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4-11 望まない結婚式に愛する人と逃げたら、隣国の王室に迎えられました。

 家族から愛情をもらえなかった公爵令嬢シャルロットは、子供時代からずっと一緒にいてくれた護衛騎士マリウスと秘密の愛を育んでいた。

 ある日、シャルロットは夢を見た。政略結婚で結婚し護衛騎士として一緒に来てくれたマリウスが、自分と一緒に夫に殺される夢を。まるで正夢のような夢で、現実になってしまうのではないかとマリウスを専属騎士から外し結婚式を迎える。しかし、結婚式に乗り込んだマリウスが花嫁のシャルロットを誘拐し逃走。何とか隣国に逃げのびるが……

「おかえりなさいませ、マリウス殿下」

 平民のはずのマリウスがシャルロットを連れていったのは、とても大きくて豪華なお屋敷だった。

「奥様……いえ……シャルロット……」



 目の前で微笑み、しゃがみ込んだ私の両頬に手を添えた、愛する人。



「私は、いつまでも……あなたを、愛しています……」



 愛しい彼の口元には、赤黒い血が溢れる。


 そして、力をなくした彼は私に重く寄りかかった。


 背中には、べっとりとした赤黒い血。



「ちっ……邪魔をしやがって……」



 どんどん、身体の熱が引いていく。


 そして、私達を見下す……私の夫。愛する人の血がついた剣を、剣先を、私に向けてくる。



 ――どうして、こんな事になってしまったのだろう。



「邪魔だ」


「あっ……」



 夫に蹴られて床に崩れ落ちる彼。


 手を掴んでも、暖かかったはずの大きな手は、とても冷たい。



「死ね」



 冷たく重苦しい言葉と共に、激痛が私を蝕んだ。


 霞む視界。


 彼の手から感じる冷たさ。


 そして、私達を蔑むかのように嘲笑う夫の声。



 ――私の愛する人を殺したのは、一体誰?






「あ、れ……?」



 気がつけば、私は見覚えのある場所に座っていた。とても明るく、暖かい場所で。


 目の前には、もう一人の自分……違う、鏡だ。これは、自室にあるドレッサー?


 おかしい。これは、嫁ぐ際に処分したはず。それなのに、どうして……


 そんな時、ノックをする音が部屋に響いた。そして……



「お嬢様、マリウスです」



 その声に、あの恐ろしい悪夢が脳内に鮮明に映し出された。


 地獄のような、結婚生活。人を人とも思わないような、蔑むかのような目で見下してきた私の夫の視線は、いつでも殺せるんだと言われているかのようだった。


 そして、私の命が終わったあの光景。


 マリウスが殺される悪夢を見せられるだなんで、悪質にも程がある。


 返事をしない私に疑問を持った彼が、失礼しますと入ってくる。鏡に入ってくる彼の姿を見て、振り返り視界に入れた。



「如何しまし……お嬢様……!?」



 私を、見ている。生きてる。あの悪夢のように、力が抜けて倒れ込むあの姿じゃ、ない。


 無意識に立ち上がり、彼に駆け寄った。そして、体温を確かめるように、抱きしめた。



「……お嬢様、これはもうおしまいだと言ったでしょう」


「……」



 温かい……マリウスだ。マリウスの、温かい体温を感じる。



「何かございましたか?」



 私を押しのけ、膝を少し曲げて私の顔を覗き込んだ。私の頬に添えた手が、温かい。親指で頬を撫でられ、ようやく私が涙を流していたことに驚いた。だから、マリウスは驚いたんだ。



「……悪夢を、見たの」


「……」


「マリウスが、殺される夢」



 それは、さも今まで自分が体験してきたかのような、現実味を帯びている夢だった。



「そして、私も一緒に殺される夢」


「お嬢様、それはっ」



 いや、もしかしたら……正夢だったのかもしれない。



「私の、未来の夫に、殺される夢……」


「お嬢様っ!」


 

 マリウスは、私の専属の護衛騎士。私が10歳の頃からついてくれて、それからずっと一緒にいた。


 一緒に笑って、そして悲しいことがあればいつも寄り添って優しい声をかけてくれた。


 家族のような存在だった。けれど、次第に違う感情を抱くようになった。


 苦しかった。マリウスは私の専属騎士で、平民。公爵家の令嬢である私は、マリウスにこの感情を伝えることは出来ない。


 これを言ってしまえば、マリウスはどこかに行ってしまうって、分かってるから。


 でも……



『私は……我慢が出来ないようです。お嬢様の縁談が来るたび、気が気でない……お嬢様が、他の男に微笑む姿を、見たくない……許される事ではないと分かっていても、お嬢様に抱いてしまったこの想いは、自分ではもう、止めらない……』



