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音楽室と体育館  作者: 多手ててと


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75.合唱部の1年生

3日目も朝から湖畔をランニング。2kmは合唱部の私には辛い距離だ。1km折り返したところから少し歩いたところで、後ろから1.5kmで折り返してきた鳥羽コーチと吹雪先生が競うように追いかけて来るのが見えた。


さすがにこんなところで追い越されたくなかったので、私は再び駆け出したが、生粋のアスリートふたりにかなうはずもなく、その後の男バレの部員たちにも抜かされてしまった。


午前中はまた練習をして、昼食を頂いた後、後片付けと撤収を行ってバスに乗り込む。行きと同様合唱部は他の部が乗り込んだ後に分散して乗る。他の部が乗り込んでいる時に充電器を忘れたことに気が付いたので、一旦部屋に戻るともう合唱部も乗り込み終わりかけていた。私が決められた2号車に乗ると一番前の席だけが2つ空いてたので、そこに座った。私が乗り込むと、バスの入口に待機していた早苗コーチが、これで全員乗ったやんな、と言いながら入って来た。


「女バレは全員おるか? ええかな?」


はーい、という声が後ろから聞こえて来る。


「合唱部は、このバスは14人やけどちゃんとおる? 手え上げて。えっと」


数え終わると吹雪先生や添乗員さんとやりとりしているのか、早苗コーチがスマホをいじる。


「おっけー。じゃあ出発してください」


イントネーションは関西弁だけど、標準語っぽい言い方で早苗コーチは運転手さんに話しかけた。見ると1号車も発車しようとしている。そして私の隣に座った。


「うーん。うちはなんか学生に戻った感じで新鮮やったなあ。えっと自分、たしか合唱部でピアノ弾いてた子やんな。どうやった? 合宿?」


この人も吹雪先生と同じように、オリンピックで金メダル2つ持っているスゴイ人なんだよね。その人に自然な感じにすごくフレンドリーに話しかけてこられた。


「はい、凄く楽しかったし、いろいろ勉強になりました。他の部の人とも仲良くなれましたし、とてもよかったです」


「それはよかったなあ。おもろないとどんなことも続かへんからなあ。ところでちょっと聞いてええかな?」


私は少し驚いた。早苗コーチが私に何か聞くことがあるとは思っていなかった。


「はい?」


「吹雪ってピアノとか歌とかどれくらい上手いん? いやうちから見たらめちゃめちゃ上手いけど、音楽畑の人から見てどうなんかな、っておもて」


吹雪先生は藝大のピアノ専攻だから、当たり前に上手い。そして、私は中3の夏にピアノのレッスンを辞めて受験勉強、その後合唱部に入ったけど、吹雪先生にちょっと教わるだけで、レッスンを受けていた去年よりも自分が上手くなったのがわかる。また、時間がある時にリストの「ラ・カンパネラ」とかを吹雪先生にリクエストしたら、こともなげに弾いてくれる。昨日、私は聴いてないけど、吹部の友達によると「革命」も簡単に弾きこなしただけじゃなくて、細かくアレンジしながら弾いていたと聞いた。難曲でも自分の弾きたいように弾ける人だ。


「私じゃどれくらい上手いかわからないぐらい吹雪先生のピアノは上手いです。それに昨晩歌を聞かせてもらいましたけど、私の耳ではプロの歌手の人よりも音域も広いし、技術も表現力も上手いように聞こえます。あくまで私主観ですけど」


正直言って私レベルでは吹雪先生の底は見えない。早苗コーチは私の言葉を結構真剣に聞いてくれていた。


「そうなんや、音楽やってる人が聞いてもそうなんか」


私もちょっと気になったので聞いてみた。


「ちなみに早苗コーチから見たら、吹雪先生はどれくらいバレーが上手いんですか?」


早苗コーチはトルコリーグで得点王を取り続けているものすごい人だ。その人から見て吹雪先生はどれくらいの腕前なんだろう。


「せやねぇ。今の世界中の女子バレーボーラーの中から最強チームを作ってください。そうバレーボール関係者に言ったら、100人に99人は吹雪をその中に入れると思うわ。当然ウチもそのチームの中に入ると思うけどな」


そう言って早苗コーチは笑う。その口ぶりは事実を淡々と言っているように聞こえる。超一流の選手である早苗コーチから見てもそうなんだ。


「吹雪をベストメンバーに入れないのは吹雪自身ぐらいやと思うで。特にビーチやと、最近はもう試合になれへんからなぁ」


早苗コーチの声は少し自嘲気味に聞こえた。


「試合になってない、ですか?」


私は聞き返した。


「うん。一試合一試合を本当に真面目にやったら、世界大会でもワンサイドゲームになると思う。うちも吹雪もそれがわかってしまったから、ある程度リードをとったら、流して体力温存してるんよ。せやから結果はそこそこ見れるスコアになる場合もある」


早苗コーチが私を見る。


「そして、相手にもそれが伝わってしまうんよ。うちらに手を抜かれてるんやな、っていうのがわかるねん。そしてそれを悔しがるんじゃなくて、諦めよるねんな。それくらい他のペアとは差がある。まあどの分野でもそうやけど、それは弱い側の問題なんやとうちは思うけどな」


早苗コーチがここまで言うぐらいだから吹雪先生は本当にスゴイのだろう。バレーボールはもちろん、多分音楽でもプロで食べて行ける人だと思う。なんでそんな人が高校の教員をやっているのだろうと、私は改めて不思議に思った。

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