4-20 プロマネはネクロマンサー
炎上しかけの大規模システム開発に投入された新プロジェクトマネージャーは――まさかのネクロマンサー!?
美術を志していた女子大生、寝黒万作は一族の才覚を理由に強制的に平安時代から続く死霊術師一族の当主を襲名した。そんな一族の現代社会での仕事は炎上案件を中心にアウトソースで受託するIT企業。
体制変更を顧客に説明し、人数不足は解消――そう思った矢先に彼女はあっさり告白する。
「でも、私にはITの知識が無いので死霊を使っての開発はできません。テスト仕様書通りにテストさせるのがギリだと思います」
ITど素人の死霊術師プロマネと常識人プロジェクトリーダーの凸凹コンビによる、異色のプロジェクト再建コメディが始まる。
――月曜日の午後、私たちは会議室に集められた。
集まったのはプロジェクトメンバーの約2/3。
さて、唐突だがシステム開発の現場はとても残酷だ。
無謀な計画や外的要因ひとつで、スキルレベルに関わらず地獄が待っている。
このようにプロジェクト中盤に突然全員を集めるのは、悪い知らせがある時のことが多い。
――今回については間違いなく、今朝のニュースの件だろう。
「鳥羽さん、先にいいかな。みんなはそのまま待機していて」
会議室にやってきたプロジェクト責任者の茶振部長に声を掛けられた。
昔から付き合いのある茶振さんから依頼を受けてこのプロジェクトにPM支援で参画したのが、先週の金曜日の話である。
茶振さんに案内されたのは、小さめの会議室。
「今朝のニュースは?」
「見ました」
会議室に集まらなかった残りの1/3のメンバーを出していたトンデモソフト。
海外子会社買収において詐欺被害により、突然の経営破綻というニュースが流れた。
「私は契約解除でしょうか。これまでの付き合いもありますし稼働分だけの精算でいいですよ」
そこで茶振さんは首を振る。
「プロジェクトマネージャーと、プロジェクトリーダーがプロジェクトから外れることになりました」
「へっ?」
「今回のことが原因による急性の適応障害じゃないかということで、ドクターストップ」
「あちゃー」
頭を抱えるしかない状況だ。
「そうすると、プロジェクトはいったん凍結ですか?」
「社長と営業部長が緊急で客先と調整したんだけど、工期延伸も含めて認めないという回答らしい」
「ありがちですね」
責任回避のための根性論は、令和の世になっても変わらない。
炎上は覚悟しつつ、それでもデスマにならないための強力なリーダー層が必要ってことになる。
「鳥羽さんにはPLをお願いしたい」
「PMではなくPLですか? 」
「単価は相談に乗る。倍は出せないが社内規定いっぱいまで引っ張る」
「私のキャリアからもPLよりはPM向きなのですが……PMは?」
「社長の伝手で、こういった緊急事態特化でチームごと参画する会社があるらしい。そこを確保した」
ノックの音がする。
茶振さんが返事をするとドアが開いた。
「ネクロさんが着いたけど、お通ししてもいいかな」
「あ、社長。こちらが先ほどお話した鳥羽さんです」
「経験豊富なプロマネという方ですね。社長の不動です。今回はよろしくお願いします」
そういって会議室に入ってきて右手を差し出してきた。
これは断れない雰囲気。
茶振さんには過去の案件で助けてもらったこともあるので借りを返すことにしよう。
「精いっぱい務めさせていただきます」
「期待しています。ネクロコンサルティングさんは、ちょっと変わった会社ですけど、こういったトラブルには慣れていますので、なんとかなると思います。ネクロさん、どうぞ入ってください」
その瞬間、会議室の電気が消えた。
といっても昼間なので明るいままではあるが……誰かが電気を消したのかな。
そこへ、貝殻や木の工芸品的な飾りのようなものを付けた白いローブ姿の小柄な方が俯き気味に入ってきた。まるでコスプレイベントから来てしまったみたいな姿だ。
「こちらがネクロコンサルティングの社長です」
非現実的な状況に少し固まってしまっていたようだ。
当然違和感は拭えないままではあったが、茶振さんに促され、慌てて名刺を出して、「トバソリューションズの鳥羽 地里夫です」とネクロコンサルティングの社長と紹介された人へ挨拶をした。
白ローブ姿の社長は名刺を受け取るために更に大きく一歩前に出てきた。
ちょっと距離感がおかしくない?
「お世話になります。ネクロコンサルティング 代表の寝黒万作です」
抑揚が乏しい喋り方だが、とても可愛らしい声だ。
そして、こちらを見上げる顔も可愛らしい。女性だよな……え、万作?