 マリウスの心の内が知られた事、そして、私だけじゃなかった事を嬉しく思ってしまった。


 それからだ。


 二人だけの秘密が生まれたのは。


 でも、私には私の役目がある。家の為に、殿方と婚姻を結び、そして後継者を産む事。……それしか、私の存在意義がなかった。


 その人生を、どれだけ呪った事か。でも、そばにマリウスがいてくれたから、今日まで頑張って生きてこれた。



「……マリウス、今日って何日だっけ」


「4月の、7日です」



 4月7日。


 結婚生活という名の地獄の日々が始まる、一日前。



「……そう、ね、言ったものね。もう終わりだって……」



 ごめんなさい、とマリウスから一歩下がった。


 本当は離れがたかった。けれど、私が下がるのがマリウスの為になる。



「……それで、マリウス〝卿〟……何の用事で来たのかしら」


「……旦那様が、お呼びです」



 私は、マリウスの前で笑えていただろうか。



 案の定、私を執務室に呼びだしたお父様は、明日の結婚式の事での話を出してきた。


 お父様は、ただの政治の為としか思っていない。この国に影響力のある公爵家の子息と結婚し繋がりを作る。ただ、それだけ。本人達の意見なんて聞く耳持たず。


 結婚相手は、愛する相手がいるから慣れ合うつもりは全くないと言われてしまっている。


 愛なんてものは、微塵もない。


 私の人生は、お父様の操り人形になる事。それだけなんだから。


 でも、そんな事にマリウスを、私の愛する人を巻き込んでしまうなんて事は、したくない。



「お父様、お願いがあります」


「言ってみなさい」


「……マリウス卿を、私の専属騎士から外してほしいの」



 私は、こんな事しか、マリウスを守るためのすべがない。ちゃんと守れるのか、あの正夢が現実になる事を防ぐことが出来るのかは分からないけれど……これが精いっぱい、私に出来る事だから。


 専属騎士だから、嫁ぐ際専属侍女と共についてくる事になっていたけれど、このままこちらに来てしまえば、どうなるか分からない。


 刻一刻と結婚式の時間が、地獄の始まりが近づいてくる。私には、これ以上何をすることも出来ない。だから、マリウスには……幸せになってほしい。


 愛する人が幸せでいてくれるのであれば、私はもう十分。



 とても上質なウェディングドレス。時間をかけて特別に作られた、とても素敵なドレス。普通のご令嬢なら喜ぶところではあるけれど、私には全く喜ぶなんて事は出来なかった。嘘でも喜ぶ、なんて事も、出来なかった。


 もうすでに、地獄に足を入れてしまったのだと感じてしまった。


 そんなウェディングドレスに身を包んでしまった自身を、目の前に立ててある鏡で見ることを拒み、目を逸らした。


 近くに、マリウスがいなくてよかった。



 そして、私は案内の元、式場に向かった。


 一歩一歩が、とても重い。鉛を抱えているかのように、身体が重い。心臓が、痛い。息がようやく出来ているかのような気分だ。


 そして、地獄への門が、開かれた。まっすぐに引かれたこの赤いカーペットの先に、未来で私を殺すかもしれない人物が、立っている。


 身震いした。けれど、これは決められた事。私は、それに従うしかない。これからはそばにマリウスがいないけれど、彼が生きていてくれれば、それでいい。


 そして、一歩を踏み出した。



「はぁ……」



 私が到着した途端、小さなため息を吐く新郎は、きっとこの式を早く終わらせたいとでも言いたげな目をしていると思う。この薄いベールを隔てていても分かる。


 だって、私も同じ気持ちだから。


 出来る事なら、ここから……逃げ出したい。



「人生を共にし、愛する事を――」



 何となく、神父の話を聞き流していた。けれど、その言葉が突然途切れた。


 私達の後ろから、大きな音が聞こえてきた。そして、声が部屋いっぱいに響き渡った。



「シャルロットっ!!」



 私の大好きな、彼の声。振り向かなくても分かる。涙が、目尻に溜まってくる。


 そして、振り向きつつ自分からベールを取った。


 人を避けてこちらに走ってくる、マリウスがいた。そして、私のところまで来て、手を伸ばしてきた。



「来てっ!!」



 いいの……?


 本当に、いいの……?


 けれど、彼が私を見つめる目は、本気だった。



「なっ!?」



 私はいてもたってもいられず、手に持っていたブーケを投げて、マリウスに両手を伸ばした。微笑んだ彼は、私を力いっぱい抱える。


 彼は、その場から走り出した。



「手荒になりますよっ」


「うんっ」



 追いかけてくる衛兵を他所に、端にあったドアをけ破り、現れた廊下を走りだした。


 いつも思っていたけれど、やっぱりマリウスは力が強くて足が速いわ。



「マリウス、衛兵は?」


「全て把握しています」


「ふふ、さすがね」


「……シャルロット、〝俺〟怒ってますから」



 その言葉で、ヒヤッと寒気がした。しかも、ここで俺って言っているということは……相当、怒ってる……?


 マリウスを私の専属騎士から、外したこと……?



「時間はたっぷりありますから、じっくり話をしましょうか」


「……はい」



 時間がたっぷりある、という事は逃げられると確信しているから。どんな話をするのかという焦りもあるけれど……嫌というわけではない。


 これはいわゆる、愛の逃避行、かしら? まるで、絵本のおとぎ話のよう。



「あっ、衛兵!」


「振り切りますよっ、しっかり掴まっててください」


「うんっ」



 これから先、どうなるか分からないけれど……マリウスと一緒なら、平気ね。

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