87.文化祭(その7)
本当にあっという間に一週間は過ぎてしまった。文化祭前日の金曜日はバレー部もバスケ部もお休みなので、ようやく体育館を使った全体のリハができた。想定と違ったところはこの日のうちに修正。ゲネプロ一発という奴だ。
本番の舞台が使える貴重な時間だが、みな疲れているはずなので、練習はそこそこで切り上げさせて家に帰した後、私も一通り体育館の舞台で練習だけして帰った。明日が本番ですよ本番。不安要素はたんまりあるが、もう逃げ場がない。
早苗情報によると、なにやらワールドカップ中の私の発言が一部のネットで炎上していたり、また祝勝会や報告会を多忙を理由にサボったことがお気に召さない方々がいらっしゃるようだけど、これだけ忙しいとふーん、としか思わない。
その早苗と、代表で再会した椿先輩と華菜ちゃん、私の両親、咲先生と谷山先生に文化祭のチケットを贈った。群星バレー部OG組は土曜日にそろって来てくれるという。早苗はそろそろトルコに戻っちゃうし、先輩後輩の二人も来月からVリーグが開幕するからあまり暇はないのにありがたい話だ。
そして私の両親は日曜に来てくれるらしい。咲先生は他のミュージシャンのサポートだけどライブがあるので行けないとのメールがあった。咲先生自身の浜松国際コンクールの本番が来月末なので大変そうだ。大谷先生からも申し訳ないけど遠出は体力が厳しいから行けないわ、とのお電話を頂いた。まあ私の見せ場はそんなにないし、ご高齢だから仕方がないよね。
さて当日、文化祭は生徒会主催とはいえ、教師は教師の仕事がある。ステージの時間はすべて午後なので、それまでは前にも後ろにも「都立大前高校教職員」と大きく書かれた臙脂色のTシャツを着て、生徒会や実行委員のお手伝いをしたり、各教室を巡回したりする。バレー部員なのに、美術部に絵を展示している子がいることに気が付いたり、新しい発見もあって楽しい。
そして学校見学に来てくれている中学生にもバレー部の子がいるのだろう。握手してください、から始まって、合格したらバレー部に入りたいんですが、練習とかやはり厳しいんですか、などの質問を受けることが何度かあった。こういう中学生に丁寧に対応するのも、もちろん私の仕事だ。そしてそれがバレー部だけじゃなくて、吹奏楽部や合唱部でもあったのは驚きだ。
午後になると早苗と椿先輩と華菜ちゃんが来てくれたので、一緒にバレー部がやっている焼きそば屋の模擬店に行く。私ひとりでもかなり目立つ方だけど、この4人が固まって歩くと目立って仕方がない。シフトに入っていないバレー部の子に見つかって騒がれたりする。焼きそば屋に来ると、黄色い声があがったし、一緒に写真撮ってくださいとかの声がする。
「シフト中でしょ?」
私がそういうと、すごすごと店内に戻ったが、未練がましそうだ。3人の了解を得た上で店員の部員に話しかける。
「私のステージが終わった後、みんなで写真撮る?」
そう聞くと、ふたつ返事でトークルームでみんなに呼びかけます、とのことだった。ここに至って、母校でも同じことをした方がいいんじゃないかと思ったので、その話をする。
「ウチら群星にいた時、文化祭の最中も練習してましたよね?」
早苗も先輩に話す時は敬語だ。たしかにそうだ。
「今日は吹雪先輩の指揮と演奏を見に来たわけですけど、群星にはそんなのがないですからね」
華菜ちゃんも消極的だ。確かにそうだなあ。私は焼きそばを食べた後、私が名ばかりの副担任を務める1年2組の甘味処に向かう。食べてばっかりなのは、この4人、高校時代に全員が食いしん坊に改造されてしまった生き物だからしかたがない。1-2に着くと少し行列ができていた。
「あっ、吹雪先生……」
入口を務める生徒が戸惑ったような声を上げる。私は教職員のTシャツを着たままだから、他に並んでいる人たちも当然それに気が付いているだろう。
「ちゃんと並ぶよ、えっと先輩、何を頼みますか?」
こうやって並んでいる間も、私たちに気が付いた女バレ、男バレの生徒が握手してください、などと言ってくる。バレー部のトークルームに流れてたからな。後にしようよ、と言いたくなるがもちろん我慢。出番が近づいている吹部や合唱部の子も、私や早苗の影響か、椿先輩や華菜ちゃんのことを知っていたりするのでなかなか侮れない。
時計を気にしながら、お汁粉を頂いた後、少し同窓生と話をした後、私は席を立った。
「そろそろ出番が近づいてきているので用意をしてきます」
そういうと、じゃあ私たちは客席で見ているから頑張ってね、とのことだ。早苗は私のピアノも歌も知っているけど、他の二人は聞いたことがないはず。その早苗も夏合宿の時はほとんど体育館にいたし、キャンプファイアーの時も私は指揮していない。そりゃちらっとぐらいは見ただろうけど、私が舞台で指揮する合唱や吹奏楽を聞くのはほぼ初めてのはずだ。
よーし。気合入れてくぞ。といっても頑張るのは生徒たちで、私はその手助けをするだけなんだけどね。




