4-19 千里と寸の事件簿
近未来の日本で、民間組織『特別民間警護隊』に配属された名計千里と今口寸は、マドカサマを崇める謎の組織が引き起こすさまざまな事件に立ち向かうアクションミステリー。
2040年。日本は凶悪犯罪が頻発し、さまざまな人員不足が問題となっていた。特に警察官の人員不足による問題に目を向けた政府は、この問題を解決するため、警察とは別に民間組織として『特別民間警護隊』を立ち上げた。そして、警察としての業務を一部、武装した警護隊に担い治安を委ねる事にした。
そんな中、とある街にある喫茶店の窓際の一角に向かい合って佇むシングルのスーツ姿の若い男二人、センリとスンもその特別民間警護隊の一員である。彼らは数ヶ月前に配属されたばかりだが、もっぱらパトロールをするだけで大した仕事はないまま、穏やかな日々を過ごしていた。
「お待たせいたしました!こちら、ホットコーヒーとプリン・ア・ラ・モードでございます!」
ホールスタッフの女性が、『実習中』の名札を揺らしながらトレイを慎重に運んできた。
そのうち、ホットコーヒーを痩せた長身の強面の男に、プリン・ア・ラ・モードを背が低くて愛らしい童顔の男に習ったばかりの手順で並べた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
ぎこちなく微笑んだ彼女は、トレイを胸元に抱えながらそそくさとキッチンの方へ歩いて行った。
彼女が出て行ったところで、童顔の男は少し怪訝そうな顔で強面の男に話しかけた。
「なあ、センリ。」
「何?スンくん。」
センリと呼ばれた強面の男は、コーヒーカップに手を伸ばしながら返した。
「俺って、そんな甘党に見える?」
そう言いながら、運ばれてきたお互いのコーヒーとプリンを交換しつつスンと呼ばれた童顔の男が問いただした。
「さあ、俺より若く見られがちだからじゃない?」
センリがそう答えると、スンは呆れた顔でこう続けた。
「そんな問題か?それで、俺はここに通う度に注文を間違われてんのか!見かけだけで決めつてんじゃねぇよ!だいたい普通『どちらですか?』て質問するだろう!?」
スンは不満そうにまくしたてると、声が店内に響き渡っていくのを感じ取り、ふてくされた様子で体勢を崩して座った。
スンの言葉が狭いキッチンにも響き、先ほどのスタッフが青ざめていた。2人のスーツについてる紋章のバッジに気付くと、急いでキッチンの奥へ逃げ込み、店長と思しき中年男性を連れ立って2人のテーブルの前で謝罪した。
2人の謝罪の様子を聞きながら、冷静にプリンを食べようとしていたセンリが穏便に済ませようとしたが、スンは遮って一喝した。
「見た目で決めつけてんじゃねえよ!ちゃんと確認しろよな!」
申し訳なさそうに俯いた顔をした店長と女性スタッフは、もう一度誠意を込めて謝罪をした。
スンは一息ついて座り直し、2人の謝罪を少し落ち着いた様子で受け止めた。それを見たスンの様子が納得したように見えたのか、2人はそそくさとキッチンの奥へ戻っていった。
「まあ、そんなカッカすんなよ…。俺より若く見られる事なんて今までもよくあったことじゃん。」
「うるせぇ。だいたいお前が老け顔すぎるんだよ!」
「はいはい。」
センリがプリン・ア・ラ・モードを頬張りながらスンをたしなめると、スンは苦虫を噛み潰した顔をしながら、コーヒーと一緒に運ばれたミルクやスティックシュガーには、手をつけずにコーヒーをすすった。
「でもまあ、この町は平和でいいよな…。ここに来てからは一度も使ったことないし…」
空気を変えようと思ったのか、センリは胸元にある短銃を背広越しにさすりながら、傍らにある大きなガラス窓を眺めて言った。センリは、いつもの人だかりが行き来する街並みを眺めた。
「それもそうだな。無かったら無かったですごく暇だけど、良い事だと思うし。」
スンもそう言って傍らに置いていた鍔のない刀に触れていた。刀はスンの名前が小さく刻まれた黒光りする鞘にしっかりと収まっている。鞘に何箇所か傷があるところが、過去の歴戦を物語っていた。
「こうして、サボれることもできるしな。」
そう言葉を続けたスンは刀を傍らに置き直すと、センリと同じように窓の様子を眺めながらコーヒーを飲み出した。
センリは窓からプリン・ア・ラ・モードに目を向けると美味しそうにプリンを頬張っていた。その姿は、先ほどの強面とは打って変わって子供のようだった。
「そういや、さっき弓削警部から急ぎの連絡が留守電にあったんだけど、何だったんだろう?」
「さぁ。やっかいあしほどじゃあいといいけほな。(厄介な仕事じゃないといいけどな。)」
「うん。まぁ、コーヒー飲んだ後に折り返すか。」
ふと思い出したかのように、スンは配属以来連絡がなかった所轄連携の弓削警部の話を出すも、プリン・ア・ラ・モードに夢中なセンリはあまり気にかけていないようだった。それを見たスンもホットコーヒーを楽しむことにした。
