77.高校1年生・春(その2)
インターハイ予選が始まった。相手は予選リーグを勝ち上がってきたチーム、一方こちらはシードだから初戦。どんな強豪校だって初戦で負けることがある。それは甲子園でもインターハイの他のどのスポーツでも変わらない。そういう時、マスコミはすぐ「油断」などと書き立てる。実際油断する場合もあるのだろう。だが、私たちは油断しない。なぜならこの初戦のスタメンには、レギュラーに入れない程度の人間が集められたからだ。
スタメンに、登録された18人の中にはふたりしかいない1年生が両方入っている。上級生もレギュラー確定の選手はセッターでキャプテンの椿先輩だけ。それ以外は当落線上の選手が多い。
こんな1.5軍で初戦に挑んで、そして負けたら監督は絶対責められるだろう。この状況では、私たちは油断するどころか必死にならざるを得ない。相手のサーブを声かけして拾う。ちゃんとセッターに返ったが安心している暇はない。この試合で、コートの後ろにきたボールを処理することと、そして味方に指示することを監督から求められている。まずこのふたつをしっかりこなさないといけない。
唯一のレギュラーである女バレ部長、試合中だからキャプテンと呼ぶべき? その椿先輩がトスしたボールを鳥羽さんがきっちり速攻で決めて先取点。ナイスキー、と声をかける。
そしてローテーションでサーバーに下がったキャプテンのサーブを相手は拾えずにブレイク。
「ナイッサーです」
さすがはうちの大黒柱。トスだけじゃなく、なんでもできる選手だ。エースだけじゃないけどサーブで相手を崩して、4-0 まで連続でブレイクした後、初めてあちらのセッターからまともにボールが上がった。でもゆったりとしたエースへのオープン攻撃だから、こちらのブロックが3枚付く。高さもこちらが上、さすがにまともに勝負はしてこないだろうから、私はフェイントに備える。
だが私の予測は外れた。相手のアタックは3人のブロッカーの誰かに当たってそのまま相手のコートに落ちた。5-0 でうちのキャプテンのサーブが続く。いや、確かにキャプテンのサーブはスゴいけど、さっきのはあり得ない選択肢だ。これが予選リーグを勝ち抜いてきたチームとはとても思えない。
単純に弱いのか、判断ミスか、何等かの理由で実力を出し切れないのか、それとも1セット目は敢えて捨ててくる戦略なのか、今の私には判断が付かない。タイムアウトも取らないからわざと捨ててる? でも何のために?
7-0 まできてようやく相手がタイムアウトを取って、私は少し安心した。やっぱり実力をうまく出し切れていないのだろう。そして5点目のスパイクも、あれで試合の流れを変えようとして失敗したのだろう、と自分の中で結論づけた。そして私の動きも見えていたので、フェイントよりもブロックアウトか吸い込み狙いだった可能性もある。
でも、タイムアウトが終わった後も、相手の陣形などが特に変わったようには見えない。とりあえず流れを変えたいだけのタイムアウトのように思える。だが多少の効果があったようだ、相手のリベロが味方を押しのけるような形でレセプションし、またセッターに上げると、今度は速攻をかけてきた。AかB、どちらもブロックは1枚づつ。とりあえず相手エースのAを想定したが、Aは空振りしたので答えはBでした。
裏をかかれたけど、私の身体も急いで方向転換し、足で床を蹴り、体を前に投げ出して、腕を精いっぱい伸ばす。いわゆる「パンケーキ」の状態。当たる瞬間に腕を下げてできるだけ勢いを殺して、セッターのキャプテンに上げる。もし上手く上がっていたら、私がここにいるのは邪魔になりそうだ。ボールの行方の確認は後回しで、体を転がすようにして起き上がるとすぐにバックステップして、リベロの位置に下がる。
急いでボールを確認した時は、こちらもBクイックでお返しをするところだった。鳥羽さんが、相手コートに思いっきりボールを叩きつけた。
「ナイスキー」
私が鳥羽さんに声をかけると、鳥羽さんはこちらを向いてハイタッチをしてきたので私は軽く鳥羽さんの手を叩く。
「吹雪こそナイスレシーブ」
学年が同じとは言え、鳥羽さんはいきなり下の名前で呼ぶ人なのか。試合で興奮しているのかもしれない。もちろん試合中なので、私たちはすぐにそれぞれの守備位置に戻る。審判の笛が吹かれると、椿先輩がまた強くて曲がるサーブをラインぎりぎりのところにエースを決めた。これで 9-0 。とりあえず、私もいいところが出せたし、チームも順調すぎる出だしでインターハイ、東京予選が始まった。




