4-09 フレイヤの天秤
西暦20XX年、突如として世界中に地下迷宮『ダンジョン』が出現した。
調査の結果、これが人為的な物であるという以外、誰が作ったのか、目的その他一切が不明。
中に入ると『スキル』と呼ばれる特殊能力が使えるようになり、多数の敵対生物や罠を潜り抜けると、その先には見たこともないような財宝が隠されてる。
人類は、降って沸いたようなゴールドラッシュに熱狂した。
しかし、ダンジョンがもたらしたのは、富だけではなかった。
不定期に出現し続けるダンジョン、そしてその最深部にあるコアを破壊すると、ダンジョンの消滅と引き換えに手に入る希少なアーティファクト。
再現も量産も不可能なそれらは、天井知らずの価値で取引され、各国は、いかに強力なアーティファクトを所有するかを競った。
過ぎた宝は、人類に新たな格差を生んだのだ。
これは、そんな世界で、ダンジョンに取り憑かれた一人の男の物語。
西暦20XX年、世界中に突如として謎の地下迷宮が出現した。
『ダンジョン』と呼称されたそれは、何らかの人為的な創造物であること以外は、出現法則も理由も不明。
中には、地表には存在しない敵対生物が生息しており、入った者は『スキル』と呼ばれる特殊能力が使えるようになる。
この状況を危険視した各国政府は、当初ダンジョンへの侵入を全面的に禁止していた
だが、調査を進めるなかで、装飾品や宝石といった価値のあるものが発見されたことで、状況は一変する。
危険と引き換えに、富が手に入る。
降って沸いたようなゴールドラッシュに、世界中が熱狂した。
やがて、ダンジョン最深部にある核を破壊することによりダンジョンが消滅、その代わりにスキルのような効果を持ったアーティファクトが入手できることが判明したことで、状況はさらに加速した。
どれだけ優秀なダンジョンを所有しているかが、国力の重要な一要素となり、産出されるアーティファクトが天井知らずの価値を持つに至り、貨幣経済の崩壊を恐れた各国は、ようやく国連主導によるダンジョンおよびアーティファクトの管理協定を制定した。
発見されたダンジョンの申請、および入手したアーティファクトをデータベースに登録することを加盟各国に義務化し、暴走や悪用を防ぐ。
それを受けて日本政府は、民間の会社へ国内にあるダンジョンの管理業務を委託し、不法行為などの対処にあたっていた。
※※※
俺は、点々と明かりの灯る通路を足早に歩いていた。
ここは、日本の某県にあるダンジョンの地下三層、不法侵入者ありとの報を受け、追跡中だ。
「オペレータより探査官シローへ、聞こえますか?」
「ああ、感度良好だ」
フルフェイスのヘルメット内に聞こえてきた通信に、俺は短く返事する。
「ターゲットは現在、三層フロアボス付近に居るようです。四層突入前に捕縛せよとの指令が出ています」
視界の右下に、三層の地図が表示され、その中に光点が打たれている。
「人数は四人で間違いないな?」
「はい、間違いありません」
「了解した」
やがて、行く手にフロアボスの部屋に通じる扉に到達する。
両開きの扉は大きく開け放たれ、中からは激しい剣戟の音が聞こえてくる。
既に戦闘中か、時間がないな。
俺は、部屋に入りざまにスキルを発動する。
「絶対守護障壁!」
侵入者とフロアボスの間に半透明の壁が出現し、両者の攻撃を阻んだ。
硬質な音が空気を震わせる。
「ダンジョン探査官だ! 大人しくしろ!」
驚いた侵入者たち全員がこちらを向いた。
俺は、すばやく辺りに視線を走らせ、隠れている者が居ないことを確認する。
男が三人、女が一人。
それにしても、やけに立派な装備を身につけているな。
一般の流通品とは格が違うようだが。
「俺たちの邪魔をするなら、容赦はしないぜぇ」
身体に似合わぬ大きな武器を構えた男が、じりっと半歩前にでる。
スキルが再び使えるようになるまで、あと二十秒はある。
一戦交えるとなると、さすがに苦戦しそうだ。
身構える俺を見て、男がにやりと笑った。
その刹那、侵入者たちの足元に大きな光る円が出現する。
そこから打ちあがり、天井を貫いた光の柱は、侵入者たち全員の姿を覆い隠した。
「なんてな。あばよ、政府の犬が」
小馬鹿にするような男の声を残して、侵入者たちは姿を消した。
光の柱が消えた後には、誰の姿もない。
やられた! さっきのは、これを発動する時間を稼ぐフェイントか。
それにしても……。
いや、今は考えてる時じゃない。
俺は急いで通信を開く。
「シロー、どうしました?」
ヘルメットのスピーカーからオペレータの声が聞こえてきた。
「すまん、しくじった。ターゲットに転移で逃げられた」
「転移って……本当ですか、それ」
オペレータが息を呑む気配が伝わった。
当然だ、転移など世界でもほとんど実例がないほど珍しいものだ。
こんなところで、おいそれと見られるものではない。
「嘘を言っても仕方あるまい。それより、そっちでターゲットの転移先を追跡してくれ」
「あ、そうですね、ちょっと待ってください」
オペレータがキーを叩く音が断続的に聞こえてくる。