「先日、襲名しました」
「はぁ」
こちらの疑問に気が付いたのか、そう説明しながら名刺を出してきた。
そこには「ネクロコンサルティング 代表取締役 寝黒万作 (第213代当主)」と書いてある。
「213代?」
「そこは雰囲気なので適当です。平安時代から存在はしている家系です。200から300の間くらいだと認識しています」
どうでもいいな。その情報。
「ふむ。新体制はこれで問題ないだろう。彼女にはPMを担当してもらう。二人には良い結果を期待しているぞ。じゃぁ、茶振部長。あとはよろしく」
「彼女」なので女性ということなのだろう。
それだけ言い残して、社長は機嫌良く会議室を出ていった。
「寝黒さんがPM、私がPLってことで進めるということですか」
「はい」
「私が聞く立場ではないのですが、PMのご経験は?」
「ありません。代替わりしたばかりですので」
「すると、システム開発の経験が長いということでしょうか?」
「ありません。現役の美大生です」
社会人ですらなかった。
「茶振部長!」
「事情があるんだ!」
「素人を頭としてアサインすることに事情!?」
寝黒さんが手を私と茶振さんの間に入れて会話を遮ってきた。
「説明は後程。弊社の場合、私がチームをまとめることが必須条件になるための措置と捉えてください。システム開発の細かい仕事は任せるつもりです」
プロジェクト管理を「細かいこと」で片づけられたことに、一瞬激高しそうになった。
だが、分別のある大人として業界外の素人に怒っても仕方ない。
とりあえず事情とやらが分かるまで我慢しよう。
「それでは鳥羽さん、寝黒社長。大会議室へ」
「社長という呼び方は私には相応しくありません」
寝黒さんが茶振さんに指摘をした。
多少常識はあるようだ。
「導師と呼んでください。導師寝黒と」
「わかりました。導師寝黒さん、鳥羽さん、行きましょう」
とても真面目な顔をして茶振さんは答えると、歩き始めた。
このプロジェクト、どうやら泥船確定のようだ。
会議室ではプロジェクトメンバーが不安そうな顔をして待っていた。
「すでに知っていると思うが、トンデモソフトさんが倒産しました」
会議室のあちこちで溜息が漏れる。
「さらに、PM、PLの両名が産業医の指示でプロジェクトから外れることになった」
「二人は大丈夫なんですか?」
「一過性のもので休養を取れば大丈夫だそうだ。ただドクターストップなので復帰は無い」
昨今、産業医の判断はとても強い。
「そこで体制を見直すことになった。こちらの鳥羽さんにPLを担当してもらう」
「プロジェクトは凍結じゃないんですか?」
ベテランクラスらしき人から声が上がる。
「社長判断で予定通り進めることになった。新しいPMとトンデモソフトさんが抜けた穴は、社長紹介のネクロコンサルティングさんという会社に埋めてもらうことで調整が終わっている。多少の混乱は覚悟するしかないが、これまで通り進めて欲しい」
この言葉で空気が少しピリつく。
そんな簡単な話ではないのだ。
仕方ないので私の方でフォローをする。
「私は参画の挨拶をさせていただいたばかりですので、いきなりPLとして動けるかというと、難しい面もあります。早速今日から各チームのリーダーとコミュニケーションを密にとり、2年後の納期までには今回のことで発生する遅延を取り戻す算段を立てていきます。当面1か月ほどは今の予定で進めてください。トンデモソフトさんのタスクは放置で構いません。大変な事態になってしまいましたが、是非ご協力をお願いします」
トラブル時、まずは目先の目標を明確にしていく。
プロジェクト運営上、とても大切なことだ。
「……わかりました」
先ほどのベテランが皆を代表するかのように、いったん納得してくれた。
「鳥羽さん、ありがとう。続いて寝黒さんも一言お願いします」
「……導師寝黒」
「導師寝黒さん、一言をお願いします」
どう考えても、この場に似つかわしくないコスプレイヤーみたいな人がいる。
プロジェクトメンバーは真ん中に座る白いローブ姿の女の子に、ここまで目を合わせないようにしていた。
正直、場の雰囲気としては実在すら疑うレベルなのである。
「ネクロコンサルティング代表の寝黒万作です」
寝黒は小さく頭を下げた。
「先に説明しておきますが、当家の名跡を襲名しているので本名ではありません。またシステム開発どころか社会人経験もありません。素人です。それでも私がこの立場に立つのは弊社が参画するために必須の条件としてお考えください。理由については説明するよりは見ていただく方が早いですね」
そういって一度言葉を切り、寝黒さんは茶振さんを見た。
「入ってもらっても?」
「はい、お願いします」
「わかりました。うちのメンバーを紹介します」
先ほどのように会議室の電気が消える。
相変わらず昼間なので明るいままだが、演出なのだろうか。
そう思ったのは一瞬。
2つのドアから全身を黒い布で覆った人が次々と入ってくる異様な光景が広がる。
わずかに露出している肌には、生気が感じられない。
「改めて。当代死霊術師の導師を務めさせていただく第262代寝黒家当主、寝黒万作です。彼らを動かすために私がこのチームのトップに立ちます」
名刺には213代とあったから、やっぱりそこは適当なんだな。
どうやら死体に取り囲まれたらしい私の脳裏にはそんな感想が過った。





