4-21 探偵と、魔法少女と、腐れ縁
縦ストライプの黒スーツに赤いシャツ。黒いツバ付き帽子でクールにキメる私立探偵、久能修作は行方不明になった妹の「飛鳥」を捜していた。
一方、魔法の国から逃げ出した兄を捜しにこの世界にやってきたルリカは、訳あって魔法少女をやっていた。
この世界、少女の姿だと何かと面倒になると知った強か系魔法少女と、カッコつけだがヘタレなアラサー私立探偵。お互いの利益がかみ合った時、奇妙な協力関係が始まった。
駅前から伸びる歓楽街の片隅。ラーメン屋と串カツ屋の間の路地に二人の男が入ってきた。店と店の間は狭く、脂のニオイがこもっている。
チャラついたアロハシャツに茶髪ロンゲのチンピラが裏路地を肩を揺らしながら奥に入っていく。
「最近この辺りをうろうろしてるアヤシいヤツってのは、おめぇか」
ついて来る人物にイキり顔で振り返った。
「何をコソコソしてんのかわかんねーが、そういうことされるとウチの組も黙っちゃいられねえのよ、わかるぅ?」
「えーと」
ついて来た男は黒のつば付き帽子からはみ出したボサボサ頭をちょちょいと掻くと、困ったような声を返した。
「“組”とかさあ、そういうこと言っちゃうと捕まっちゃうぞ。知ってるよね、暴対法」
シャガレ気味だが不思議と不快にならない声。
こんな“かすれ声”のお笑い芸人が居たな――チンピラは先ほど声をかけてきた相手をあらためて見やった。
細く白い縦ストライプが入った黒スーツの上下に、真っ赤なシャツ。白のネクタイ姿。確かに「アヤシイ奴」だ。
そのアヤシイ奴――中肉中背、年のころはオッサン手前のぎりぎりお兄さんかも? くらいの男が帽子のつばを持ち上げた。浅黒く、鼻筋が通っている濃い顔が現れる。絶妙にイケメンではない。
「俺はまあ、あんたが捕まろうがどうでもいいんだけどな。知ってることを教えてくれりゃ、それでいい」
「もらえるもんはもらえるんだろうな」
「ネタ次第だね」
「へへ……で、お前、名前は?」
「久能。久能修作だ。アンタは?」
「金田。お前、えらく素直だな」
「やましい事はしてないもんで」
スーツの内ポケットから名刺を取り出す。
「探偵は信頼、信用が命なんでね」
『久能 私立探偵事務所』
思わず名刺を受け取ったチンピラ金田がふと、何かに気づいたように久能の肩越しへ視線を向けた。
「ところでよぉ」
金田がチラチラと久能の背後に目をやる。
「後ろの、お前の関係か?」
「違う……というか、まあ、その……気にすんな」
振り返りもしない久能。
「俺のようなヤツが言うのもなんだが……こんな時間のこんなとこに、子どもを連れてくんなよ」
久能の背後に女の子が立っていた。
見た目は小学校高学年くらいか。半袖のキャラTシャツにミニスカート姿だが、パッと目を引くかわいらしさ。薄暗い路地裏がそこだけ華やかに映える美少女だ。
ポニーテールを大きめのリボンの髪飾りで留めており、彼女の肩越しからはウサギだろうか――長い耳がぴょこんと見えている。大きなぬいぐるみ型のリュックを背負っていた。
金田の視線に気づいたのか、怯えたように後退りする。
「お前が噂の『子連れ探偵』ってやつか」
「名前が知られるのは悪くないね。で、俺が子持ちに見えるか?」
「見えねえな」
こんなストライプの黒スーツに赤シャツ姿の濃い男が、あんな美少女の親であるものか。
「さて金田さん、ご質問は以上かな? 信頼、信用の久能修作としてご満足いただけましたかね?」
「いいぜ」
久能は内ポケットから一枚の写真を取り出した。
「この女の子を知らんか?」
そこには一人の少女が写っていた。
中学生くらいだろうか。制服姿で満面の笑みを浮かべている。撮影者を心底信頼した屈託のない、弾けるような笑顔だ。
「名前は……飛鳥」
「人捜しかい? めちゃくちゃカワイイな!」
金田が下卑た表情を見せる。
「おい、後ろのガキんちょ。お前の姉ちゃんか?」
久能の肩越しに大声で話しかける金田。
「……ちがうよ……」
少女は見るからに怯えている。思わず応えた声は見た目どおりに可愛らしい。
「ルリカは関係ない。そんなことより、この子に見覚えないか?」
「さあ、どうだったかなあ」
情報料でひとしきりヤイヤイとやりあう二人の男。ルリカと呼ばれた少女は彼らに背を向けてあくびをすると、肩口から伸びるウサ耳を暇そうに弄り始めた。
「これで手を打ってやるよ」
金田が3枚の紙幣をひらひらさせた。
「情報は?」
「見覚えあったかなあ。ひょっとしたら風呂に沈めた女の中にいたかもしれねぇな」
「な……んだと?」
久能の目の色が変わった。
「え、風呂に沈めたの?」
ルリカの顔色も変わった。
「ひどい! 殺しちゃったの!?」
「ルリカ、向こう行ってろ!」
クールを気取っていた久能が、人が変わったように金田に掴みかかった。
