4-17 闇鍋異世界転生録~これはチートではなくデスゲームです~
目を覚ました先は真っ白な空間。そこで待っていたのは銀髪の女神と勇者・追放白魔導士・悪役令嬢・悪役令息・辺境のおっさん――異世界ラノベのテンプレを寄せ集めたかのような顔ぶれだった。
だがそれ以上に女神の宣告は衝撃的だった。
「これより――デスゲームをしていただきます!」
十年後に復活する魔王を討つため、最後に残るひとりを選び抜く血戦。死者は元の世界に戻るが、生者はこの世界を謳歌できる。しかも戦いは神々の娯楽として実況され、裏切りも殺し合いもすべて見世物だ。
――勝ち残るのは誰だ? そして、最初に裏切るのは……。
――気づいたとき、俺は真っ白な空間にいた。
真っ白、と言ってもペンキを塗ったような単調な白ではない。視界の先まで霞がかったように広がる乳白色の空間で、上下左右の境界が曖昧だった。足元には床のようなものがあるはずなのに、実際に触れている感覚が乏しい。にもかかわらず、重力だけはきっちり働いていて、身体は確かに立っている。
無音。風もない。時間が凍りついたような静けさ。そのくせ心臓の音だけが異様に大きく聞こえて、ますます不安を煽ってきた。
「……夢、なのか?」
思わず声に出すと、その響きはやけに長く尾を引き、反響して自分に返ってくる。エコーが過剰すぎて、言葉が自分を追いかけてくるようだった。
だが、俺は一人ではなかった。少し離れた場所に四つの人影が浮かび上がる。霞の向こうから、ゆっくりと輪郭が滲み出てきた。
一人は白いローブの青年だった。
切れ長の目は疲れ切って落ち窪み、口角は下がりっぱなし。背筋も少し猫背気味で、まるで最初から負け組だと自己紹介しているようだ。だが、その瞳の奥には諦観めいた冷静さがある。状況を一歩引いて分析しているような、不気味な落ち着き。
一人は、豪奢なドレスに身を包んだ金髪の美女。
その立ち姿は舞台役者のように完璧だ。裾を翻す動きすら計算されているようで、見る者に高貴さを感じさせずにはいられない。細い顎、冷ややかに笑う唇。まるで貴族令嬢のイメージをそのままコピーしたかのよう。
さらに隣に立つのは、軍服風の衣装を着た太った青年。
脂肪の塊だが、眼光鋭く、どこから見ても自信家。いや、正直ナルシストだ。表情には常に勝者という確信めいた笑みが張り付いており、自分の髪を整える仕草まで板についている。
そして最後に――
粗末なマントを羽織り、髭面で日焼けした中年男。
無骨な手は農具を握り続けてきた者のそれで、頬には刻まれた皺が年輪のように深い。場違いにもほどがあるが、その実在感は逆にこの空間では異様なほど頼もしかった。
「……なんだよ、このキャラ構成は」
俺は思わずこめかみを押さえた。
「異世界テンプレ袋からをガチャで引きました感しかしねえ……」
◇◆◇
「皆さま、よくぞお集まりくださいました!」
突如として空間が光で満たされる。真珠のような光粒が舞い散り、中央に人影が形を成した。
現れたのは、煌めくような光の羽衣をまとう女神。
腰まで垂れる銀髪は天の川のように輝き、瞳は黄金の宝石を埋め込んだよう。豪奢なティアラと純白のドレスは、まるで宗教画から飛び出してきた存在だった。
だが――その口から発せられた言葉はイカれていた。
「これより皆さまには――デスゲームをしていただきます!」
俺を含めた全員がフリーズした……。
「はあああああああ!?」
「普通こういうのって『スキル授けます』とか『世界を救ってください』とかそういうやつだろ!? なんで初手でデスゲーム!? ジャンル間違えてんじゃねーの!?」
「流行りのジャンル横断です!」
女神は誇らしげに胸を張った。
いや褒めてねーよ!
