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音楽室と体育館  作者: 多手ててと


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74.夏合宿(その4)

未明の事案については校長に生徒の名前を伏せて報告したが、責任者である私も不問となった。もちろん釘は刺されたので、本当はこんなことはしたくないが、朝食の時に気を付けるようにみんなに改めて訓告した。当然個人名は出してないが、少なくない女子が知っているだろうから、すぐに広まりそうな気がするが、私にはどうしようもない。


そして、もちろん今日は朝から練習だ。


9月になればビーチのクオリフィケーションがあるし、その後すぐにインドアのワールドカップがある。どちらも2チームまでは五輪出場が即決する大事な大会だ。


だから私はほぼ一カ月間にわたって学校にいない。9月下旬の女バレの春高予選は顧問無しで出ることになる。ワールドカップの開催地は毎回日本なんだけど、日本のどこかは週変わりで決まる。その週は大阪。その次の週なら開催地は東京だったがままならない。東京でも抜け出せるかはわからないけど。だからこの合宿でできるだけ鍛えておく必要がある。午前中は3面のコートを使ってボールを使った練習をみっちりする。早苗も今日は女子の方に入ってもらっている。


一方男バレは年明けの新人戦が次のターゲットなので、今は地力をつける時。午前中男子は基礎練習が中心だ。


そして合唱部と吹部は10月頭の文化祭が次の見せ場だ。ここも直接指導できるのは直前だけなので、8月中に曲目を決めて、大雑把なままでもいいから一回は通しておきたい。明日まではその土台作り、個人や少人数での練習に時間を使う。


午後には各部で練習の合間に長崎杯(男子バレーは鳥羽杯)があるようなので、私は各部を渡り歩くことにした。


男バレは4チーム、女バレは5チームの総当たり戦でこの午後で優勝が決まる。主力選手によるドラフトで残りの部員を選んだせいか、正規のセッターやリベロがいなかったりするチームがあるが、そういうチームが結構勝っていたりするのは興味深い。


あと面白いのは特別ルールで、どのチームも1ゲーム中、ワンプレーだけ「早苗コーチ召喚権」を持っていて、どこでそれを使うかが戦略になっている。ワンプレーだけなので、サーブを早苗に任せた場合、エースならその1本で終わり。仮に早苗をサーブミスしても、それだけで終わりだ。ゲームの終盤で使おうと思うと、既に他の試合に出ていて、使えなかったりするのも面白くていいと思う。いずれにせよ男女バレー部は早苗に任せておけば大丈夫というのが確認できたので、体育館を後にする。


なお、私の寝不足原因を作った彼は、私以上に眠そうだった。朝3km走っているしね。


合唱部では各パート毎に独唱会の予選をやっている。5分以内の曲を各自選んで、それを無伴奏で歌う。お互いに5点満点で採点しあって、上位5人が準決勝へ進む。ソプラノとか18人いるから結構大変そう。


準決勝は夕方に合唱部全員の前で行う。そこでは部員全員に挙手でポイントを取り、各パート上位2位が決勝へ。決勝戦は夜のキャンプファイヤーの場で行うと聞いた。なお準決勝では、個人への投票以外に、文化祭の舞台で合唱してみたい曲かどうかポイントも取っているらしいので流石だと思う。


決勝はキャンプで聴けるみたいなので、最後の吹奏楽部の方に行く。ここはトリオかカルテットの小編成のコンテストを行っている。どのバンドも、誰もが知っているような曲を選んでいるがそれはこの短い時間では仕方がない。ほぼ飛び入りセッションに近いイメージを持ってもらえばいい。この短時間でいかに完成度を高めるか、ソロ重視で行くのかハーモニー重視に行くのか、こちらも決勝を夜にやる、という案もあったのだけど、流石に夜に、オープンエアで楽器を延々と演奏するのは少しはばかられるので、コンテストは夕方までに終わらせることにして、優勝したバンドのみ夜、キャンプで他の部の前で演奏を披露することになった。