一瞬店の中が静寂に包まれると、店の扉が勢いよく開き、ドアの角に取り付けられた鈴がけたたましく鳴り響いた。
入り口から、スキンヘッドとひげ面のTシャツを着てるがっちりした体格の男2人組が入って来た。
店内の静寂を破る鈴の音にセンリとスンは一瞬入り口に顔を向けたが、センリはプリン・ア・ラ・モードに目線を戻し、スンは店の入り口を監視するように眺めていた。
入り口にいたひげ面の男がおもむろに拳銃を取り出すと、天井に向かって発砲しながら言い放った。
「マドカサマの命令だ!金を出せえええ!!」
「警察ごっこはどこだ!?マドカサマの敵は、ぶっ潰してやる!!」
もう一人のスキンヘッドの男もサバイバルナイフを取り出すと、空を切りながら同じように叫んでいた。店内は他の客と悲鳴で騒然としていた。
「警察ごっこって俺らのことかな?」
「多分そうだろうな。マドカサマは誰だか知らねぇけど。」
センリは穏やかな様子でスプーンを置いてゴム弾入りの拳銃を取り出しながら呟くと、スンは顔を強張らせながら刀に手を伸ばして応え、腰にそれを携えると先陣を切って店の入り口へ向かって行った。
「おお!?な、なんだお前ええ!」
「お前だな!警察ごっこは!?」
真剣な面持ちで歩いて来たスンに対して、強盗の2人はうろたえながらスンに銃口とナイフを向けていた。
「動くな!」
と、センリが鋭い眼差しで言うと牽制として1発発砲した。銃弾代わりのゴム弾は、ひげ面男の銃を持つ手の甲に当たり痛々しい青あざを作った。
呻き声を上げながら銃を手放した様子を見るや、顔をこわばらせたスキンヘッドの強盗は、奇声を上げながらサバイバルナイフを振り翳してスンに向かって突進してきた。
スンはそれを軽く足払いし豪快に転ばせた。床に叩きつけられた男は、すぐさま駆け寄ったセンリに押さえつけられながら、ナイフを奪われ腕をひね上げられていた。
スンは、ひげ面の男が拳銃を拾おうとしてるのに気づいた。銃をすばやく蹴飛ばした後、右手で鞘から抜いた刀を男の首筋に突きつけた。戦意喪失したひげ面はまだ悔しさを滲ませた顔でスンを見ていた。
スンは、余った左手で内ポケットをまさぐって出て来た革製のケースを見せつけた。
「特別民間警護隊です!強盗未遂と銃刀法違反の為逮捕します。」
ひげ面の男はそのまま崩れるようにうなだれた。床に押さえつけられていたスキンヘッドは、しばらく暴れていたがセンリが捻り上げた腕をより強く捻り上げた事でおとなしくなった。その拍子に男の首筋から肩にかけて『円』と書かれた禍々しい紋章のような刺青が見えた。
「なんだこれ?」
センリは呟きながら強盗の刺青を見ていた。
騒然とした喫茶店の店内は、店長が呼び出した警察によって物々しい雰囲気になっていた。おとなしくなった強盗団は警察官に連行されていき、店のスタッフや他の客は他の警察官に個々に事情聴取を受けていた。
センリとスンはその様子を眺めながら、緊張から解放された様子でスンはコーヒーをすすり、センリはプリン・ア・ラ・モードを早めのペースで黙々と食べていた。
入り口からは、一人の紺のスーツを着た中肉中背で中年の男が規制テープをくぐり、他の警察官などに軽く挨拶を済ませてくると、店内をぐるりと見渡した。センリとスンの二人を発見すると柔和な笑顔を浮かべながら近づいてきた。
「やあ!警護隊の皆様お疲れ様です!」
「「弓削警部、お疲れ様です。」」
ニコニコと敬礼をしながら言うと、センリとスンは軽い会釈をしながら答えた。弓削警部と言われた紺スーツの男は、晴れやかな様子で答えた。
「いやあ、それにしてもあっぱれでしたね。強盗団を制圧するなんて!さすが警護隊のお二人でいらっしゃいますな。」
「いえ、たまたま居合わせただけです。」
弓削警部の褒め言葉にも、喜ぶ事なく冷めた様子でセンリは答えた。
「そんな謙遜しなくても!そうそう、先刻連絡をした事についてなんですが、最近この街に似たような強盗事件が多発してまして、お二人に捜査の協力をお願いしにきました。どうも、ただの連続強盗事件ではないようでして…」
弓削警部は、朗らかに話しつつも目の奥は真剣な様子で話しかけてきた。センリとスンが視線を交わしていると、弓削警部は明るい様子で少し威圧感を与えながら伝えた。
「先ほどの強盗団みたいな大活躍でしたら、この街での活躍も期待できますね!ぜひ、お願いします!」
有無を言わない態度を感じた2人は、少し戸惑いを見せながらも弓削警部に目を向けて
「「はい!」」
と、元気に答えるしかなかった。
「ありがとうございます!では、突然ですがお二人は、『マドカサマ』という人間をご存知ですか?」
急に声を顰めた弓削警部の言葉に、センリとスンはお互いの顔を見合わせた。