「コホン、十年後、この世界に魔王が復活します!」
女神は声高らかに宣言した。
「魔王を討つには最強に至る必要があります! ゆえに、汝らを蟲毒のごとく競わせ、力を育ませるのです!」
「蟲毒……」白ローブの青年が呟く。「壺の中で虫を殺し合いさせて、最後の一匹を残すやつ……」
「切磋琢磨とかもっと言い様があるだろうが!」俺は叫んだ。
「そんな生温いこと言ってたら魔王に負けてしまうじゃないですか」女神はひらひらと手を振って否定する。
「人間に適用する発想おかしいだろ!」
「ご安心を!」女神はにっこり。
「死んだ者は元の世界へ戻します! ですから遠慮なく殺し合ってください!」
「いやいやいや! どこに安心要素あんの!? むしろ悪化してんだろ!」
転生した切っ掛けを覚えちゃいないが、元の世界で亡くなった者の魂が選ばれることが多い。負けたら死にますよと言われているのと何ら変わりがない。
「フン……面白いわね」
貴族令嬢が裾を翻し、微笑んだ。その目は冷酷な光を帯びている。
「勝ち残れば世界を得られるのでしょう? ならば、わたくしこそ最後に立つべきですわ」
「レディ、その通りだ」
隣の太った青年が顎をしゃくり上げ、高笑いを響かせる。
「フハハ! 俺の勝利は約束された! この程度の余興、俺が制してみせる!」
「テンプレ芝居か! お前ら登場人物マニュアル読んできただろ!」俺は心底ツッコんだ。
「……十年後に魔王が出るんだろ?」
渋い声で割り込んだのはおっさんだった。
「だったら協力して鍛えりゃいいじゃねえか。人を減らしてどうすんだ」
「正論すぎる……!」俺は親指を立てた。
だが女神はきっぱり言い切る。
「協力しても構いません。ただし――裏切りの恐怖を忘れぬように! その疑心暗鬼こそ、力を伸ばす最高の肥料!」
「教育理念ゲス過ぎだろ、おい!」
女神の説明は続いた。いや、説明というより規約の読み上げに近かった。
勝ち残った者には、この世界の全てを謳歌する権利を与える。
死んだ者は現代日本に戻される。ただし戻った瞬間に事故死するかは「運命」。
職業・スキルは転生後、自動的にランダム配布。再抽選は不可。
「それほぼガチャじゃねえか!」
「リセマラできないとか地獄じゃん……」白ローブ青年が真顔でぼそり。
「お前ソシャゲ廃課金勢か!」
「足の引っ張り合いなど得意分野ですわ」貴族令嬢は冷たい笑みを浮かべる。
「もっといい趣味作ろうよ!」
「弱肉強食こそ真理」太った青年は鼻で笑う。
「負けることも考えて!」
「ワシは田んぼが心配なんだが……」おっさんが肩を落とす。
「待ってもうフラグが立ってるよ!」俺は即座に拾った。
さらに女神は指を立てて規約を追加する。
「禁止事項もお伝えします。外部の神々への賄賂は原則禁止です」
「そんなこと考えもしなかったよ!」
「観客に媚びを売る行為も控えてください。ただし、魅せ方が巧みであれば減点にはなりません」
「減点方式!?」
令嬢は顎に手を当て、冷笑を浮かべる。
「つまり、観客を味方につけることも可能……ということですわね」
「いやいや! 禁止と容認で矛盾してるからな!」
太った青年が不敵に笑う。
「ならば俺は観客を魅了して英雄となろう。皆、敗北を認めるがいい」
「その口ぶり、すでに死亡フラグですわ」令嬢が即座に切り返す。
バチバチと火花が散るような視線の応酬。
俺は頭を抱えた。
(もう始まってんじゃねーかデスゲーム! 転生前から空気が血なまぐさいんですけど!?)
横でおっさんがぼそっと呟いた。
「……ワシ、本当に帰りたい」
「それが一番正解なんだよ!」
ふと、脳裏に日本での記憶が蘇った。
大学課題に追われ、徹夜でレポートを仕上げ、カップ麺をすすった深夜。布団に倒れ込んで、気づけばここだ。
(……死んだのか、俺)
思わず胸が重くなる。
隣で白ローブ青年も小さく呟いた。
「……俺は会社で過労死か……。笑えねえな」
令嬢は一瞬だけ目を伏せる。
「わたくしは……確か、車の事故で」
太った青年は鼻を鳴らす。
「俺はずっと部屋から出ていないが、どうでもいい。ここで勝つ、それだけだ!」
おっさんは静かに目を閉じた。
「……ワシは孫の運動会に行く途中だったな。よりによって信号無視の車に……」
一瞬、空気が重くなった。
だが――女神はにっこり笑ったまま。
「ええ、ええ。みなさんそれぞれの人生を経てここに来ました。ですが新たな舞台で生き残るのは一人! 過去を振り返るより、未来を取り合うほうがずっと有意義でしょう?」
無神経にもほどがある。いや、神だから無神経で当然なのか?
(この女神、絶対プレイヤーを煽って楽しんでるタイプだ……)
俺は心の中で毒づいた。
「ちなみに――このゲーム、観客もいます」
「観客?」全員が一斉に聞き返した。
「はい。神々や精霊たちが、あなた方の戦いを娯楽として眺めるのです。もちろん賭けの対象にもなっています」
背筋が凍った。
「おい、それほぼ闇ネット配信じゃねーか!」
「え、俺たち……実況されてんの?」白ローブ青年が真顔で青ざめる。
「くっ……恥ずかしい……」令嬢は頬を染めたが、すぐに冷笑に変わる。「まあ、どうせなら最も美しく、華やかに勝ち残ってみせますわ」
「俺は……スポンサーがつくと聞けばやる気が出るな」太った青年は腕を組む。
「ワシは……テレビに映るの苦手なんだが」おっさんは本気で困った顔をしていた。
死ぬのも裏切るのも、すべて「見世物」。――最悪だ。
「では! 転生を開始します!」女神が笑顔でぶった切った。
床に巨大な魔法陣が浮かび上がり、光が足元から立ち上る。
「待て! スキル配布とかチュートリアルとかは!?」
「詳細は現地で確認してください!」女神は笑顔のまま。
「説明不足すぎるだろ!」俺は絶叫。
「どうせ死ぬなら穏やかに頼む……」白ローブ青年がぼそり。
「弱者は淘汰されるわ」令嬢が冷たく微笑む。
「フハハ! 俺の勝利は約束された!」太った青年が高笑い。
「……ワシ、絶対帰りたい」おっさんは現実的。
光が視界を覆い、身体が宙に浮かぶ。
最後に女神の声が響いた。
「良き血戦を!」
その楽しげな声を最後に、俺たちは異世界へと飲み込まれていった。
――こうして俺たちの「十年間のデスゲーム」が始まったのだ。





