73.夏合宿(その3)
「で、そろそろ事の次第を聞かせてもらっていいかな?」
午前2時。草木も眠る丑三つ時と言う時間帯だ。私の声も不機嫌さを隠しきれていないと思う。私はとある男バレの生徒と、ふたりきりで空き部屋にいる。
私がわかっていることは少ない。深夜にとある女子部屋から悲鳴が上がった。それを聞きつけた私と添乗員さんが駆け付けたところ、既に電気がついていて、多くの女子生徒とひとりの男子生徒が狼狽えていた、というところだった。
見た感じ、誰も服装は乱れていなかったので、どういう企てがあったのかは不明だが、なんにせよ未遂と思われる。
そのため、被害者と思しき女子生徒の事情徴収を添乗員さんに任せ、私は加害者とみられる男子生徒を別室で取り調べ中。そういう状況だ。なお私たちが部屋を出た時、早苗はまだ寝たままだった。
「黙り込んだままだと、私たちは朝まで寝られない。そして朝になったら校長に報告しないといけない。私が今わかっていることだけを報告すると、当然合宿は中止だろうし、あなたも私も何らかの処分を受けることになる。部活も活動中止になるかもしれない。話してくれたらその内容次第で、それを確認するだけで済むんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
私の脅迫めいた発言を聞いた男子生徒は明らかに動揺していたが、まだ口を開いてはくれない。
内容次第だけど、おそらくはそんな大ごとではないと思う。校長への報告は必要かもしれないけれど、個人名を伏せることもできると思う。でも話してくれないと洗いざらい報告して、さっき言ったようなことになると思う。
私がじっと生徒を見つめると、彼はうつむいて視線を逸らす。誰かをかばっているんだろうなあ。申し訳ないが添乗員さんの手腕に私たちの命運がかかっているような気がしてきた。
プランA:このままこの子とにらめっこして、添乗員さんが真相を聞き出してくれるのを待つ。
この方法は固い。多分この子は彼女に会いに行ったのだと思う。そして彼女をかばって口を割らないのだろう。あの場で押し入れの中までチェックしたが、他に男子生徒はいなかった。彼がゲロらなければ彼女の名前は分からない。だが彼女はそこまで非情になれるだろうか?
もちろん彼の一方的な思い込みによる、脳内彼女だった場合はお蔵入りとなる。
プランB:退部なりなんなりを突き付けて、相手の名前を吐かせる。いや、単純にスマホの履歴を見せろと言えばいい。これもそんなに難しくないと思う。だが教育者としては最低だろう。
やっぱり地道に説得するか。
「あなたが誰かをかばっていうのはわかるよ。彼女でしょ? もし大ごとになった時にその彼女は黙ったままでいられる人なのかな? 想像してみよう。このままだと、明日の朝、食堂で今晩の事件のこと、合宿は即中断すること。あなたと私が処分を受けること、それをみんなの前で私は言わないといけない」
私は彼を見つめて、言葉を続ける。
「2泊3日の予定だから当然明日のバスはない。その時に彼女は黙っていられる人なの? 黙って他の誰かと文句を言いながら、大荷物を担いで駅まで10km以上歩かないといけないし、電車代も必要だけど、それを黙ってできる人? そうだったらいいけど、そうでないのなら、食堂の人前で、彼女は名乗り出なければならないから、彼女をさらし者にすることになるよ。あなたがこのままここで黙っていると」
どうやら私は警官の資質は無いようだ。そして教育者の資質もない。
「ぼ、僕はそんなつもりじゃ……」
「じゃあどういうつもりだったのか、教えてもらえると大ごとにしなくて済むかもしれないのだけど」
ようやく語り始めた彼が考えていたことは、ありそうな話だった。
彼には周囲に秘密で付き合っている彼女がいる。そして夜中に彼女と深夜デートを計画していたのだという。ところが彼女が来ない。スマホを鳴らしてもこない。疲れて寝てしまったのだと思ったのだという。ここまで聞いて、だったら自分も寝ろよ、と私は思ったがもちろん口にはしない。とても星が綺麗だったので、彼女にも見せたいと思ったらしい。
躊躇しながらも彼女もいる部屋に入って、彼女のスマホを鳴らした。バイブ音を頼りに彼女を探している時に他の女子に見つかって叫び声を上げられてしまった。
問題は彼女の名前だ。それが彼女側の認識と合えば、責任者以外は処分する問題ではないような気がする。ここで彼女の名前を聞かなければならない。
その時ノックの音がして、ドアが開いた。
「長崎先生、ちょっとよろしいですか」
複雑そうな顔をした添乗員さんが顔を出す。ああ、真相はこのシャーロックが明らかにしてくれたんだな。私はレストレード警部の足元にも及ばない。教育者としての資質が欠けることも明らかになった。少なくとも、私が生徒に信用されていないということなのでへこむ。
「この部屋で待ってなさい」
私は男子生徒にそう告げて廊下に出た。
予定通り朝の5時に部員たちを叩き起こし、湖畔を走らせに行かせた。計画当初は一周する案も出たが、山中湖の外周は14kmもあるのでそれは却下。往復2kmに留めている。男バレのみ3km。昨晩のお騒がせ男子も、今頃眠さをこらえながら走っているだろう。早苗は3km走について行った。おそらく先導しているに違いない。
生徒がランニングから戻ってきたら全員でストレッチをみっちりやって、それから朝ごはん。朝ごはんが終わるころに、校長には個人名を出さずに報告する予定だ。
昨晩、あれから彼から聞いた話と、添乗員さんに名乗り出た彼女の話の内容は合致した。深夜のデートは好ましくないし、彼と彼女がどこまで関係を進めようとしていたのかはわからない。私としては大したことではないと思うのだけど、校長はどう判断するだろうか? せめて処分されるのは私だけに留めたい。
とにかく私とシャーロックは、生徒たちがランニングから帰ってくるまで、ロビーのソファを占拠してうつらうつらを続けることにした。




