95.Vリーグ（その2）

生徒会選挙。この都立大前高校は生徒に大きな裁量が任されている。つまり生徒の代表である生徒会が力を持っている。選挙で選ばれるのは会長だけ、それ以外のメンバーは会長が指名するという方式を取っている。別に好きにやってくれたらいい、私は生徒会にはまったく興味が無かった。もしうちの部員が立候補するならば応援するかもね、ぐらいのものだ。

だから私は平日は授業と部活、土日は開幕が近づくVリーグのことだけを考えていた。授業も地獄の時間割Cが終わって、通常の時間割Aに戻ったので、授業や部活の準備は空き時間に。授業が入っていない金曜日は、ジャンパーズの練習に参加したり、週末にアウェイで練習試合がある場合はチームに帯同して、前日に移動したりしていた。

だから、これまで毎週金曜日に実施していたランチミーティングは月曜に移した。そこで私は聞き逃せないことを知った。生徒会長候補の公約に次のようなものがあったという。

・来年次より、3年生に芸術の時間を設けるように教職員と交渉する

音楽教師としてあるまじきことだが、正直それはどうだろうと思う。音楽に限らないが、芸術に興味を持ってもらえるのは正直ありがたいことだ。だが受験を控えた進学校の3年生が芸術の授業に出たいと思うだろうか？　普通の生徒たちは嫌がるに決まっている。

そして正直に話すと、物理的にいつ授業をするのかという問題がある。3年生も2年生同様に週一で授業をするとすると後4コマ必要になる。時間割Aなら大丈夫。芸術の時間は今、週に12コマ。+4しても週16コマだからなんとかなる。

でも時間割C、つまり私が不在時の分を取り返す状況の時、その場合だとどうだろう？　単純に倍になるから32コマだよ？　1週間に授業は30コマしかないから完全にアウト。あっ、3年生は7限があるから、そこと金曜日にいれる？　まあそのあたりは弾力的に運用できるだろうから考えても仕方がないか。

どうだろう。正直芸術に興味を持ってくれるのは嬉しい。でも興味がない子に強制するのも嫌だし、やっぱり進学校だしというところに私の考えは戻ってきてしまう。やっぱり難しい気がする。あと期末テストとかどうするんだろう。そのあたりも適当にすればいいか。正直私は投げやりな気分になっていた。

まあそもそもそんな、他の生徒たちが望まない公約を出すような子は当選しないだろう。

そう思っていたのだが、よく聞くと現時点で生徒会長に立候補しているのは、その彼女ひとりしかいないのだと言う。しかも現在、彼女は生徒会で副会長を務めており、能力も人望もあるので、仮に対立候補が出ても選挙に勝つことは間違いないだろうとのこと。

それでいいのかな、と思っているところに合唱部の1年生から新たな情報が寄せられた。

「それ、ちゃんとアンケートを取ってましたよ」

その子によると、1年から3年まで生徒全員に生徒会によるアンケートがあったらしい。その中に、3年生にも芸術の時間を設けることの是非について問う項目があったらしい。

「私はあったほうがいい、に丸をつけました」

そりゃあ、あなたは合唱部だものね。

「全体でもあったほうがいい、が多数を占めたらしいですよ。具体的な数字は知らないですけど」

えっ、そうなの？　進学校の3年生は受験に関係のない教科はあまりやりたくないものだと、私は勝手に思い込んでいた。もしそんなアンケート結果があるのであれば、それはとても良いことじゃないか？　どうやら私は偏見にとらわれていたようだ。

このアンケート結果は、生徒が音楽、に限らないが芸術を好きになってくれたってことだ。美術選択者ばっかり増えるかもしれないし、ちょっと勉強の合間に副教科があったほうが楽だなあ、ぐらいの感覚かもしれないけれど、それらを考えても素敵なことだ。

やっぱり教師になってよかった。私がこの事実にどの程度貢献できたのかはわからないけれど、心からそう思う。

実際校長や、教育委員会がどのような判断をするのかはわからない。美術や書道の先生の考え方もわからないけど、あのふたりの先生にとっても喜ばしい事実ではないかな。

もちろん3年生を教えることになれば、その分責任は増える。受験生の貴重な時間が完全な無駄になるのはあまりにも可哀想なので、他の教科、例えば地理や歴史、古典に絡めるなりの努力や、せめて気分転換になる授業をしたい。そのためには、もっと自分のスキルアップにつなげないといけない。時間は作るもの、とはよく言うけれど、これ以上そんな時間が取れるかがやはり心配だ。