね、環。あれ見てよ」
「どうしたんだよ姉さん」
「なーんかいろんな場所であんなのが出てきてるんだってさ」
画面には、空中に走ったひび割れのような亀裂が映し出されていた。レポーターが触ろうとするも触れられず、すり抜ける様子が映されていた。
『本日未明、都内数カ所で原因不明の空間の亀裂が発生しました。映像をご覧ください──』
レポーターだけでなく、専門家にも指示を仰ぐも「原因不明」としか返ってきていない、といった役に立つのか立たないのか分からない情報だけを流す番組をBGMにして、気を紛らわせる。
「何あれ」
「私も分かんない」
「だよね」
なんて普通の会話。
食べ終わり会話もそこそこに自室へ。
ついでに美月へと電話。
1コール、2コール、3コール……いつまで経っても繋がらない。
「繋がらないなー」
独り言を呟きながら電話を仕舞う。
話題はなんと言ってもさっきテレビで見た亀裂についてだった。彼女は特段ファンタジーが好きなわけでは無いが、電話をかけて話す理由にはなると思ったから。
一旦置いておいて、学校の準備を始める。
手をカバンに突っ込み整理していると、指に慣れないざらついた何かが触れる。
不思議に思い引き上げると……あの白紙の本が。
表紙をめくると、美月とともに書き込んだファンタジーな物語がズラッと並ぶ。
異世界と繋がった地球にモンスターが溢れたところで、主人公の能力が覚醒して成長していく。そんなありきたりなサクセスストーリー。
パラ、パラ、とページを進める。
「……ん?」
見覚えのある言葉。それもついさっき。
「……「裂け目」……「亀裂」」
いやいや、まさか。なんて思うことは簡単だった。
なんとなく連想してしまった嫌な予想を頭を振って追い出す。
もしかしたらただの未知な物理現象かもしれないし、そうでなくとも原因が究明されていないだけかもしれない。
だから
さすがに自惚れ過ぎだろう。
この本に書き込んだ事が原因であの裂け目が生まれた、だなんて。
いや、むしろそうじゃなかったら良いのに。
他人事のように思う。だってもしこの本のせいでそうなっているなら──
「はー、やめやめ。考えたって分かるわけないんだし」
考えるのを放棄した。
あり得ない可能性を考えるくらいなら今日の朝食のメニューを想像したほうが有意義だ、と無理やりにでも自分を納得させながら。
リビングへ再び降りると既に姉さんが、テレビを観ながら食パンにかぶり付いていた。
テレビではニュース番組で世論を案じていたり、天気予報があったり。
「ウチの市にもできたらしいよ、あの亀裂」
「……え」
なんてことの無いように姉さんは呟く。
何かわからないものができたことには気味が悪いと思いつつも、朝食を取り始める。
すると何やらニュースが突如終わり、緊急の速報がへと切り替わった。
場所も人もさっきの亀裂特集の繰り返しかのよう。唯一の違いは、亀裂が光っていたことだ。
『ただいま未明に現れた空間の亀裂の前に来ております! どうやら動きがあったようです! 見えますでしょうか、数分前から突然光が漏れ出すように開いていき……何かが出てきています! あれは、熊、でしょうか? いえ、熊はあんな姿ではないような……ひとまずここは危険なので一旦退避を──』
逃げようと促したリポーターの背後には明らかに熊ではない「異形」が一瞬映り、口から出した光線を横薙ぎにはらった、ように見えた。
カメラが壊れたのか何も映さなくなった画面と決して間違いではないであろう推測に、思わず吐きそうになる。
姉さんの方を見ると、まだ受け止めきれていないようで呆然としていた。
「ねえ、姉さん……これ……」
「──ッ! 避難する準備! 今すぐに!!」
僕の腕を強引に引いたその手は震え、目は恐怖に揺れているように感じた。
手早く避難の準備を進めていく中で、改めて例の本を手に取った。
まだ昨日の白い本に色々と書き込んだ記憶が蘇ってくる。
ファンタジーと繋がってしまう世界、美月が楽しそうに提案した「モンスターが溢れる描写」、そして僕が書き込んだ「火を操る能力」なんてものに覚醒した人間。
この本が原因だなんて思いたくなかった。初めて、超能力なんて覚醒しなきゃいいと思った。
今までどれだけ異世界に行けたらいいのに、と考えただろう。しかし今回に限っては、もしも本当に書いている通りの事が起こってしまえば言い逃れが出来なくなってしまう。
どうか出てこないでくれ、と心の底から祈りながら。
ボウッと、何もない場所から。指先から小さな火花と火種が生まれる。火が灯る。
「……認めたくなかったなぁ」
いつもなら喜んで面白おかしく美談にしていたのだろうか。
けど、今は違う。
──僕のせいだ。
──僕がこの本を見つけてしまったから
──僕がこの本に書き込んでしまったから
そうじゃないと喚き散らしたかった。
しかしこの指先の灯火が僕に告げていた。
お前のせいだ、と。
これから異形によって多くの命が奪われるのだろう。
逃げたい、知らないふりをしたい。
そんな恐怖も後悔も、全てを飲み込みながら、決意する。
決して揺るがないように。これから起こることは、全て僕が原因だと忘れてしまわぬように。
「僕が、この事態を何とかしてみせる」
それがこれを引き起こした僕の責任だから。