というわけで私は午後は吹部に入り浸って音楽に包まれて過ごした。順位はお互いの採点でつけ、私は採点には入らなかったけど、寸評は行った。いずれにせよ音楽を聴き、演奏する喜びをもっと感じて欲しいと思う。


1位になったカルテットになんかピアノで弾いて欲しい曲があるか聞いたところ、ショパンの「革命」とのことなので弾いてみた。いきなりなので余裕が無かったが、まぁ可もなく不可もなく弾けたのではないだろうか。


夜になったので予定通りキャンプファイヤーと花火をする。なんかこうやって燃えている火をみるだけで興奮するものがあるよね。あとは火を囲んでバーベキュー(もちろん中央のキャンプファイヤーとは別の火を使う)を食べたり、校歌を歌ったりするだけでも十分楽しい。


その後生徒主催の「数当てゲーム」をやった。結構有名なゲームらしいけど私は知らなかった。ひとりづつ小さな紙が配られてそこに何でもいいから数字を書く。ルールは簡単。他の人と同じ数字を書いたらその時点で負け。残った人のうち一番小さな数字を書いた人が勝ち。優勝賞品はお肉だって。


150人もいるから一桁の数字を書いても多分重複するよね。私は17にした。あんまり誰も選ばなさそうじゃない? 40からカウントダウンしていく、35がひとりしかいなかったり、逆に34は3人も書いていたり、30から28は誰も書いていなかったりとなかなか面白い。


「17の人」


私は立ち上がったが、他にも立った子がいたので失格。14がひとりだったのでその子が優勝だと思ったけど、優勝者は6だった。6なんてみんな書きそうなのにな。最後の1は7人ぐらい立った。


その後は吹部のコンテストで優勝したチームが一曲披露した。あっ。寸評で指摘したクラリネットのこもった音がよくなっているし、トランペットの怪しかった高速部分のタンギングも良くなっている。これはクラリネットのリードを変えて、その後練習したな。そうやって改善していくのはいいことだよね。


それから合唱部の決勝戦をやった。決勝進出者は各パートごとにふたり。ひとりづつ順番にこの大人数の前で無伴奏で独唱する。他部も含めて上手だと思った方に拍手をして、拍手の多い方が勝ち。どちらの拍手が多かったの判定は私がすることになった。


やはり意地があるのか、4声ともパートリーダーの子が優勝した。バレー部の子が聞いても、どちらが上手いかわかるものなんだと感心した。


「吹雪先生、リクエストしていいですか?」


新体制でもソプラノリーダーが部長で、その子が私に問いかける。吹部で私が「革命」を弾いたことを聞いていたのだろう。いいよ、と答えると、バッドフィンガーの「without you」をリクエストされた。他の優勝者の3人がなにも言わなかったのは予め決勝進出者の間で決めていたのかもしれない。


私は、もちろん安全マージンを見た上でだけど、燃え盛るキャンプファイヤーに近づいて独唱した。海外はもちろん、洋楽だけど日本国内でもいろんなアーチストがカバーしている有名曲なので、多分みんな知っているだろう。だから思いっきりアレンジした。無伴奏だからテンポも変え放題。出だしは私が歌える声の中でもできるだけ低音で始める、サビの部分の1回目までは同じ音域だけど、2回目にいきなり音が高くなる歌だ。2番のサビは1回目から高いけど、2回目はさらに上げた。歌の最後は思いっきりアレンジして、ホイッスルボイスで目いっぱい高音を出した後、一気に音を下げて終わらせた。


そして拍手が始まるまでの一瞬の間。やはりこの時間が一番好きだ。


キャンプファイヤーが終わって、後片付けをしてから部屋に戻る。私は早苗と添乗員さんにつまらなくなかったか聞いてみた。


「いや、ちゃんと楽しめたで。バレー部以外の子らとも話せたし」

「私は先生の歌がとても綺麗だったのが印象に残っています。あれを聴けただけでも、この仕事をしてよかったなと思いました」


私は礼を言った。まあ多少のおべんちゃらは入っているだろうけど、ふたりも楽しんでもらえたみたいでよかった。

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