76.高校1年生・春(その1)
群星はバレーボールの名門校だから、そこからスカウトされるのは素晴らしいことだ。推薦が決まった後は、受験勉強もしなくていいから、みんなが高校受験で右往左往している時には、随分うらやましがられた。だが実際入学してみると、思っていたのと違うこともある。
まず私は、バレー部員が全員寮に入らなければいけないことを知らなかった。入寮する時期も知らなかった。中学の卒業式が終わったら、その次の日には高校の寮に入る。なぜ? まだ3月だというのに、もう高校の部活の練習に参加することになる。しかも私の場合、普通に家から通えるところに学校があるのに。
寮の部屋は同学年の子と相部屋だ。2年からは生徒の意見を聞いてくれるそうだが、1年はあいうえお順で決まる。私は長崎、私のひとつ前は鳥羽という、背も高く筋肉質で、見るからにフィジカルの強そうな子だった。幸か不幸かその子ではなく、私は一つ後の子と相部屋になった。
そして、私はオポジットかスパイカーでスカウトされたと思っていた。だって左右両手でスパイクを打てるのが私の最大の特徴だ。それを活かすためにはやっぱり攻撃要員だ。あとそれなりにトスもできるからセッター転向ももしかしたらあるかも、と思っていた。作戦によるけどセッターはネットの中央か右端にいる場合が多いから、左利きだとツーアタックが打ちやすい。私の場合はどこにいてもどちらかの手で打てるし、ツーアタックに見せかけて、どちらか一本の手でトスも上げられる。精度はまだまだだけど。
だが3月、まだ正式に入部すらしていない段階で、早々に監督からリベロをやるように指示された。リベロ? リベロって体の小さい子がやるポジションじゃないの? しかも両利きのメリットはほぼない。そりゃ私は守備もできるよ。中学の時は基本私のワンマンチームだったから、私が拾って私が後ろから打つとかも普通にやっていた。
だが監督の決めたことに反対する程の意志の強さもないし、レセプションとディグを続けることはそれほど嫌ではない。特に誰もが決まっただろうと思うような強烈なアタックを拾えた時は、とても楽しくて気分が高揚する。でもさあ。
「リベロって攻撃できないから、バレーの魅力が半分無くなってる気がする」
私がそう言うとルームメイトに言い返された。
「いいじゃん、それでもこの時期に控えの控えに入れてるんだから」
「控え」はサブチームのこと。レギュラーチームの練習試合の相手を務める。「控えの控え」は、その交代要員。1年だと例の鳥羽さんがいきなりレギュラーチームの交代要員に入っている。多分スタメンに入るのも時間の問題だと思う。
だってこうやってネットを挟んで対峙していると、3年の先輩よりも怖いと思うことがある。いや、3年生よりも上手いってわけじゃないよ。本能と身体能力だけでここまでやってきたんじゃないか、と思わせるイメージがある。でも攻撃だけでなくて、レシーブの練習も真面目にやっていて、日々上手くなっているので、中学ではあまり指導者に恵まれなかったタイプだと思う。
私の場合、中学の顧問の先生はバレーボール経験者だった。先生が選手だった時、試合では全然勝てなかったって言ってたけど、一通り教わることができたので、恵まれている方だと思う。
鳥羽さん以外の1年だと、私が控えの控えだが、それ以外の同級生はまだそのどちらにも入れていない。東京以外からスカウトされて来ている子もいるのにね。それをいったら先輩たちだってそうか。全員が強くて上手いから、この壁を突破するのは中々難しそう。
3月に事実上入部したけど、6月にはもうインターハイの予選が始まる。それまでの期間、私は練習試合ではレギュラーチーム相手にひたすらレセプションとディグ、そしてリカバリーをやっていた。その頃には私はサブチームのファーストリベロになっていたからだ。
やはり指導者や環境というのは重要だ。コーチが複数人いるから、練習時も実戦の後にも細かなアドバイスをもらえるし、広い体育館に充実したトレーニングルームもある。対戦相手の情報も集めてくれる。それに寮だから食事も栄養を考えて作られているし、強制的に規則正しい生活になる。申し訳ないが中学までとは大違いだ。守備範囲もこの数ヶ月で自分でも広がっているのがわかるし、レシーブの精度も随分良くなったと思う。
だからインターハイ予選への参加登録される18人に選ばれた時、嬉しかったけど驚きはしなかった。試合にリベロはふたりは必要。途中のケガとか考えるともうひとり登録しておきたいはずだからだ。
群星はシード校だから都予選はいきなりベスト32。4連勝すれば決勝進出が決まる。東京からは2校出れるから、その時点でインターハイ本選出場が決まる。3番手だから難しいかもしれないけれど、やっぱり試合に出たいと思う。




