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4-18 いつか私を殺すあなたへ

皇太子殺害という無実の罪により、断頭台送りとなったヴァリエール伯爵家の私生児マルティナ。

無実の罪を被せて自分のことを陥れた腹違いの姉 ルイーザを激しくうらみながら、絶望の中処刑され命を落とす。


しかし気づくと伯爵と母親が再婚する前の世界に回帰していたマルティナは、姉への復讐を心に誓う。


15歳になり美しく完璧な淑女へと成長したマルティナは、皇室が主催する晩餐会の会場で回帰前は姉の婚約者だった皇国の第二皇子 アスラン、公爵家の嫡男 フォルスと出逢う。

自身の美貌を武器に、ふたりを利用してなんとか姉に復讐できないものかと考えるマルティナ。


しかし会場には、回帰前の婚約者、ミハエルの姿もあった。

前回は姉にミハエルを奪われたせいで人生が大きく狂ってしまったため、彼とは絶対に関わりを持つまいと決意するが……。

 断頭台に手首と首を固定されて身動きすらとれない状態で、領民たちから罵声を浴びせられてもなんの抵抗もできないままただ断罪の時を待つ。


 これまでの、私の人生。いったいどこで、どう間違えてしまったというのか?

 その答えが分からないまま、自問自答を続けた。

 

 その時カッカッと早足で、誰かが近付いてくる足音が聞こえた。


「ごめんね、やっぱりあなたを救うことができなかった……」 


 暑い日差しの中長時間放置され続けているため意識は朦朧としていたけれど、その声の主が誰なのかだけはハッキリと分かった。

 ルイーザ・ヴァリエール。私の腹違いの姉だ。

 声が震えていたから、彼女はきっと泣いているのだろうなと思った。


 でもそれはこれから訪れる私の死を嘆き、悼んでのことじゃない。

 自分が心優しい淑女なのだと皆に知らしめるための、ただのパフォーマンスに過ぎない。 

 というのもこの女も本心では、私のことが憎くて憎くてたまらないはずだからだ。


 皇太子殺害の汚名を私に着せ、断罪へと追い込んだ真犯人のくせに、最後の最後まで私を利用しようとするこの女が私も憎くてたまらない。


「ルイーザ様は、なんて心優しいのかしら? あんな女、処刑されて当然なのに……」


「涙を流すお姿すらも、本当にお美しい。まるで本物の、天使みたいだ。なのに半分だけとはいえ、あの悪魔と同じ血が流れているとはな」


 領民たちがルイーザを賞賛し、私を蔑む声が聞こえる。


「……ルイーザ嬢、刑が執行される時間だ」


 この声はきっとルイーザの婚約者でありラインバルト皇国の第二皇子、アスラン殿下のものだろう。

 

 なにが、正義の柱だ。無実の罪で私の命をこれから奪う断頭台の足元を、忌々しい気持ちで睨みつけた。


 体を固定され、まるで見世物みたいにさらされた私に向かい、真実を知らない領民たちが石を投げ付ける。

 だけど私があなたたちに、いったいなにをしたというの? ……私はただ幸せになりたかっただけなのに。


 ギリギリと不快な音を立て、鋭い大きな刃がロープで上へと引き上げられていく。


「あたしを、救えなかった? ハッ、笑わせんじゃないわよ。あんたが陥れたせいで、あたしは殺されるんだろうが!」


 固定されたまま無理やりわずかに顔を上げ、ルイーザに向かい唾を吐こうとした。

 だけどそれは彼女の足元にすら届くことなく、地面に小さなシミを作っただけだった。


 忌まわしいものでも見るような、アスラン殿下の冷たい視線。

 彼に後ろから腕をつかまれ、私から引き離されていくルイーザの華奢な身体。


「マルティナ……。私のかわいい妹、マルティナ……! 心からあなたを愛しているわ!」


 ルイーザの悲壮な叫び声が、広場に響く。

 天使の皮を被った悪魔というのはきっと、この女のような人間のことを指すのだろうなと、どこか他人事のようにぼんやりと考えた。


 ますます大きくなっていく、領民たちの怒声。

 その時二本の柱の間に吊るされた刃は無情にも落とされ、私の首をはねた。

 こうして私の一周目の人生は、痛みを感じる間もなくあっさり幕を下ろした。


***

 

 腹違いの姉ルイーザの策略にはまり、断頭台送りになったのはほんの数秒前のこと。

 しかし再び、目を開けた時。私はなぜかヴァリエール伯爵家に引き取られる直前まで住んでいた、小さな家でひとり椅子に座っていた。


 それに驚き、慌てて自身の体を確認する。

 やはり首は体と、ちゃんとくっついたまま。

 だけど以前と比べ、明らかに短くなった手足。身長が低くなったせいで、狭くなった視界。

 