「この野郎ッ、このまま済むと思うんじゃねえぞッッ!!」
瞬間、久能は胸板を蹴り転がされた。
「ッ痛ぅ……いいキックするじゃねえか」
「なんだよ、弱っちぃじゃねぇの」
金田はそのまま背中を蹴り始める。
「まったく。そんなカッコしてるからビビったぜ。見かけ倒し野郎め!」
金田が自分から目を離した隙に、ルリカはその場から逃げ出した。路地の角を曲がると立ち止まる。
「ピルル! いくよ!」
背中のウサギのリュックが、ポヒュンという音とともにクルリと回転してルリカの頭の上に乗っかった。
耳の長いウサギもどきのモフモフな姿だ。
「まったく……ルリカもお人好しやねんから」
おまけに人語まで話す。
「コッチの世界は魔素が少ないんやから、こないやって貯めた端から魔法つこてたら、いつまで経ってもチンチクリンのまんまやで」
可愛らしいぬいぐるみの姿と声だが訛りがキツい。
「仕方ないじゃない。こっちの世界でこの姿だとあいつが居ないと何かと面倒なんだから」
ルリカはそう言うとポニーテールを結んだリボンをほどいた。
「りるるる ろりるる ぴるえっと!」
ルリカが呪文を唱えると、ほどいたリボンが光の粒になって弾けた。それはルリカの服が透き通り始めると同時に七色の光のシャワーとなって彼女の姿を覆う。
「ぴるるる みらくる どれっさー!」
光が集まるとルリカの身体に合うように次々とドレスのパーツを形づくっていく。波打つロングヘアに輝くリボンがクルリと巻き付くと、再びポニーテールとなった。
ウサギもどきのぬいぐるみのようなピルルの姿も虹の光となってルリカの手に宿ると、魔法のステッキに変化する。
光の奔流が収まるとラーメン屋の路地裏に一人の魔法少女が立っていた。ピンクのフリルドレスが特徴的な、なんともかわいらしい姿だ。
「なんで、こんな恥ずかしい呪文で変身しないといけないのよ!」
「そりゃお前さんの兄ちゃんがウチをそう設定してプレゼントしたからやん」
魔法のステッキになったピルルがもう何度目になるかわからない愚痴の相手をする。
「あのダメ兄貴ぃ…さっさと見つけて連れ戻さないと――」
「ルリカが王位継承することになるんやろ?」
「ぜーったいに、イヤッ!」
「それはそうと、アイツを助けんでいいんか?」
「あーもー! 相変わらず弱っちいのにムチャするんだから!」
そう言うとルリカ――魔法のプリンセス・ルルーは月夜に向かってポーンとジャンプした。
ルルーはラーメン屋の屋根の上に降り立った。
眼下にはボロボロに蹴り転がされた久能の姿がある。
「シュウサク!」
プリンセス・ルルーの声にヨロヨロと立ち上がる久能。
「逃げろっつうただろうよ」
「カッコ悪いのにカッコつけてんじゃないわよ」
ルルーがステッキを振る。
「シュウサク、身体強化だよ!」
「ぴるるる みらくる……すたんばい、おーら・ぱわー!」
ステッキの先から光のリボンが伸びて久能の身体に巻きつくと、久能の身体から青い揺らめきが噴き出した。
「なんだ、なんだぁ!?」
金田が思わず掴んでいた久能の襟首を離す。
久能の目に青い炎が宿る。開いた掌にも輝きが収束する。
突然の異常事態に転倒しながら逃げ出す金田。
「ぴるるる みらくる……すたんばい、ぐろーす・ぱわー!」
久能の背丈が3メートル近くに巨大化した。服もあわせて伸びていく。
そのまま長くなった腕で逃げる金田の頭を掴むとゴミ箱に叩き込んだ。
「な、なんなんだ……」
金田はそうつぶやくと、気を失った。
久能の姿が元に戻った。しわくちゃになったスーツの泥を払い、傍に落ちていた帽子を被りなおす。
「やれやれ、魔法ってのは怖いねぇ」
路地裏のビールケースに座っているプリンセス・ルルーに、久能は自販機で買ってきたビールの缶を手渡した。
ルルーはそれをカシュッと開けるとグーっと煽る。
「これこれ! 仕事終わりの一杯! こっちの世界のお酒ってほんと美味しいのよねー」
「その格好で飲むのやめてくれんかな」
イカの燻製をくわえている魔法少女を眺めつつ、自分はスーツの内ポケットをまさぐると、よれよれになったタバコを出してくわえる。
「だからー、今はコッチの世界でこんな姿になっちゃったけど元の世界じゃお酒飲める年齢なんだって」
「はいはい。ルルーの兄貴についてはなんか情報あったか?」
「んー。役にたたないわね、このチンピラさん」
夜の繁華街を事務所に戻る二人。
「シュウサクって、ほんと妹の事になるとなんでそう見境なくなるのよ」
少女に呆れられるアラサー男である。
そこに通りすがった警官が二人を呼び止めた。
「あー、君たち。なに? どんな関係?」
「こっちの衛兵も仕事熱心ね」
「おい、演技しろ、演技」
久能は黒い帽子を持ち上げ――
「この子の保護者です」
「うん!お兄ちゃんなの!」
いかにも小学生のような無垢な声でルリカがにっこり笑った。