奴らがまだダンジョン内に居るのなら速やかに追跡する必要がある。
「現ダンジョンおよび周辺のダンジョンを検索してみましたが、ターゲットの反応はありません」
となると、ダンジョンの外か。
行き先が、まだ調査班の到達していない階層や未発見のダンジョンの可能性もあるが、それはしかるべき部署のチームが対処する問題であり、俺の出る幕はない。
「主任より帰還許可が出ました」
「わかった」
上はこれをどう判断するか。
俺は、指示に従い帰還の途についた。
※※※
戻るなり、今回の件は口外しないことと釘を刺されてから数日、俺は主任に呼ばれて応接室の前に立っていた。
おそらく、何らかの進展があったのだろうとは思うが、場合が場合だけに、いかなる問題に発展しているのか予測もつかない。
応接室には、俺を呼んだ主任ともう一人、見慣れない男が待っていた。
がっしりとした体格に浅黒い肌、口の周りがヒゲだらけで、まるで山男のような風貌だ。
そんな男が、一目で仕立ての良いとわかるスーツに身を包んでいるのだから、似合わないこと、この上ない。
「彼が、今回の任務に当たった……」
「探査官シローくんだね、初めまして。私は内閣府ダンジョン管理委員会の猪場です。よろしく」
男が立ち上がって、握手を求めてきた。
政府の人間が、わざわざ出向いてくるとは。
これは思ったより大事になっていそうだな。
「シローです」
俺は、差し出された男の手を握り返した。
お互いに椅子に座るのももどかしく、猪場が口を開いた。
「先の不法侵入の件については、こちらもモニタ映像を確認したが、正直言って驚いたよ」
「ええ、俺も実際には初めて見ました」
「世界的に見ても、転移というのは非常に珍しい事例だ。そこで、まずは君の見立てを聞きたい。あれはスキルとアーティファクト、どちらだと思う?」
猪場は、フランクな笑みを浮かべながら、そう尋ねてきた。
スキルはダンジョン内でのみ使用できる特殊能力のようなもので、各個人によって能力は様々。俺の『絶対守護障壁』がこれだ。
対してアーティファクトは、ダンジョンの外に持ち出してもスキルに類似した能力が使用できる道具のことだ。こいつの厄介なところは、形状のバリエーションが広いこと、そして所持者なら誰でも能力を使えてしまう点だ。
それ故に、悪用を防ぐ観点からアーティファクトの扱いは各国でも厳重に管理されている。
「アーティファクトだと考えられます」
「理由は?」
「転移先は、当該ダンジョン内および周辺のダンジョンではありませんでした、おそらく地上のどこかでしょう。転移の効果が外まで継続するならアーティファクトでしょう」
「そこまでわかっているなら話が早い」
猪場は、不意に表情を引き締め、わずかばかり声を潜めた。
「ここから先は口外無用だ。いいね?」
俺は小さく頷く。
「我々も同じ結論に達し、入手経路の特定のために国連所有のデータベースを照合してみたのだが……該当アーティファクトは発見できなかった」
「なんですって!」
俺は息を呑んだ。
ダンジョンから産出される品々の中でもアーティファクトは特に厳重な管理がされており、所持している国どころか個人や法人名まで登録する必要がある。
強力なアーティファクトは、国同士のパワーバランスを崩し、治安上の新たな火種に容易になりうるためだ。
未登録のアーティファクトが存在しているなどと知れたら、他国から何を言われるか、わかったものではない。
「盗掘、密輸、未申請、いずれの原因にしても放っておいて良い問題ではない。我々としては、他の省庁が動き出す前に事態を収束したい」
そんな、いわば政治の問題をなぜ我々のような管理会社に持ち込んできたのだろう。
俺は、猪場の苦虫を噛み潰したような顔を見ながら考える。
「まさか『団体』絡みですか?」
「……そうだ」
なるほど、あの装備は『団体』の支給品か。
元々は動物愛護や自然保護を目的としていたが、『ダンジョンは不自然な存在であり、全て消滅させるべき』というスローガンを掲げてから、近年急速に勢力を伸ばしている団体だ。
バックには海外の資産家や与野党の大物議員まで居ると噂され、政府もマスコミも迂闊に手を出すことができないでいる。
「あまり事を荒立てたくはなかったのだが、こんなものが出てくるとなると話は別だ」
猪場は、ずいっと顔を寄せてくる。
「そこで、君に活動員として『団体』に入り込んで、アーティファクトの経路などを探ってもらいたい。どうだろうか?」
思ったより早くチャンスが舞い込んできた。
俺は内心の喜びを顔に出さないよう、必死だった。
政府の人間と繋がれば、非公開の情報に触れる機会も増えるはずだ。
そして、『団体』に潜り込めば、奴らが独占しているであろうアレコレも調べられる。
普通は両者に所属するなど無理な話だが、大義名分があるとなれば話は別だ。
俺はダンジョンの真実が知りたい。
最強のアーティファクトを手にしてみたい。
大層なお題目なんてない、きっとこれはただの欲望。
ずっと俺の中に抗いがたく燻り続けている思い。
「もちろん引き受けさせていただきます」