 私は間違いなく首を斬られ、命を落としたはずなのだ。なのにこの状況は、いったい……。

 その時玄関の扉が勢いよく開き、女性が上機嫌で私の小さな体を抱き上げた。


 彼女の名前は、チェルシー。私の、実の母親だ。

 もともと彼女は美しい人だったし、美しくあることへのこだわりも人一倍強かったように思う。あそこまでいくと、執着といってもいいかもしれない。

 でも、なぜだろう? 私の記憶の中にある母と比べると今の彼女は、ずいぶん若く見えるような気がするのは。


「マルティナ、よく聞いてね。明日お父様が、私たちを迎えに来て下さることになったの。これでようやくこの貧乏暮らしとも、おさらばできるわ!」


 困惑する私をよそに頬を薔薇色に染め、大層興奮した様子の母に言われた言葉。

 それを聞き、これは死の瞬間に見ると言われる走馬灯なのかもしれないと考えた。

 一周目の人生。まだ幼かった私は、正直この状況をまるで理解していなかったように思う。


 だけど、今ならよく分かる。

 父親であるヴァリエール伯爵は度々うちを訪れてくれたし、私たち母娘のことをちゃんと愛してくれた。

 しかし母親は、いわゆるお妾というやつで。

 このあたりではその存在を知らぬ者がいないほど美しかった母は、恋情感情などではなく損得勘定だけでうまく伯爵に取り入って関係を持ち、私をその身に宿した。


 そして正妻のテレサがはやり病で命を落としたら、ひと月と待たずに彼の新たなる妻の座へとおさまったのだ。

 そんな女性だから母は私が命を絶たれるその瞬間でさえも、娘の私の身ではなく自身の今後ばかりを案じていた。

 ……本当に我が母親ながら、最低な女。


 それにしても走馬灯というには、なんて忌々しい記憶なのだろう?

 だけど、私の人生。明るい未来に思いを馳せていたこの日が、もしかしたら一番幸せだったかもしれない。

 それほどに私の一生は悲惨で、ろくでもないものだった。

 私の死を神様が、不憫に思ってくれたのだろうか?  

 あるいは私の中に宿った憎悪の感情が、恐ろしい悪魔を無意識のうちに呼び寄せてしまったのかもしれない。


 でも再び生きる機会を与えてくれたのが神様だろうが悪魔だろうが、この際もうどちらでも構わない。

 二周目の、この人生。必ず私は、生き延びてみせる。

 そして、あの女に。……ルイーザ・ヴァリエールに、今度こそ復讐してやる。そう心に誓った。


 この翌日。母から聞かされた通り、伯爵家の馬車が私たち母娘を迎えに来てくれた。

 こうして私は今世でははじめての馬車に揺られ、美しく着飾った母親とともにヴァリエール伯爵家へと向かった。

 ……複雑な想いと醜い復讐心は、幼くあどけない笑顔の裏側にきれいに隠して。


***


「ルイーザ、こっちにおいで」


 その声に従い、ヴァリエール伯爵の側にパタパタと駆け寄るひとりの少女。

 よく手入れの行き届いた、艶やかなストロベリーブロンドのやや癖のある美しい髪。

 まるでルビーの宝石みたいに美しい、キラキラと輝く大きな瞳。

 見るからに上質そうな流行りのワンピースに身を包み、こてんと小首をかしげるその少女は、地上に舞い降りた天使を思わせる。


 でも私は、知っている。彼女が凶悪で残忍な、悪魔のような子どもなのだということを。

 なぜなら彼女こそが私の腹違いの姉であり復讐の対象、ルイーザ・ヴァリエールその女なのだから。


 ルイーザのような優雅で洗練された仕草や立ちふるまいはきっと、幼い頃からきちんと淑女教育を受けてきたから手に入れられるものなのだろう。

 だってこれは、一朝一夕で身につけられるものじゃない。少なくとも生まれてからずっと平民として育てられてきた私には、無理だった。


 一周目の人生できちんと礼儀作法を学ぼうとしなかった私は、しょせんは愛人の産んだ子どもだからと、邸宅の使用人たちにすら軽んじられるようになった。


 だけど今度は絶対に、同じ過ちを繰り返したりしない。

 苦々しい思いで、ぎゅっとスカートの裾を握る。


「なぁに? お父様」


 そんな私を嘲笑うように、十歳という年齢にふさわしい無垢で無邪気な愛らしい笑顔を浮かべてルイーザが聞いた。


「この女性は、チェルシー。今日からお前の、母親になる人だよ」


 伯爵の隣に立ち、にっこりと優雅にほほ笑む母親。

 ルイーザの実母であるテレサが流行り病で亡くなったのが、つい先月のこと。

 なのに母は、伯爵からのプロポーズを迷うことなく受け入れた。


 それこそもしかしたらこの女は、テレサが早くに亡くなってくれて運がよかったと、心の奥底ではほくそ笑んでいたのかもしれない。

 娘の私がそう思ってしまうほどスムーズに、伯爵と母の再婚はあっさり決まった。


 笑顔ではあるものの、じっと探るようなルイーザのどこか冷たい視線がなんとも居心地が悪い。

 体が自然と、強張るのを感じた。

 

「そしてこの子は今日からお前の妹としてここで一緒に暮らすことになった、マルティナだ。仲良くするんだぞ」


 一瞬だけルイーザの眉間に、深く刻まれたシワ。

 それを見て、確信した。私はやはり彼女に、この時からすでに嫌われて。……ううん、憎まれていたのだと。


 だけどすぐにまた彼女は愛くるしい笑みを浮かべ、優しい声色で告げた。


「はじめまして、ルイーザ・ヴァリエールにございます。これからよろしくお願いいたします。こんなにも美しいお義母様とかわいい妹ができて、私は本当に幸せ者ね」


 一周目の人生。……まだ幼く愚かだった私はルイーザの言葉を素直に受け取り、喜んだ。

 このお姫様みたいにきれいで優しそうな女の子が自分の姉になるのだということが、とても誇らしかったしうれしかった。


 だけど、二周目の人生。私は彼女のことを、絶対に信じたりしない。

 この女を、地獄へ叩き落すこと。それだけが私の、たったひとつの望みなのだから。

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